第4章 EXステージにNTRとか野暮

第100話 なんでもないような日

 待望の夏休み初日を迎えた。

 しかも依子ちゃんとお家デート。


 夕食は奮発してちょっとお高めのデリバリーを頼み、大学生となった依子ちゃんの近況なんかを聞きながら楽しく平らげた。


“サークルでさ〜”とか。

“コンパでさ~”とか。


 女子大生満喫してます感が若干鼻についたけど、かわいい彼女が必死に背伸びしてんだな、と思えばかわいいもの。


 腹も膨れて。

 俺の部屋に移動して。

 ふたりしてベッドに腰かければ、すでに自分ん家でシャワーを浴びてきたらしい依子ちゃんの、甘い髪の匂いに心音がどんどん速くなる。


 ここまできたら、あとはもうやることやるだけ。

 たぶん、だれもがそう思うにちがいない。


 なのに俺と依子ちゃんは、ベッドに腰かけたまま微動だにせず、かれこれ30分は経とうとしていた。


「――でさ、そのときのビーフから続いた長年のわだかまりが、じつは勘違いによるものだってわかってさ。そこへきてあの楽曲がもう最高で!」


「え? ああ、おいしいよね。ビーフストロガノフ」


「依子ちゃん! 俺の話聞いてる!?」


 食いもんの話なんかしてねえよ!


 憤慨する俺をよそに、しかし依子ちゃんはせまい部屋を隅から隅へと、落ち着きなく目線をさまよわせる。


 心ここにあらずという感じだった。


「ね。ヒップホップだかT○kTokだかの話は置いといてさ、他の話しない蒼介くん?」


「韻踏んでんじゃん……。まあ別にいいけど」


 たしかに、せっかく彼女とふたりきりって状況なんだ。

 もっとこう、ムーディな話で気分を盛り上げるべきだった。


 そこは依子ちゃんも同じ思いらしく、ベッド上の俺の手に、やわらかい手のひらが重なった。


 ――瞬間、俺の鼓膜がかすかに物音を拾う。


「こうしてると思い出すよね、去年の夏。……蒼介くんは、夏、好き?」


「あーいや、あんま好きじゃないかなー」


「……は? なんで!? 受け答え0点でしょそれ! あたしらが出会った夏だよ!?」


「わ、わかってるけど! いまはそれどころじゃないっていうかさ……」


 気が散るというか。

 集中力をすべて視覚と聴覚に割り当ててるものだから、夏に想いを馳せる余裕がない。


 と、依子ちゃんが唐突に自分の両足を、ベッドの上まで抱え上げる。


「ひっ!? 下!!」


「ぎゃああああ!?」


 みっともなく絶叫して、すばやく依子ちゃんと同じポーズを取った。


 ただただ心臓をバクバクさせて、無言のまま、壁掛け時計の秒針がチ、チ、と時を刻む音を聞く。


「……てか、“ぎゃあ”って。サメのいる海から足を引き上げるときの動きしてたし」


「現実にそんな状況ある? だって、依子ちゃんが“下”とか言うから」


「やっぱ無理。あたし、帰ろうかな」


「ちょっ!? お、俺をひとりにしないでくれよ! まだその、夜は長いんだし」


 なんとか帰らせまいと食い下がる。

 思い返せば、なんでこんなことになってしまったのか。


 楽しみだった夏休みの初日だというのに、去年の寝取られ間違い電話のとき以上に暗鬱が渦巻いてしまっていた。

 最悪の空気だ。


 抱えた膝にあごを乗っけた依子ちゃんが、こちらを見ないで口をとがらせる。


「……だってさ。なにすんの? こんな状況で」


「……えっちとか?」


「いやムリッ! バカじゃないの!?」


「じょ、冗談だって。その、空気を変えようかなと思って……」


 また無言。

 互いに1歩も身動きができないまま、夜だけが更けていく。


 ……ほんとは半分くらい本気で言った。

 あんな強烈に拒否されてちょっとへこんだ。


 年頃の男子なんです繊細でごめんなさい。

 でも言い訳させてもらえるなら、人間は生存の危機に陥ると子孫を残したい本能からうんぬんかんぬん……。


「……じゃあさ……アレ・・取ってきてよ。そしたら……いいよ」


「まじで!? あ……で、でもアレはリビングにあって――」


「アレないとできないでしょ。ほら、はやく行って」


 アレを取ってくれば、依子ちゃんと――。

 ごくりと喉が鳴る。


 しかし、怖い。

 ベッドから降りるのが怖い。


 だがせっかくの夏休み。

 その出だしを最高にラブラブでスタートするか、ダメ彼氏の烙印を押されたまま終わってしまうのか、俺の行動にかかってるんだ。


「……俺、行ってくるよ。依子ちゃん、囮を頼める?」


「ぜったいイヤ」


「く……っ」


 耳をすませる。

 物音はしない。

 部屋の入り口まで数歩だ、ビビるな。


 意を決してそろりと足を下ろし、すぐさま全力ダッシュを敢行しようとしたところ――。


「ちょっと待って!!」


 ガッチリ腕を掴まれた。


「いやちょ!? 離――!」


「よく考えたら置いてかれる方が最悪じゃん!? 蒼介くん帰ってこないつもりでしょ!?」


「んなことしねえって! まじで離して!? いやほんとまじでまじで!!」


 ヘラった依子ちゃんの腕力は凄まじく、どんなに振り回しても手を離してくれない。


 そうこうしてるうち、後方でまた気味の悪い物音が聴こえる。


「ひ――」


 声にならない声をあげ、依子ちゃんとふたり転がるように部屋を飛び出した。

 すぐに自室のドアを閉め、封印完了する。


「はあ、はあ……や、やった。依子ちゃん……!」


「脱出、できたね……? はぁ、つかれた」


 ぐったりしつつも、俺たちは笑顔でリビングへ向かう。

 さっきまでのギスギスした雰囲気はすっかり消えていた。


 冷蔵庫から取り出したペットボトルの緑茶を2つのコップに注ぐ。


「ありがと」


 コットンのショートパンツ姿の依子ちゃんが、腰に手をあてひと息にコップをかたむける。


 今さら気づいたけど、寝巻き代わりのショートパンツはかなり丈がきわどい。

 豪快に背中をそらせて飲むもんだから、大きめのTシャツも胸をしっかり強調してる。


「ぷはっ。……はー冷たくておいし」


 にっこり笑う依子ちゃんは、やっぱかわいい。

 俺は今から、この彼女と……。


「よし。依子ちゃん、戻ろう。俺がんばるよ」


「え? 戻る必要なくない?」


 ケロッとした顔で言われ、愕然となる。


「い、いや、でも、するならアレが必要って」


 まさか約束を無かったことに?

