第21話 寝取られ報告最終回

 モニターに大きく表示されるK・Oの文字。


 これで15戦連続敗北。

 ちなみに今の試合はパーフェクト負けだ。


「口ほどにもねぇなアンタ!?」


「……だってほら、技と技の繋ぎ? みたいなのとか全然わかんないし」


「これコンボゲーじゃなくて、立ち回り重視だからよ? 読み合い差し合いがもの言うんだよ、言い訳しやがってダッセェやつだぜ」


「そもそも言ってる意味がわかんねんだよ!」


 初心者だぞ!?

 加減しろよイキり中坊!


 そして16戦目がはじまる。

 フウタくんの不健康な瞳がモニターに集中する。


 ダウナーみたいに淀んだ目は、ちょっぴりヨリコちゃんに似てるかもしれない。

 やっぱ姉弟なんだな。


「なあ……フウタくん」


「……あんだよ」


「ケンジくんってどんなやつ?」


「――っ!?」


 お、変なとこでジャンプした。

 チャンスとばかりに、セーラー服の女キャラがいかつい軍人をボコる。


 女キャラが選べるゲームは、女キャラしか使わない男です俺。


「あ、あんなヤツの話すんじゃねぇよ!」


「でもさぁ、ヨリコちゃんの彼氏じゃん」


「姉ちゃ――くっ!?」


 おいおい、超必殺技のモーション入ってるのに、わざわざ向かってきてくれたぞ。

 派手に画面が明滅して、大きくK・Oの表示。


 思ったよりもチョロかったな。


「たとえ姉貴の男だろうが、アイツはクズだ!」


「それ教えてくんない? 何があったんだ?」


「……え、聞きたいことって、もしかしてそれかよ」


 うなずいてみせると、フウタくんは深く息を吐いた。


 きっと、そのため息のような深い事情があるにちがいない。

 ケンジくんの人物像を知る手がかりになる。


 今のとこ俺がケンジくんについて知ってることなんて、ヨリコちゃんに放置プレイかましてることくらいしかないからな。


「……だれにも言うなよ? ……これだよ」


 フウタくんが差し出したスマホを受け取る。


「なっ――これは……!?」


 そこには恍惚とした表情でダブルピースするヨリコちゃんが、画面いっぱいに写っていた。

 痴態という他に表現が思いつかない。


「……姉ちゃんがスマホ貸せつって、貸したことあったんだよ。返ってきたら、そんな写真がのこってやがった」


「そ、そっか……」


「いくらカノジョ相手でもそんな写真強要するような男はクズだ! 変態だよそうだろ!? ケンジに無理矢理そんな写真撮らされたせいで姉ちゃんおかしくなって、さっきもあんな変なしゃべり方……っ」


 残念だけどフウタくん、変態なのは君のお姉ちゃんの方だ。


 これ最初に間違い電話かけてきたときの写真か。

 ダブルピース撮ってたもんなたしか。


 いやでも普通、弟のスマホで撮る?

 どんなうっかりミスだよポンコツすぎんぞヨリコちゃん。


「あーもうアイツの話はやめだやめ! おら、つづきすんぞソウスケ!」


「なあ、つぎ俺が勝ったらさ」


「まだなんかあんのかよ?」


「この写真送ってくんない?」


「送らねぇよッ!」


 ち。

 やっぱダメか。

 とりあえず写真は脳裏に焼きつけといた。




 50戦は数えただろうか。

 あれから1勝もできていない。


 そろそろ疲労もたまってきたんで、帰ろうかと声をかける。


「おーい、フウタくん。俺そろそろ……寝てる?」


 ゲーミングチェアに座ったまま、フウタくんはこっくりこっくり舟をこいでいた。

 棒立ち状態の軍人キャラをボッコボコのボコにする。


 K・O! パーフェクツ! っしゃおら!

 負けつづけたストレスが少しだけ和らいだ。


 器の小さな男だと思うかい? 俺もそう思う。


 しかし、いつの間にかもうこんな時間か。

 マオは泊まるのかもしれないけど、ヨリコちゃんに挨拶して帰ろう。


 立ち上がって腰を叩いていると、スマホの着信が鳴った。

 画面を確認して、硬直する。


 そこには【NTRヨリコ】の表示。


 え? まっ――ちょ、なんで!?


 パニクっていたためうっかり出てしまい、手癖でスピーカーに切り替えるというポカをやらかす。


『――あ、あーん、あん、だ、大企業の社長さんだけあって、やん、すごいテクニックが――』


 おいいいい!? 隣で弟が寝てんだぞ何考えてんだバカやろうッ!?

 現状のフウタくんが姉のあえぎ声なんか聞いたら精神崩壊してしまうッ!!


 こっそりと迅速に部屋を飛び出し、忍び足で階段をおりていく。


『――ねぇ、おーい、なんで返事しないの? あのさぁ、ちょっと今日、すんごいやらかしちゃってさ……話きいてよ? ねぇって!』


 ちょっと黙ってろや!

 だいたいマオは何やってんだ? いっしょにいるんじゃないのか!?


 願いが通じたのか、通話口のヨリコちゃんは都合よく押し黙ってくれた。

 いや、むしろ俺にとっては都合が悪かったかもしれない。


 少しでもフウタくんの部屋から離れようと必死で、このときヨリコちゃんが黙っていたこともあって、通話を切るという選択肢が頭からスッパリ抜け落ちていたのだ。


 ヨリコちゃんのこと言えない。

 テンパるとポンコツなのは俺も同じだった。


 リビングを覗いて、ソファでがーがーイビキをかいて眠るマオを発見する。

 じゃあ、ヨリコちゃんはどこから?


 受話口からなのか、微かにチリンと風鈴の音色が聴こえる。

 フローリングを踏みしめ、暗がりの奥へ向かうとふすまがあった。


「――あれ? 電波悪いかな」


 ふすまのすき間から、スマホを片手に首をひねるヨリコちゃんの姿が見えて。


 ギシリ。と床板が軋んだ。


「――だれ……!?」


 ヤバ――もう逃げられな――なんか言い訳――。


 暗い廊下に、ふすまから漏れ出た光がサッと広がる。


「え……? ソウ、スケくん……? なんで」


 畳の和室から、敷居をへだてて俺を見つめるヨリコちゃん。

 まっすぐな視線が、左手で握りしめるスマホへとスライドする。


「『……ソウスケくん』」


 呆然と紡がれた俺の名前が、ヨリコちゃんの唇とスマホの受話口から同時に流れた。

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