第54話 ナイトフィーバー

「ハロウィンってのはさ、たんに収穫祭だと思われがちだけど、本来は悪霊よけの儀式も兼ねてるわけ。ケルト人にとって大切な1年を締めくくる行事と、収穫祭とをいっぺんにやっちゃおうって日なわけだ」


「はいはい、がんばってしらべたんでちゅね〜? えらいえらい」


 まさにネットで得た知識をドヤっと披露する俺に、ヴァンパイアの格好したヨリコちゃんが頭を撫で回すという名の飴をくれた。


 吸血鬼要素なんて、黒いマントと口端から覗くキバの2点くらいしかない舐めた仮装だけど、これが黒髪のヨリコちゃんにマッチしてかわいい。

 ぜひマントの中の仮装具合もたしかめてみたい。


 しかしこの頭を撫でられるという行為。

 よく考えればこれって、からかわれてることになるんじゃないか。

 つまりは飴でもあり、イタズラなのだ。


 トリック・オア・トリートどころかトリック・アンド・トリートをよこすヨリコちゃん。

 太っ腹だぜ。


「……よし。いい感じじゃね? ほどよく、キモくて」


 俺の顔に最後の筆を入れたヨリコちゃんは、少し遠目から確認すると満足気にうなずいた。


「いいね! 弓削くんゾンビの素質あるよ!」


 ああ、そんな素質があるならきっと、ゾンビがあふれた世界でも俺だけは襲われないな。


 ちなみに今、横から茶々を入れてきたのは双葉さん。

 化け猫と称して一応は顔にヒゲなど書いているが、ネコミミや尻尾などホラー要素そっちのけであざとさに振り切っている。


 そんなんでハロウィン本来の、悪霊を追い払う儀式がまっとうできると思うなよ。


 例によってケンジくんの厳命により、ヨリコちゃんとふたりきりで遊びにでかけるわけにはいかず、双葉さんを誘った次第だ。


「でも弓削くんがアサネやユウナじゃなくて、ヒルアを誘ってくれるなんてね! 嬉しかったよ♡ ちゅ♡」


「……アサネちゃんは、ヨリコちゃんが電話しても出なかったし。ユウナちゃんは文化祭の話し合いとか忙しいらしいし」


「やっぱ3番目に声かけてたんだー!? それ聞きたくなかったなー! あと精いっぱいのサービスしたのに反応冷たすぎると思う!」


「なんか、すみません」


「だから敬語も謝罪もやめてよね!?」


 だいたいヨリコちゃんが見てる前で、投げキッスなんかに反応できるわけないだろ?


「どうでもいいけどさぁ、そろそろ時間やばくない?」


「どうでもいいって……ヨリコまで、そんな」


「そうだな、そろそろ出ようか」


 バッチリと仮装を決め、ヨリコちゃん家のリビングから先んじて出ていく俺たち。

 後ろで双葉さんがふてくされたように呟く。


「なんか、つまんない……」


「イエーイ!! ヒルアちゃんハッピーハロウィーン!!」


「っ!? ――いえーい!! はっぴはっぴー!! アガッてきたーーっ!!」


 玄関で飛び跳ねながら、双葉さんとハイタッチを交わした。

 底なしの陽キャで助かる。


「マジうるさ!」


 心から嫌そうに耳を押さえるヨリコちゃんに、双葉さんとふたりでウザ絡みしつつ。

 いざ熱狂の街へと繰り出した。



◇◇◇



 予想通り、繁華街はひとで溢れかえっていた。

 みんな酔っぱらいみたいに騒いでいる。


 しかしこう、誰もが一様に奇怪な格好をして街を練り歩くサマはあれだな。

 百鬼夜行みたい。


「あはは! なにあれ!? 金ピカだよ金ピカ!」


「すっげぇ見て見てヒルア!? ソウスケくん!? あれおっぱい見えてね!? アニメとかのキャラかなぁ!?」


 双葉さんはともかく、ヨリコちゃんも興奮気味に楽しんでるようでなによりだ。

 てかヨリコちゃんて普段は覇気がないくせに、意外とイベントごと大好きだよな。


「見物もいいけど、マオの店行かないと」


「そだったね、ごめんごめん。ほら行くよヒルア!」


「あ~んまたヒルアだけ置いてこうとする〜!」




 喧騒から少し外れて路地へと入り、例の地下に降りていく。


「なんかマジのオバケ出そう……」


「ヨリコ知ってる? オバケの話するとオバケが寄ってきちゃうんだよ!」


 やっぱ薄暗いよなここ。

 かわいい先輩ふたりも連れてるから平静を装ってるけど、実は未だに慣れてない。


 もう何度も足を運んだアブソリュート。

 重厚な扉の向こうからは、昼とは様相が違って、ズンズンと腹に響く低音の衝撃が伝わってくる。


 先導して扉を開けると、店内はまさに熱狂の渦だった。


 骸骨が、フランケンが、元ネタのよくわからん全身タイツが、旋律なんて一切聴こえない重低音のリズムに合わせて踊り狂っている。


 店にあったテーブルやイスは一時撤去されたのか、ダーツバーはダンスフロアと化していた。


 ここが地獄か。

 坊さんは地獄はこういうところだと説けばいい。

 きっとみんな悔い改めて善行に励むよ。


「おうソースケじゃねぇかよく来たなぁ! わかってるとは思うがアルコールは飲むんじゃねぇぞ?」


 ビール瓶片手にあらわれたカニちゃんは、今日はナース服だった。


 胸もとがら空きでえっぐいミニスカ。

 そしてなによりガーターベルトに白タイツ!

 ゴクリと生唾を飲み込むも、ヨリコちゃんの視線を感じてハッと我に返る。


 危ねえ。

 また悪い癖が出るとこだった。

 それもこれも、白衣の天使要素皆無なカニちゃんが悪い。


「カニちゃん、ところでマオは?」


「あー……また男漁りしてんじゃねぇかな。奥にビリヤードやるスペースあんだけど、さっきそっちに行くとこチラッと見たような」


 フロアの奥か。

 でも、なんかこんなとこにヨリコちゃんを残していくのは不安だな。


 ヨリコちゃんに目を向けると、重低音に合わせて体を揺らしはじめている。

 ほんと染まるの早え。

 性格のチョロさが垣間みえる気がする。


 と、肩にぽんと触れる手の感触。


「弓削くん、ヨリコのことはまかせて!」


「双葉さん……」


 なんだかんだ、ひどい態度取っちゃったけど頼りになるな。

 ここはお言葉に甘えて――。


「なんか適当な男がいたらヨリコにあてがって、ケンジとの破局を狙うね!」


「ぶっ殺すぞッ!!」


 やっぱとんでもねえ腹黒だわ!

 こいつだけは生かしちゃおけない。


「ちょ、ちょっとした冗談でしょ!? そんな怒んなくてもいいじゃん!」


 本当だろうな?

 少し涙目になった双葉さんを睨みつけた。


「あ――それとさっきアサネから連絡あって、弓削くんに伝えてくれって」


「アサネちゃんが? なにを?」


「“忘れてはいないだろうな。正しくない者に世界は冷酷だぞ”……だって?」


「……そっか。わかった」


 忠告はありがたいけど、クソ食らえだ。


 世間が認めてくれなくたっていい。

 マオひとりに届けば、それで。


「俺行くよ! ヨリコちゃんをよろしく!」


「あっ!? ソースケっワンドリンク!」


 カニちゃんの制止を振り切り、ごった返す客をかきわけて、フロア奥のドアを抜けた。


 さらに細長い通路が続いて、そこに立ちふさがるようにスコーピオが佇んでいる。


 え、まさか通らせないつもりか?


 ずんずん近づいてきたスコーピオは、そのでかい図体で俺の視界を遮断する。


「ワタシガ、キミノコウドウニクチヲハサムコト、アリマセン。――デモ」


 大きな拳に、ドムッと胸を叩かれた。


「ナニカアッタラ、スグヨビナサイ」


「あ……ありがとう! センキュー!」


 こ、怖えー!

 まじで殺されるかと思ってごめんなさい。

 めっちゃいいひとだったわ。


 通路の突き当たりにまた小さなドアがあって、そこを開けるとビリヤード台が複数設置された遊戯場だった。

 一部しか照明が灯ってなくて、全体的に暗い。


 そこにマオもいた。

 男に壁ぎわまで追い込まれ、逃げ場もないように傍目からは見える。


 マオは、身体中に包帯をグルグル巻きにしたマミーの姿だ。

 服――というか下着も着けてるかわからないほどボディラインがくっきり出ている。

 これまで街や店で見た、どんな仮装よりも刺激的だった。


「――じゃあそうだな、この辺の包帯から取っちゃおうかな」


「えー……いいよー? でもいきなりそんな直接のとこー? もっと焦らしたりしないのー?」


「焦らされんの性に合わねんだわ。今さらイヤだとか言うなよ?」


「言わねーつの。じゃ、はやくしてー」


 いやこれあきらかにマオも合意の上だわ。


 はぁ……。

 まあ、そんなの関係ねえんだけど。


 男の手が、マオの胸もとから垂れ下がる包帯の切れ端を掴んだ。


「ヤベェな。まじ興奮するわこれ」


 なに殿様みたいな遊びしてんだよくそっ!


「はいはいちょっと待ったああ!!」


 制止しながら、駆ける。

 男を突き飛ばすように間へ割って入り、マオを挟む形に両手で壁ドンする。


「あ? ちょ、なんだよおまえ!」


 背後から肩を掴んできた手を振り払った。


「悪りいな。俺が先約なんだよ、えっちすんの。……そうだよな、マオ」


「ソウスケ……なんで」


 片目は包帯でふさがって、もう片方の瞳は大きく見開いて。

 腕の中でそんな風に見下ろすマオは、いつもよりずっと小さく見えた。


「は!? 先約? まじ?」


「あ……あー……うん……マジ」


 消え入りそうにマオが合わせてくれて、男は盛大に息を吐いた。


「……じゃあ早く終わらせろよ? なんならおれも手伝ってやろうか? おまえのケツとか刺激――」


「やめとけよ!? すぐ終わるから向こうで待っててくれ!」


「ち……フロアの方行っとくから声かけてくれよ」


 本当に残念そうに去っていく男。


 なんて危ないやつなんだ。

 俺のケツにナニする気だったんだあいつ。


 とりあえず無事ふたりきりになれたな。

 俺は安堵してマオのとなりに並び、壁に背をあずけた。


 さて、マオに俺の決意を聞いてもらうとしよう。

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