第17話 第4次寝取られ報告相談会

 案の定というか、期待を裏切らないというか。


 風呂あがりに自室でタウン情報誌を読んでいると、スマホが着信音を鳴らした。


 液晶画面には【NTRヨリコ】の文字。

 俺とは電話だけの関係性を築いている、口の悪い歳上の女の子だ。

 猫をかぶらない、ヨリコちゃんの本性ともいう。


 前回、また相談してきそうな雰囲気だったしな。

 昼間の出来事を考えると、予想しなかったこともない。


 でもとりあえず読みかけのタウン誌をめくる。

 花火特集か。

 夏休みの目標としては、夏らしいことをもうひとつくらいしておきたいところ。


 着信が止む気配はないので、仕方なくボイスチェンジャーのアプリを起動した。

 通話表示後、スピーカーへ。


『――さっさと出ろよマジで……――あ。き、今日は有名店のパティシエとさぁ、み、三ツ星ホテルのスウィートルームで――』


「もういいからそれ」


 寝取られ報告から入らないと自我が崩壊してしまうのか?

 しかもさりげに浮気相手とホテルをグレードアップしてんじゃないよ。


 さすがヨリコちゃんだと感心する。

 落ち込んでいても自分の価値は決して下げない。


『――……あのさ、ケンジくんが』


「ケンジくんが?」


 いきなり本題に入るんだな。

 帰りがけに“俺”が聞いたときは、慌てて誤魔化したくせに。


『――あのね、ケンジくんって、幼馴染がいるんだけど……女の子の』


「この世に幼馴染の女の子って実在すんの?」


『――は? するよ。バカじゃん?』


「切っていい?」


『――だめッ!』


 寝取られダブルピースする女の子もいたことだし、幼馴染の女の子くらい実在しても不思議じゃないか。


「……それで?」


『――……うん。今日はあたしと、遊びいく約束してたんだけどさ……その子が、熱出しちゃったみたいで』


「ああ、約束が流れたと?」


『――そう』


 なんだそんなことか。

 と、言うのは簡単だが……。

 ヨリコちゃんにとってケンジくんがどんな存在なのか、自分の価値観で語れるほど俺は知らない。


「浮気を疑ってるわけじゃないんでしょ?」


『――ケンジくんはそんなことしない! ……そっち優先なのは、やさしいから』


「そりゃ幼馴染からしたら、やさしいんだろうな」


『――あ、あたしにだってやさしいもん!』


 のろけてんじゃねえ。

 そんなの知ったことか。


「だったらしょうがないだろ。幼馴染が熱出しても放ったらかして、ヨリコちゃんとデート楽しむ彼氏だったら好きになってた?」


『――それは……そう。わかってるよ、べつにケンジくんを責めてるわけじゃなくて、ただ、悲しくなっただけで』


 よく考えたら、なんで俺がケンジくんをフォローせにゃならんのだ。

 貸しにしとくからな、ケンジくんよ。


「――困ってたら、だれでも助けたがるような人だから。これから先も……こんな思いすること、何回もあるのかなって……」


 ヒーロー気質だなぁ。

 それで彼女泣かせちゃ世話ないぜ。


 わかってんのかケンジくん?

 こんなどこの馬の骨ともわからん奴に相談するほどに、ヨリコちゃんは傷ついてる。


『――あ、そ、それでね? 前に話した後輩の男の子に、その、みっともないとこ見られちゃって』


「……いや、みっともないとは思ってない。――と、思うよ?」


『――そうかな!? でも、顔もぐちゃぐちゃだったし』


「鼻水出てたな」


『――出てない! 見たようなこと言わないで! ……あ、で。ご飯とかもおごってもらっちゃって……なにかお礼、したいなって思うんだけど』


 べつに礼なんかいらないけど。


 ふと、タウン誌のページをパラパラとめくる。


「これだ……!」


『――どれよ?』


「夏祭りに誘ってやるのは? 彼女と別れて遊ぶ相手もいないんでしょそいつ」


 自分で言ってて虚しくなった。


『――祭り? あー、最後に花火あがるの、8月後半にあるよこっちも。……ケンジくんは行けないし、忘れてたわ』


 つくづく可哀想な彼女だな。

 ケンジくんと夏休みの思い出、ひとつも作れてないんじゃないか?


 それもこれも難関な受験のため、か。


『――でも……そんなんで喜ぶかなぁ……?』


「喜ぶ喜ぶ。そいつ、イベントごと大好きなやつだから。俺の勘がそう言ってる」


『――うーん……じゃあ、ちょっと考えて――あっケンジくんから着信!? 切るわバイバイ!』


 慌ただしく通話が切られた。


「…………」


 スマホを机に投げる。


 そうだ、それでいいんだよケンジくん。

 人はだれもが間違う生き物だ。

 大事なのは間違えないことじゃなく、間違えたあとにどう行動するかだ。


 恋愛だって同じだろ。

 彼女を泣かせちゃったなら、アフターフォローしっかりな。


 彼女とか1日しかいたことないけど。



◇◇◇



 次の日、バイト先でヨリコちゃんは元気ハツラツだった。


「き、昨日はごめんね! な、なんか恥ずいとこ、見せちゃって」


 後ろ手に身をくねらせて、ヨリコちゃんが上目遣いにこっちをうかがう。


 電話じゃ猫かぶってないから、もっと恥ずかしいとこいっぱい知ってる。


「まあ、元気になったならよかったよ」


「うん、ありがと。それでね? よ、よかったら今度――」


 き、きた!

 打った布石が、見事に実る瞬間が!


「マオと勉強会やんだけど、その、ソウスケくんもよかったら来ない?」


「え……? あ、はい、行きます」


 なんでだよ夏祭りの話はどこいったんだよ!?

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