第87話 シックスセンス(青柳依子)
メイドのサユリさんから夕食にお呼ばれして、マオと1階のダイニングルームへ向かった。
中へ入ると広いテーブルがあって、正面には楝蛇さんが座ってる。
パンやサラダ、ローストビーフ等々が卓上に並ぶ姿は豪華……なんだけど。
あたしは室内を見渡して、楝蛇さんにたずねる。
「あの、蒼介くんは……?」
「買いものがあるとおっしゃったので、ふもとの町まで車を出しました。ウェイガンが一緒ですし、すぐに戻りますよ」
買いもの?
そんなこと、蒼介くんからはひと言も――。
あたしは取り出したスマホを操作する。
新着のメッセージがひとつ、蒼介くんのものだ。
“町まで行ってくる。すぐ帰るから心配しないで”
そこには楝蛇さんの言った通りの内容がつづられていたけど、やっぱりおかしくない?
だってあたし達は昨日、町まで出かけて買い物してるのに。
蒼介くんにメッセージを送ってみても、既読はつかない。
おかしい……おかしい。
あたしが送ったメッセージには、いつも大抵すぐに既読がつくはずだ。
寝ているか、スマホを見られない状況なのか。
それか、もしかして。
楝蛇さんが嘘をついてる?
「どうしました? 料理が冷めてしまいますよ」
「えっと、あたし……」
蒼介くんもいないのに、素直に食事なんかする気になれない。
どうしようか迷ってたら、マオが進み出て椅子に座った。
「なんしてんの青柳ー? はよトイレ行ってきな。わたしぜんぶ食べちゃうよー?」
「は!? トイ――……そ、そうだね、ちょっと行ってくるね」
トイレてッ!
や、わかるよ? マオもたぶんおかしいと思ってて、探るためにあたしを行かせようとしてくれてるって。
でもトイレてッ!!
もっと他にマシな理由あったでしょ!?
「……そうですか、では案内させましょう」
「い、いえいえ大丈夫ですから! 場所わかりますから!」
熱くなった顔は気にしないことにして、ダイニングルームを飛び出した。
後ろ手に閉めた扉へ背中をあずけて、ふぅと息を吐く。
どうして?
楝蛇さんが嘘をついてるとしても、その理由まではわかんない。
でもきっと、蒼介くんは町には行ってない。
……なんだかすごくイヤな予感がする。
「探さなきゃ……」
町に行ってないならどこに――ううん、この館から出てない可能性だってあるよね。
蒼介くんがもし自主的に行動したなら、あたしが心配しないように行き先をハッキリ告げるはずだもん。
ひとりうなずいて、まず2階の蒼介くんの部屋へ向かった。
「蒼介くん? 蒼介くん!」
部屋のドアをノックしながら名前を呼ぶけど、応答はなし。
ノブをひねったら、簡単にドアが開いた。
「蒼介く――……いない」
内装は、あたしやマオが借りた部屋とほぼ同じ。
ベッドに近づいて、少し乱れたシーツに手のひらを置く。
ほんのりあったかい気がする。
それに室内には、ちょっぴり蒼介くんの匂いも残ってる。
あれでも蒼介くんは服なんかの外見にはけっこう気を遣っていて、あたしは微かに爽やかなこの香水の香りが好きだった。
「……どこ行ったんだよ……ばぁか」
ふいに消えていなくなりそうな、そんな雰囲気の蒼介くんが思い出されて胸が苦しくなる。
いつもあたしのこと考えてくれて。
笑わせてくれて。
好きとか、かわいいとか、まっすぐに言ってくれるから嬉しくて。
あたしはたぶん、ずっと救われてた。
蒼介くんがいなかったら、もっともっと毎日が辛かったと思う。
「あー……だめだ、こんなんじゃ」
泣きそうになってる場合じゃない。
蒼介くんが大変なときなら、今度はあたしが助けにならなきゃ。
顔をあげる。
窓の隙間から冷たい風が吹き込んできて、カーテンが揺れている。
窓際まで進むと、視界をさえぎるような高さの建物が館に隣接してることがわかった。
「おっきい……なんだろ、あれ」
見上げていたら耳の奥でほんのわずか、ジジジと羽音? みたいに不快な音が聴こえる気がする。
「なにをしているのですか?」
「ひゃあ!?」
背後の声に、腰が抜けそうなくらいびっくりして振り返る。
メイド姿のサユリさんが、ゾッとするくらい冷たい目でじっとあたしを見ていた。
「あ、と。蒼介くんに貸してた充電器、置いてないかな〜って。なかったんですぐ出ますね」
「……大事なお客様なのだと、楝蛇様よりうかがっております。ですが屋敷内であまり勝手な行動をされては困ります。今宵はとくに、腕によりをかけてお食事を準備させていただきましたので、よろしければ冷めない内に」
「ご、ごめんなさい! いただきます!」
頭をさげつつ部屋の外へ。
なんかめっちゃ怖かった。
いつまでも2階にいるわけにいかないから、1階へおりたけど……やっぱりあの建物が気になる。
館の外観を思い返しても、正面からはこの屋敷の玄関にしか道は繋がってなかったはず。
どうやってあの建物に行くんだろう?
たとえば裏庭を経由して、とか。
あとは、もしかするとこの洋館の中にとなりの建物へ繋がる道があるのかも。
まだ2階にいるはずのサユリさんの気配をうかがいながら、てきとうな扉を開けて中に入った。
「ここは……書斎、かな?」
大きな机に、革張りの椅子。
ガラス戸の本棚に目を引かれる。
脳波……脳科学……難しそうな本が並んでいた。
あたしにはとても理解できそうにない。
他にはこれといって変わったところもなく、ドアノブに手をかける。
「……ん?」
開かない。
ガチャガチャと何度もひねるんだけど、鍵でもかかったかのようにびくともしなかった。
「え、なんで」
次第にあせってきて、めいっぱい押したり引いたり悪戦苦闘していると。
――チリン。
扉のすぐ外から、鈴の音が鳴った。
反射的にノブから手を離して、後ずさる。
「……本当に困ったお客様ですね」
サユリさんの声だ。
なんで、どうして。
まだ2階にいたはずでしょ?
あたしが部屋に入ってまだぜんぜん時間はたってないし、足音も聞こえなかった。
「おとぎ話や、怖い話を聞きませんでしたか? ええ、子供の頃にです。夜寝ない子や、いたずらばかりする子に親は聞かせるはずですよ。……ね、こんな怖い話を」
チリチリチリチリチリチリチリ――。
かき鳴らされる鈴の音に追い立てられて、あたしの背中が書斎の壁にぶつかる。
首すじの皮膚が、ぞわぞわと逆立つような感覚。
なに? 怖い……なんか、ヤバい。
だれか助けを――。
マオ――は楝蛇さんといっしょにいる。
あたしがメッセージを飛ばして不審な行動をとったら、マオもどんな目に遭うかわからない。
他にだれか……だれか。
必死にスマホを操作する手に、ひんやり冷たい何かが触れる。
「ひ――」
それは青白い腕だった。
後ろは間違いなく壁なのに、気づくと無数の腕があたしの両脇から伸びていて。
髪や、首や、手足に巻きつくように食い込んで、壁へ磔にされる。
恐怖でパニックになりながら、喉を振りしぼって絶叫しようと大きく開けた口までも腕に塞がれ。
最後は視界も奪われ、あたしの手からスマホが滑り落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます