第30話 ここからが本番

 ヨリコちゃんと並んで歩きながら、出店を買い食いして回る。

 今日は昼もまともなものを食べてないんで、腹はかなり空いていた。


「お。ヨリコちゃんたこ焼きは?」


「んー……1個をシェアで!」


「了解。――えと、じゃあひとつください」


「ね、ちょっと座ろうよ?」


 たしかに両手もふさがり、立ったまま食べるのも限度がある。

 人混みの隙間から辺りを見渡すと、離れの境内へ向けて伸びる石段が見えた。


 手を目の上にかざし、オーバーリアクションするヨリコちゃん。


「む。あそこじゃな? ソウスケよ」


「何キャラよそれ」


「ではゆけ! モーゼ!」


「モ――……ああ人波だから!? 海、つまり割れってか!」


「理解すんのおっそ」


「無茶言うんじゃねえ!」


 おまえのあがりきったテンションについてくのやっとなんだよ!


 けど俺を盾にする気まんまんとはいえ、こうして半歩後ろに立ったヨリコちゃんから甚平の袖口をキュッと握られると。


「はあ……しゃあない。じゃあついてこいヘブライの民よ!」


「え? ヘブライ?」


「知らねえのかよ受験大丈夫!?」


 ともかく突っ込むしかないのだ。


 背中でけらけら笑うヨリコちゃんを、身を呈してかばいつつ「すいません!」「通してください!」と人の壁をかきわける。


 しかし真横から視界に飛び込んできた人間は避けられず――どんっと肩と肩がぶつかった。


「いって!」


「あぶな、ちょっとケンくん大丈夫?」


 ケンくん、だと?

 その耳ざわりな名前は、この前の。


 俺より少し小柄な金髪の男は、サングラスを上にずらしてジットリこちらを睨めあげる。


 間違いない。

 ついこの間もこうしてぶつかったカップルだ。


「あの、すみません。俺、ちゃんと前を見てなくて」


 いつの間にか俺のとなりにいたヨリコちゃんも、ぺこりと頭を下げている。


「……いや、こっちもよそ見してたからよ。悪い。お互い様ってことで!」


 俺の肩を軽くポンポン叩いて、ケンくんは白い歯をみせて笑った。

 そして彼女らしき女性と腕を組んで去っていく。


 ケンくん……どうしたいったい?

 あのときは、あんなにイヤな奴だと思ったのに。


 お互い様、か。

 そうだな、あの日の俺だってたぶんイヤな奴だった。

 虫の居所が悪い日だってあるよな。


 人は自分を映す鏡、とはよく言ったもんだ。

 あらためて悪かったなケンくん、もう爆発しないでいいぞ。


「いい人でよかったね? ケンくん・・・・だって。やっぱ名は体を表すのかなぁ」


「はいはい。ほら、ちょっとこれ持って」


 たこ焼きとイカ焼きとりんご飴をヨリコちゃんに持ってもらい、ハンカチを石段に広げる。


「どうぞお座りください、先輩」


「……あ、ありがと」


 ハンカチは必ず持ち歩くとあの日誓ったからな。

 実際、いろんなところで役に立つもんだ。


 先に石段へと腰かけたヨリコちゃんは、俺の顔を覗き込むように見上げて。


「……やさしいね? ソウくん」


「っ!? ~~~~っ」


 不意打ちやめて。

 ほんとやめて。


「ん? なんで座んないの?」


「や、ちょっと、待って、勘弁して」


 今が夜でよかった。

 熱くなった顔を悟られないように、ヨリコちゃんから少し離れて座った。




 遠く祭囃子を聴きながら、まだまだ賑やかさを増す屋台の通りを眺める。


 同時にスプーンストローで、ハワイアンブルーをザクザク掘り進んでいく。


 うっま。

 祭りの食べ物って、なんでこんなうまく感じるんだ。

 原価のことは考えたくない。


 同じようにとなりでザクザクやってたヨリコちゃんが、何か思いついたのかパッと顔を輝かせる。


「知ってる? かき氷のシロップてさぁ、色が違うだけで味、どれもおんなじらしいよ?」


「ああ、聞いたことある。たぶん有名な話だなそれ」


「ところがよ? あたしのこれはマジでレモンの味がする!」


「いやいや、視覚効果とか香料とかそういうのでしょ」


 だまって食ってみろとばかりにカップを差し出してくるので、自らのスプーンストローで氷山の一角を崩す。


 あ。めっちゃレモン味するー!?


「ね? ね!? レモンじゃね?」


「いやー……ハワイアンブルーと同じかなぁ」


「ぜっったいうそっ!!」


「――もがッ!?」


 ヨリコちゃんのスプーンストローで、ザラザラと大量の氷を強引に流し込まれた。


 割れるような頭の痛みで悶絶する俺をよそに、ヨリコちゃんはご機嫌な様子でレモンのかき氷をパクついている。


「か……間接キス」


「うげ。そんなこと考えてたの? キッモ!」


 あんたが言い出したんだよ!? 一昨日な!


 けれど口ではキモいだの言いながらも、ヨリコちゃんから笑顔が絶えることはない。


「あ。マオからメッセきてる。なんか近くにいるらしいよ?」


「いいね、呼び出そう。そんで――」


 残ったこいつらを処理してもらおう。


 石段には、まだ手つかずの焼きそばと牛串、クレープまで置いてある。

 いくら腹が空いてたといえ、調子に乗って買いすぎた。


「ふぅ。もう食べられないよ~」


「それ! 俺が言ってみたかったセリフ!」


「言えばいいじゃん」


「二番煎じはちょっと……」


 後ろ手をついたヨリコちゃんが、下駄を履いた素足を交互にパタパタ揺らす。

 涼しげに吹いた夜風を、気持ちよさそうに吸い込んで。


「……はぁ~~。めっちゃ楽しい……!」


 その言葉に俺も嬉しくなる。

 本当にこんな夜が、いつまでも続けばいいのにな。


 心から思った。

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