 それはひどい。

 健全な青少年を相手に、あまりにも残酷な仕打ち。


「だからさぁ、そのぉ……ここですれば、よくない?」


 後ろ手に組んで、依子ちゃんは俺から視線を外し、恥ずかしそうに素足を擦り合わせる。


「ここで、って……リビングで?」


「だ、だからそう言ってんじゃん。そ、蒼介くんがいいならだけど」


「依子ちゃんッ!!」


「わっ!? ちょ――あぶないあぶない!」


 イノシシのごとくまっすぐ突進した俺は、依子ちゃんのやわらかい身体をがっちりホールドしながら、リビングのソファへと押し倒した。


 シャツのめくれたお腹に顔を埋めて、ぐりぐりしてやると、くすぐったいのか依子ちゃんがげらげら笑う。


「――はぁ……めっちゃいい匂いする」


「こら。匂いとか言うな。鼻息もフーフーしすぎ」


 余裕ぶった顔して歯を見せる依子ちゃん。

 でも超至近距離だからちょっと潤んだ瞳がわかるし、密着してるからめちゃくちゃ体が熱いってことも感じて。


 俺と同じような気持ちになってくれてるんだな、って嬉しくなった。


「依子ちゃん……」


「ん」


 どちらからともなく顔が近づき、そして。


 ――“ピンポーン”。


 インターホンに阻止された。


 ぴたりと静止して、見つめ合う。


「……あれだよ。なんかの勧誘だよたぶん」


「家主でしょ。ちゃんとしな?」


 行為を再開しようとした俺の鼻が、指先でぐりっと押し返された。

 しかたなく、依子ちゃんを跨いでソファから降りる。


「はぁ……だれだよいったい」


 頭をがりがりしながら玄関へ向かい、ドアを開けた。


「おーす! 蒼介ー遊ぼうぜー!」


「ごめん無理。帰ってくんない?」


「ノータイムだなてめー! むっ、この靴は青柳、来てんだろ」


 わかってるなら帰れよ、と思うがそんな善意を麻央に期待しても無駄だった。

 さっそくサンダルを脱ぐ麻央をなんとか玄関で阻止していると、背後から声がかかる。


「なんだ、麻央じゃん。……ね、蒼介くん耳貸して?」


「わ、わたしの前で耳舐め!?」


「違うっ! ちょっと黙ってて!」


 ひとり興奮する麻央を無視し、口を寄せてくる依子ちゃん。

 吐息に首がぞわぞわする。


「せっかくだし、ほら……例のアレ」


 なるほど。

 依子ちゃんが言わんとしてることは、すぐに理解した。


「なーあげてよー。おまえらのえっちとか邪魔しないからさー」


 それはただのご褒美だろ。

 前にそんな約束してた気もするけど。


「……よく来たな麻央。まあ入ってよ」


「ホントー!? いいのー!?」


 打って変わって俺と依子ちゃんは、ニッコニコの笑顔で麻央を招き入れた。

 リビングで冷房の風に当たって目を細める麻央へ、筒状のアレを手渡して持たせる。


「なにこれー? ……殺虫剤?」


「さ。俺の部屋で遊ぼうぜ」


「行こうよ麻央」


 ぐいぐいと背中を押し、「え? え?」と困惑する麻央を自室へ押し込んだ。

 そしてすぐにドアを閉める。


『おーい、これなんの遊びー? ……ん、いまなんかガサガサって――ぅえっ!? ヤバっなんかでっかいのいるッ!?』


 ガチャガチャ捻られるドアノブを依子ちゃんと二人がかりで押さえつける。


「悪いな麻央、その最前線に撤退の2文字はない!」


「戦って麻央! 死にたくなければ!」


『ふざけんじゃねーてめえら!! マジマジあんなのムリだって!? あれ……壁で止まって――ぎゃああああああ!? 飛んだああああああああ!?』


 どたんばたんと激しい攻防の音は、10分にも及んだ。




 やがて静かになり、ドアをおそるおそる開けると、ヤツの死骸を前に麻央がへたり込んで号泣してた。


 悲しみを伴わない勝利などないのだ、と。

 大切な教訓を得た、夏休み初日となった。


 ちなみにその後は――。


 コンビニへ走って麻央の好きな菓子をしこたま買い込み、ゲームで散々接待プレイしてようやく怒りをおさめてもらった。


 依子ちゃんとのイチャイチャはお預けになったけど、なんだかんだ楽しくて。

 こんな日常が続けばいいなぁってまじで思う。




◇◇◇◇◇


本編は完結しましたが、こんな感じの日常話をたまに更新しようかと思います。


そして現在は【寝取りのフリーランサー】というファンタジーものを書いてますので、よろしければご一読下されば嬉しく思います。

剣の才能も魔術の才能も無い男が、“寝取り”で生計を立てていく異世界ものです。

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だから寝取られ報告の電話とかするなら彼氏にしてくれませんか!? シン・タロー @shin_taro

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