第22話 本丸に突撃す

「弓削くん、この段ボール畳んで裏に持っていってくださる?」


「はい、わかりました」


 店長の指示通りガムテープを剥がした段ボールをつぶし、わきに抱えて休憩室へ入る。

 あるていど量がたまったら指定の場所へ捨てにいくんだけど――。


「あ……」


 休憩室にいたヨリコちゃんは、俺を一瞥すると、顔を伏せるようにして入れ替わりで出ていってしまった。


 もう何日目かな。

 ヨリコちゃんの家で身バレして以来、しゃべるどころかろくに目も合わせてくれない日々が続いている。


 段ボールを床に重ね置いて、パイプ椅子に座り込んだ。


 こんなことなら、宣言通りにひっぱたいてくれた方がいくらかよかった。

 だけどあの日ヨリコちゃんは、絶句して自分の部屋に駆け込んだまま姿をみせてくれなかった。


「……はぁ」


 罰だな。

 これまでヨリコちゃんを騙してきたから。

 騙して、自分の素性は隠して、本音をのぞき見してきたんだ。


 叩かれて許してもらおうだなんて、虫がよすぎる話だった。




 バイトが終わると、ヨリコちゃんは店長に挨拶してさっさと帰ってしまう。


「ねえ、お節介かもしれないけど……青柳さんと喧嘩でもしたのかしら?」


「いえ、喧嘩は……してないです」


 喧嘩ならまだよかった。

 現実は、一方的に俺が嫌われただけだ。


「お疲れさまでした」


 どこか心配そうに見つめてくる店長に頭を下げ、本屋をあとにした。


 ショッピングモールの喧騒が、過去最大にやかましく感じて顔をしかめる。

 これでいい。

 これでよかったんだ。


 今さらだけど、ヨリコちゃんには彼氏がいる。

 なのにちょっかいかけたり、遊びに誘ったり、不義理なことを強いてしまっていた。


 だからぜんぶ元通りになっただけ。

 夏休みもまだ残りがある。

 俺の夏休みだってまだここから、新しい出会いからはじめていけば――


 ふいに、どんっと肩に衝撃をうける。

 よろけた体を立て直して、カップルの男の方と肩がぶつかったのだと気づいた。


「いって。おいおいこっち女連れてんだぞ? ひとりの奴はもっと隅っこ歩いてろよ」


「ケンくんひっど。やめなよ、かわいそうじゃん」


 言葉とは裏腹に女もケラケラ楽しそうに、バカップルが腕を組み直して去っていく。


「はあ……――」


 ――なんだその名前は改名しろくそッ!

 あとあやまれ!

 爆発しろ!

 天に昇って!

 花火みたいに!

 盛大に!

 でもぜんぜん綺麗とはかけ離れた爆発で!

 散れ!


 細く、長く口から息を吐いて、高ぶった感情を落ち着けた。

 直後、今度は後ろから肩をどんっとやられる。


「こんのッ――!」


「おーおー、荒れてんねー?」


 勢い込んで振り返った俺の前には、あっけらかんと笑ういつものマオがいた。


「……なんだマオか」


 すぐに立ち去ろうとする俺の首に、マオが腕をまわしてくるもんだから動きを封じられる。

 やわらかく大きな胸が、俺の胸に押し当たって。

  

 通常なら役得に感じたろうけど、心臓の鼓動とか伝わりそうでなんとか離れたかった。


「ちっとわたしに付き合えよー?」


「どこ行くんだよ」


「ソウスケが、いちばん行きたがってるとこー」


「ラブホ?」


「ほーん。わたしはべつにいいけどー?」


「……冗談だよ」


 やっぱりいつもの調子が出ない。

 ラブホに行ってもいいと言われて引くとか、俺も落ちたもんだ。

 童貞の風上にも置けないな。


「ほらほら、はやくー」


「はぁ……」


 乗り気じゃないけど、やることもないのでついていく。



◇◇◇



 ショッピングモールから離れて、けっこうな距離をバスで移動して、ようやくたどり着いたのは某大手チェーンのファミレスだった。


「ソウスケのおごりねー?」


 ヒールの高いサンダルで、つかつかと自動ドアを通るマオ。


 なんだよ、タカりにきただけかよ。

 そもそもファミレスなら、わざわざこんなとこまで来なくたって。


 マオのあとから自動ドアを抜ける。

 すると、大きな瞳とポニーテールが印象的な、やたらとかわいいウェイトレスさんに迎えられる。


「いらっしゃいませ! 2名様ですか? あれ? えっとたしか……獅子原さん? だよね?」


 ウェイトレスさんに、マオがひらひらと軽く手を振って応じた。

 なんだ、知り合いなのか?


「わあ!? パパさんパパさん! 同級生が彼氏つれてきましたよ彼氏!?」


「あ、あのねヒルアちゃん、お客様の前でパパさんはやめてね!? そもそも私、ヒルアちゃんのパパじゃないからね!?」


 奥から顔を出した小太りのおじさんが、ヒルアと呼んだ少女をあたふたと嗜めた。

 ひとの良さそうなおじさんだ。


 しかしパパじゃないのかよ、まぎらわしい。

 てか俺もマオの彼氏じゃないしな。


「えー? でも、いずれヒルアのパパさんになるわけじゃないですか?」


「お客様! お気になさらず、奥のお席へどうぞ!」


「は、はあ……」


 かわいいけど変わったウェイトレスだ。


 すると店の中ほどで、別のウェイトレスが待ちかまえるように立っている。

 腰まであるロングストレートの艶髪。

 切れ長の瞳でめちゃくちゃ綺麗だけど、偉そうに腕を組んでるのが気になる。


「席はそこだ。いいか、汚すなよ? 食事の際にクチャクチャ音を立てることも控えろ」


「…………」


 なんだこのウェイトレスは。

 傲慢にもほどがある。


 気にしたら負けだと思い、席へ座ろうとするも。


「……くー……くかー……」


 案内されたソファタイプの席には、制服を着た小柄な女の子が横になって寝ていた。

 寝顔なのに、この子もハッと見入ってしまうほどかわいい。

 が、よだれが垂れている。


 この制服って、俺と同じ学校の……。


「む。おい起きろアサネ! 注文しないならさっさと出ていかないか!」


「……んむ~……ユウナちゃん……あと5分……」


 さっきのキツい人格のウェイトレスが注意するも、アサネと呼ばれた少女は起きる気配がない。


「ソウスケー。席、かえよっか?」


「あ、ああ……」


 マオと別のテーブルにうつり、ひとまずドリンクバーを注文した。

 さっそく注いできたジュースをひと口飲み、ふぅと息を吐く。


 ここは美少女動物園か?

 ウェイトレスも一部の客もやたらとハイレベルな容姿だけど、個性が強すぎてきっつい。


 対面のマオに問う。


「なんでこんなとこ連れてきたの? ここ、なんなんだよ」


「なにってー、某大手ファミレスのフランチャイズ店?」


「いや、そういう意味じゃなくて」


「オーナーは、天晶のおとうさん」


「……え?」


 告げられた意味を、噛み砕いて飲み込むまで時間がかかった。

 つまり、それって。


 テーブルに肘をつき、俺の顔を覗き込みながら、マオは子供に言い含めるように首をかしげる。


「正真正銘、このファミレスこそが……天晶賢司の実家なのだよ、ソウスケくんー」

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