第18話 ヨリコちゃん家リポート
勢いで行くとは言ったものの、高1の俺が高3の勉強会とやらに参加して邪魔にならないのかな?
まあ、誘われた側だし。
勉強教えてもらえるなら助かるけど。
夏の昼は長い、とはいえもう夕暮れだ。
洋菓子店の紙袋を手に、商店街のアーケードを歩いていると、向かい側から小走りに手を振るヨリコちゃんを確認した。
大きめのTシャツをフレアな短パンにインして、キャップとハイカットのスニーカーが活発な女の子って感じでかわいい。
毎度毎度、格好はどストライクなんだよな。
「ご、ごめんね、少し遅れた?」
「いや、ちょうどだよたぶん。買い物してたの?」
ヨリコちゃんの手に提げられたエコバッグは、けっこうパンパンに張って重そうだった。
わりと使い古されてみえるエコバッグに、普段の等身大なヨリコちゃんを垣間見てなんだかドキドキしてしまう。
「あー……うん。ちょっと買いすぎちゃったかも。ソウスケくん、肉じゃが好き?」
「え? 好きだけど。それ、持つよ」
「ありがと。……ふぅん? なんだかんだ男の子、なんだねぇ?」
「なんならパンツ脱いで確かめる?」
「秒で男の子からオッサンになったね」
男の子とおっさんの中間くらいで、なんとか認識してもらえないもんだろうか。
繊細な年頃なんだよ俺は。
閑静な住宅地。
そんな表現がぴったりな一画にある、二階建ての一軒家まで案内された。
表札には青柳とある。
「そうそう、マオはちょっと遅れるって。まぁ上がってよ」
「……おじゃまします」
玄関に入った瞬間、俺の家とはちがう匂いに少し緊張する。
棚に置かれた綺麗なボトルのリードディフューザーだかが、シトラスっぽい香りを振り撒いている。
洒落てる。
なんとなく予感はしてたけど、ヨリコちゃんって“良い家の子”だったんだな。
「フウタ――弟もめずらしく友達と遊び行っててさ。帰り遅くなるらしくて。あ、こっちリビング。ソファにでも座って?」
「へえ、友達と。それはよかったね」
ゲームで仲良くなったのかな。
一応もしものために、こないだ電車で遊んだゲームは復習しといたんだけど。
リビングに入ったとたん、エアコンの冷気に迎えられて目を細める。
ふかふかのソファにおっかなびっくり腰かけると、すぐにヨリコちゃんが麦茶入りのコップを出してくれる。
「ちょっと汗かいちゃったから、着替えてくんね? てきとうにくつろいでてよ」
「あ、そうだこれ。れもんケーキ」
「え、マジで!? ありがとう! あとでみんなで食べよ?」
洋菓子店の紙袋を受け取ったヨリコちゃんは大げさに喜んで、俺に手を振りながらリビングを出ていった。
「……ふぅ」
ここがヨリコちゃんのハウスか。
なんだか落ち着かないな。
気をまぎらわせようと、広めのリビングを見渡す。
テレビでけえ。
なんかの賞状とか、トロフィーとか。
いくつかある写真立ては、ここからじゃよく見えない。
洋酒がディスプレイされた棚はお父さんのかな。
陶器みたいな人形の収納棚は、お母さんの趣味だろうか。
あれ。
ヨリコちゃんの両親のこととか考えると、ますます緊張してきた。
場違い感が半端ない。
ご両親はきっと、娘が夜な夜な、男に寝取られ報告の電話かけてるなんて知らないんだろうな。
どうしてそんなねじ曲がってしまったんだ。
ぺたぺたとフローリングの床を踏む足音が聞こえてきて、リビングのガラス戸が開く。
「お待たせ。あ、漫画とか読んでていいよ」
俺は絶句した。
タンクトップにホットパンツという刺激的な部屋着姿に、ヨリコちゃんが変身していたからだ。
生足――もとい素足は海でも見たけど、屋内で見るソレとはまた趣がことなる。
「よ、ヨリコちゃん。今日、ご両親は?」
「え? ふたりとも旅行でいないけど? 毎年この時期は定番なんだよね、結婚記念日」
俺ら以外だれもいないじゃねえか!
ふたりきりでその露出はだめだろ!?
無防備すぎる! なに考えてんだ!?
もしお父さんの立場だったら、もう、もう――!
「えと、1時間もかかんないと思うから」
俺の心の慟哭も知らず、テキパキとエプロンを身につけはじめるヨリコちゃん。
格好のせいか正面から見ると、まるで裸エプロンしてるみたいで思わず麦茶を一気飲みする。
錯覚だおちつけ。
おちつけ――。
リビングの奥にあるキッチンで、ヨリコちゃんが何やらトントン切ったり炒めたり煮込んだりしてる間。
少女漫画を読む俺の手はずっとカタカタ震えていた。
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