第20話 学生の本分は置いておく

 針のむしろ、とはこのことだ。


 ゆったりと過ごせるソファタイプのダイニングテーブルなのに、俺もヨリコちゃんも背すじをピンと伸ばして座っている。


「だ、だからね? この人はケンジくんじゃなくて、バイトの後輩の弓削蒼介くん」


「はじめましてフウタくん! 気軽にソウスケって呼んでくれよな!」


 さわやかに挨拶するも、フウタくんは目も合わせず空になった茶碗を置いた。


「……で? コイツ姉ちゃ――姉貴の浮気相手?」


「そんなことしないからっ! ほら、あたしが海行ったときあったでしょ? フウタとゲームで遊んでくれたのこの人だよ!?」


「ゲーム? ……ああ、あのヘタクソ」


「フウタくんはうまいよなゲーム! よかったら俺にも手ほどきしてくれると嬉しい!」


「……風呂はいってくる」


 やはりそっぽを向いたままで、フウタくんはクールにリビングから去る。


 残された俺とヨリコちゃんは交わす言葉もなく。

 唯一、ベッドタイプのソファにうつ伏せて少女漫画を読んでいるマオだけが、げらげら笑い声をあげている。


 その漫画、こてこてのラブロマンスだったけど笑いどころあった?


「ご、ごめんねソウスケくん? あの子、いつもはもっと――……や、まぁ、いつもあんな感じなんだけど」


「いや、気にしてないよ」


 お年頃だしな。

 俺だって中2の頃なんて振り返りたくもない。

 それよりせめて、もろもろの誤解だけは解いておきたいもんだけど。


「マジこれうめー。青柳ー、つぎ7巻取ってー?」


「それより勉強は!?」


 ヨリコちゃんの突っ込みで思い出す。


 そうだった。

 俺たちは今日、勉強会という名目のもと集まったのだ。


 俺の土産であるれもんケーキをパクつきながら、漫画を読んでいたマオも足のパタパタをやめる。


「……しゃーねー。青柳にベンキョ教えるって約束だもんなー」


「……は?」


 聞き違いか?

 最近、どうも耳が遠くなってるのかもしれない。

 難聴になってしまったら、女の子からの告白を聞き逃してしまう。


「んだよソウスケー?」


「えっと。マオが教わる側なんだよな?」


「あ、あのね、マオってつねに学年で10番以内には入ってるから……テスト」


 ヨリコちゃんの言葉が信じられず、ソファであぐらをかくマオをまじまじと見つめる。

 パンツみえそう。手が邪魔。


「やぁん、そんなみないでー? いけないベンキョ教えたくなっちゃうー♡」


 寝取り寝取られの勉強ならけっこうです。


 童貞の俺にやさしいギャルで勉強もできるとか、こいつ無敵かよ。

 彼氏持ちダウナーで幼児ことば使いな先輩JKと、どうしてこんなに差がついた。


 いや……甲乙つけがたいな……?

 性癖の広がりに、俺も成長しているのだと実感する。


「じゃあヨリコちゃんの学力は――」


「聞かないでくれる?」


「あ、はい」


 絶対に立ち入るなという圧を感じたので、口をつぐんだ。

 あ、もしかして勉強教わる理由って。


「ケンジくんと同じ大学に――」


「いけるわけないじゃん!? こんな夏休みにちょこっと勉強しただけでいけるわけないじゃん医大なめてんの!? あと聞かないでって言ったよね!?」


「すみませんごめんなさい!」


 尋常じゃない剣幕だった。

 頭を撫でてくれた母性はどこに捨てたんだ。


 学力はヨリコちゃんのコンプレックスなのかもしれないな。

 突っつくのはやめとこう。


「ふぅ……じゃ、食器片付けるね?」


「お、俺も手伝うよ、ヨリコちゃん」


「わたちは漫画読んでましゅねー」


 抱えた食器をカチャカチャと震わせ、ヨリコちゃんが耳の先まで赤くそめる。


 なるほど、教わる立場だから逆らえないんだな。

 かわいそうに。




 勉強できるというだけあって、マオの指導はとても理解しやすかった。

 間延びしたタメ口も、お堅い雰囲気を緩和するのにひと役買っている。


 日焼け肌のギャル教師――イケんじゃね?

 家庭教師してくれたら張り切れそう。


「あそこも張り切っちゃうー?」


「そんなこと考えてないけどっ!?」


 サトリかよ。

 怖えー。


「ねぇマオ、ここ……」


「んーどれどれー?」


 しばらく、シャーペンの走るカリカリという音だけがリビングに響く。

 いい感じの静寂は、突如として開いたガラス戸にやぶられた。


 スウェットパーカーの黒いフードを深くかぶった風呂あがりのフウタくんが、リビングの出入り口で仁王立ちしている。

 そしてぼそり。


「……こいよソウスケ。相手になってやる」


「え?」


 ケンカ?

 姉に対する倒錯した想いがついに爆発して、浮気相手と勘違いしている俺に憎悪を向けたのか?


「あーごめんソウスケくん。よかったらちょっと相手してやってくんない?」


「えーなになに? わたしもいこっかなー」


「だめッ! マオはここにいて!」


 俺は戦力外通告されたらしい。

 わけがわからないままヨリコちゃんの頼みにしたがい、フウタくんとリビングを出る。


「……2階、そこでタイマンだ」


 ゴクリと唾を飲み込んで。

 うす暗い階段をフウタくんにつづいてギシギシあがった。

 いちばん手前の部屋へ招かれ、中へ入る。


「おお……これは……」


 黒を基調としたゴシック風のインテリア。

 西洋剣と円盾が壁の目立つ位置に飾りつけられ、スカルやクロスといった数多くのシルバーアクセも確認できる。


 本棚は洋書で埋まってるし。

 あとヴィレヴァンにありそうな小物がたくさんある。


 フウタくんが手もとのリモコンを操作すると、照明が青く室内を照らした。


 どれもこれも、けっこう値が張るはずだ。

 やっぱ良い家の子だよな、ちょっとうらやましい。


「ハッ……キョドりやがって。今さらビビっても遅ぇかんな?」


 部屋の奥には大型のモニター。

 ゲーミングチェアに腰かけたフウタくんが、俺にコントローラーを差し出す。


 すでにゲームは起動してるようで、俺でも知ってる某人気格闘ゲームのタイトル画面がモニターに映し出されていた。


 まあ、こんなことだろうと予想はしてた。


「秒でキメてやんよ、ソウスケェ……!」


 なるほど、こいつ厨2だな?


 てかなんで格ゲーなんだよ。

 俺が復習してきた協力プレイが売りの狩りゲーやらせてくれよ……。


「なあ、俺が勝ったらいっこ聞きたいことあるんだけど」


「聞きたいこと? ……万にひとつも可能性はねぇけど、いいぜ? なんでも答えてやんよ」


「よーし」


 言質はとった。

 たとえヨリコちゃんの弟でも容赦はしない。


 ボコボコにしてケンジくんの秘密を暴いてやる。

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