第31話 暴食に乙
「ソウスケくん、ベぇーってして?」
「は? なんでそんな」
「いいから! はい。ほら、べぇ~」
子供みたいな懇願に根負けして、舌を出す。
「あっはは。やっぱ真っ青!」
そりゃハワイアンブルー食べたからな。
あたりまえの現象なのに、ヨリコちゃんはきゃっきゃと笑う。
テンションたけえ。
何がそんな面白いんだよ、箸が転がっても楽しいお年頃か?
「ヨリコちゃんも見せてよ、ベロ」
「えー? いいよ? べぇぇ」
さくら色の唇を割って、ためらいなく差し出されるヨリコちゃんの舌。
「よくわかんないな、レモンだからか。もっと出してよほら、こんな風に」
自分も舌を伸ばして催促する。
「んえー? らしてるれしょぉ?」
めいっぱいに伸ばしたベロを見せつけるためか、ヨリコちゃんは顔まで寄せてきた。
けっこう長い、赤く濡れた舌を間近で眺めたのち。
お互いに舌は出したまま、ヨリコちゃんのうっすら細まった瞳と視線が絡まった。
あれ? これ、なんか。えろ――
「まさか、べろちゅう見せつけのために呼びつけられるなんて……!」
ハッとふたりして振り向くと、マオが石段の下からこっちを見上げていた。
着崩して肩丸出しのサマーニットで、自らの体を抱きしめるようにドン引きポーズを取りつつも。
「ハァ、ハァ、ど、どしたのー? ほらー、つづけてー?」
マオはすぐさま息を荒げて、スマホをこっちに向けてくる。
「撮んなし!? マジでそんなんじゃないから! ソウスケくんもなんか言って――」
「しょうがないヨリコちゃん。覚悟きめてベロチューしようぜ」
「きっしょ! さっきまで紳士だったのにもう全部台無し! 大幅減点だから!」
「男にはなぁ! たとえ嫌われてでもマウント取りたいときがあんだよ!」
「器もちっせぇ! 誇んなバァカ!」
「よーし押し倒せソウスケ! その写真を天晶に送りつけて闇堕ちさせたろーぜ!」
「マジで泣くからねッ!!」
本気でガン泣きしそうな気配を感じて、マオとふたりで平謝りした。
つい、ひさしぶりのマオに付き合って、悪ノリし過ぎてしまった。
「うぅ~……バカバカバカ! マオ、これぜんぶ食べて!」
「わ、わーい! いいのー? い、いただきまーす!」
涙目で大量の食べ物をほおばり、何度もうっぷとえずくマオが憐れで。
串を1本だけ手伝ってやった。
すまんな、俺もこれが限界なんだ。
見事にすべての処理を終えて、うなだれるように座り込んだマオをうちわでパタパタあおいでやる。
「ふーっ。ふーっ。う、産まれそう……!」
「マオに似てかわいい女の子だといいね?」
「なー……? 青柳は怒らせちゃダメってこと……わたしが身をもって教えてやったんだぞ……?」
「ありがとうな。おまえの死は無駄にはしないからさ」
「棺おけには、青柳とのエッチな音声かムービー入れてねー?」
「ねぇマオ、お好み焼き食べたくない?」
絶望に顔を歪めたマオは、ただひと言「ごめんなさい……」と呟いた。
今からお好み焼きとか、フレーズだけでリバースしそうだ。
さらに10分くらいまったり過ごしたあと、幾分か回復したらしいマオが唐突に立ち上がる。
深呼吸を2、3回と繰り返して。
「おーし。んじゃそろそろ行くわー」
「え? もう行くのかよ。何しにきたの?」
まじでご飯食べにきただけじゃないか。
「ま。青柳とソウスケが仲良くしてるのもわかったしー?」
「だから、そういうんじゃないってば」
「べつに悪いことじゃなくねー。だって、楽しいでしょ? 青柳もさー」
「それは……。……楽しい」
マオが片目をパチリと、ウインクを送ってきたのでとりあえず笑っといた。
「わたしだって忙しいのだよーソウスケくん。ナンパとかー?」
「ええ……祭りでナンパすんの? ひとりで来てる男とかいなくない?」
「わたしがナンパされる方だとは考えねーのか? 大丈夫。いいの見っけてホテルとか行ったらー、ちゃーんとソウスケに報告の電話すっからねー!」
「ぜっったいしてくんなよッ!?」
本気の拒否がちゃんと伝わっただろうか。
マオはへらへら笑いながら祭りの喧騒にまぎれていった。
ほんと、マオの報告でもダメージ負いかねんからな。
膝を抱えて、口をとがらせて拗ねるヨリコちゃんの横へ腰かける。
「あーあ……またソウスケくんにいじめられた」
「い、いじめてないって。あれだ、ヨリコちゃんが言ってた通りだよ。かわいい子をいじめたくなる、小学生特有のやつ」
いや、これじゃいじめたことになっちゃうだろ。
どう取り繕ったもんか、悩ましい。
ヨリコちゃんは、かたむけた頭を膝にコツンと乗せた。
「……あたし、そんなにかわいい?」
俺に特効のポーズばかりしてくるヨリコちゃん。
台詞も相まって破壊力がヤバい。
でも、どういうつもりで聞いたんだろうか。
正直に思ったこと言ってしまっていいのか、考えあぐねていると。
「ソウスケくんにはさ、その……もっとちゃんと、相手、いるでしょ? ふさわしいっていうか」
ああ。
べつに聞かなくていい類いの話だ。
今日は余計なこと言わなくていい。
言わせなくていい。
そんな日にしたいんだ。
だから立って、手を差しのべる。
「行こう、ヨリコちゃん。花火のよく見える場所そろそろ確保しなきゃ」
「う、うん」
細い指を下からすくいあげてヨリコちゃんを立たせ、石段に敷いてたハンカチをポケットにしまう。
お宝を手に入れた気分だな。
離すタイミングがなかったのを言い訳に、ヨリコちゃんと手をつないだまま屋台の通りに戻る。
そこで俺の足が止まった。
「? どうしたの? 知り合いでもいた?」
「いや、知り合いっていうか……」
綿菓子の屋台の前、目をこらす。
間違いない、あれはクラスメイトの。
「ヨリコちゃん、隠れて!」
「え? え!?」
素早く屈んで、ヨリコちゃんを茂みの奥に引っ張り込んだ。
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