第32話 たぶん雨女がいた

 くじ引き屋台の前に立っているのは、間違いなくクラスメイトの魚沼くんだった。


「そ、ソウス――手っ!? ちょ、手!」


「しっ! 静かにしてヨリコちゃん!」


 となりでしゃがむヨリコちゃんが、やたら手をバタつかせるんで、暴れないよう指を絡めてぎゅっと握り込む。


「ひぅ――……~~~~!?」


 男ひとりで夏祭りなんか来るはずがない。

 呪術にしか興味がないと言われていた魚沼くんが、クラスで噂になっていたことは記憶に新しい。


 ということは、相手は――。


「な、なんなわけ? 友だち?」


「友だちってほどでもない、クラスメイト」


「……ああ、なるほどね? あたしといっしょのとこ、見られちゃマズいから」


「それもあるけど、そこは重要じゃない」


「じゃあなんなわけ!?」


「来た――黙って!」


「むぐーっ!?」


 とっさにヨリコちゃんの口を片手でふさぎ、くじ引き屋台へやってきた水無月さんを凝視する。

 たしかに、クラスで1番美人と評判の水無月さんだ。


 じゃあ、やっぱり噂通り、ふたりは付き合って。


「そうですねぇ……私、あの1等のスイッチライトが欲しいです。取ってくださる? 魚沼くん」


 その言葉に俺も、おそらく魚沼くんも驚愕した。


 無茶だ水無月さん!

 祭りのくじ引きなんて、3等以上が入ってるかもあやしいのに!


 水無月さんを説得する魚沼くんの必死さが、ここからでもよくわかる。


「む、無理だよ水無月さん! もう勘弁してください!」


「あらあら、そんなこと言っていいのかしら? こ、れ、使っても?」


「そ、それは――!」


 水無月さんが鞄から取り出した1冊の書物を見て、魚沼くんはたじろいで後ずさった。


 真っ黒い装丁のぶ厚い本……!

 なに!? ネクロノミコンかなんかなの!?

 ていうかどういう関係!?

 やっぱおまえらの物語超面白そう!


 興味津々ではあるものの、となりのヨリコちゃんがドッタンバッタン暴れてる風だったので目を向ける。


「あ」


 顔が紅潮したヨリコちゃんの口から、慌てて手を離した。


「――ぱはッ! はあっ、はあっ、は、鼻までちょっと塞がってたから、マジで苦しかったじゃん!? バカぁッ!」


「ご……ごめん、ヨリコちゃん、その格好……」


 生唾を飲み込む。

 ヨリコちゃんの乱れた浴衣がはだけ、透き通るような白い肩が見えていたから。


「ちょ――……っ!?」


「な、直す! 俺が直すから!」


 さすがにヨリコちゃんのこんな姿を、衆目にさらすわけにいかない。

 焦りから、浴衣の襟をむんずと掴む。


「いっ、いい! いい! 自分でやる! やるってば!?」


「だ、大丈夫だからっ! まかせてじっとして!」


 茂みの影で取っ組み合って、汗と吐息が混じり合う。

 抵抗するヨリコちゃんを上から押さえつける俺、という図が出来あがったそのとき。


「まさか、わたしがいなくなったからって青姦たのしもうだなんて……!」


 ハッとふたりして同時に見上げる。


 すぐさまスマホを取り出したマオは、今度こそシャッターを切って脱兎のごとく駆け出していく。


「ま、待って!? マジちがうからっ!?」


 ヨリコちゃんの制止もむなしく、マオはすでに姿を消していた。


「あ……あぁ……」


 伸ばしたヨリコちゃんの手が、力なく地面に落ちる。


「……どうしてくれんの……ソウスケくん」


「はい……すみませんでした」


 俺は深々と頭を下げるしかなかった。




 花火の絶景スポットを探しながら、ヨリコちゃんのお説教はつづく。


「だいたいさ、ひとの恋路を覗くとか趣味悪すぎ! そっとしといたげればいいじゃん!?」


「はい、おっしゃる通りです」


「浴衣もよけいに脱げてくし……ね、変じゃない? 浴衣」


「はい、バッチリ決まってます。ヨリコちゃん、よ、ヨーヨー買ってあげようか?」


「いらない!」


 とにかく名誉挽回しなければ。

 実はこの先の小高い場所に絶景スポットがあることは、事前にタウン誌で調査済みなのだ。


 石段を登りきって、大げさに手を広げる。


「ほらヨリコちゃん! ここなんてどうかな? めっちゃ見晴らしいいし、花火だって――」


「……見晴らしはともかく、超混んでるね?」


 事実、超がつく人混みだった。

 どこから集まったんだってくらい人の群れ。

 みんな、花火があがるのを今か今かと待ち望んでるようだ。


「も、もういっこ候補があって!」


「それじゃ間に合わないでしょ? はぁ。いいよほら、こっちおいで」


 まるで姉が弟にするように、甚平の袖口を掴まれ丘の中央までひっぱられる。


 押し合い圧し合い、とまではいかないが。

 この混み具合だと座るのはもちろん、ゆったり眺めることも叶わない。


「やっぱり、別の場所に――」


 俺の言葉をさえぎって、ヒュルル……と轟く花火の昇り曲。

 反射的に空を見上げた次の瞬間、腹を打つ轟音と共に大輪が咲き誇った。


 地上を照らすあざやかな光に、周囲から感嘆の声がもれる。


 そこからは続けざまに花火が上がる。

 人に囲まれてることなんか忘れ、言葉さえ忘れて、俺は夜空を彩る炎色反応に魅入られていた。

 文字通り、身が震える。


「――……綺麗」


「うん……俺、女の子とふたりで花火見るのもはじめてだ」


「……よかったの? あたしで」


「ヨリコちゃんがよかった」


「…………そ」


 恥ずかしながら、子供みたいに空しか見ておらず。

 せめてチラッとでも、ヨリコちゃんの横顔を見ていればと後悔した。


 だって夏休みの最後を締めくくるのに、これ以上にふさわしい光景ってないだろ。


 ほとんど無言で夏の特権を楽しんでいた俺達に、けれど不運がとつぜん降りそそぐ。


 最初は頭のてっぺんにポツリと冷たいしずく。

 すぐに本降りとなり、花火の打ち上げが止まった。


 みんな蜘蛛の子を散らすように駆け出していく。

 とうぜん俺とヨリコちゃんもだ。


「これヤっバ……! 晴れ男のソウスケくん! 感想は!?」


「何かの間違いだ! くそ! まだ20分も見てないのに!」


 会場にスピーカーで流れる“花火中止のご連絡”をうとましく思いながら、とにかく雨をしのげる場所を探す。


「ソウスケくん、さっきご飯食べた石段のうえ、たしか屋根つきの東屋みたいなのあった!」


「じゃあヨリコちゃん先に行ってて!」


「え!? どこ行くの!?」


「傘買ってすぐ戻ってくる!」


 雨はいつあがるとも知れない。

 帰る道すがら、ヨリコちゃんをずっと雨に打たせ続けるわけにいかない。


 たしか神社のすぐ近くに一軒だけコンビニがあったはずだ。


「あ、あんまり急がないでね!? あぶないから!」


 心配するヨリコちゃんの声に手をあげて応じ、俺はコンビニまで走った。

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