第28話 ふたりの関係性
本屋でのバイト終わり、店長がわざわざ休憩室まで挨拶にきてくれた。
「ふたりとも、休まず来てくれて助かったわ。夏休み終わっても、いつでも遊びにいらしてね」
「はい! 俺はしょっちゅう漫画買いにくると思います!」
「まあうれしい!」
店長の大きな手とがっしり握手をかわす。
ほんとやさしくて、おおらかな人だった。
はじめてのアルバイトがこの本屋で、まじでよかったと思ってる。
「青柳さんも、お受験がんばってね!」
「はい、まぁ。あたしはそんな難しいとこ、受験しないんで」
店長の娘さんが来年高校受験らしく、大宰府でヨリコちゃんの分もお参りしたのだと、学問のお守りを手渡していた。
いやいいひと過ぎるだろ。
「……ありがとう、ございます」
思いがけないサプライズに、あのヨリコちゃんも少し目を潤ませているようにみえる。
以前から勉強では頭を悩ませてたみたいだし、ご利益あるといいな、学力向上の。
「あなたたち、姉弟みたいで本当にかわいかったわよ。いつかまた必ずお会いしましょう!」
最後は気さくにふたりで手を振って、本屋をあとにした。
聖人とはああいうひとのことを言うんだろう。
姉弟か。
お互いに恋愛感情なんか持ち得ないとハッキリしたんだ。
それでもいいと思える。
姉弟って響きがさ。
友達より親密で、こう、なんかいい。
しばらく黙々とショッピングモールを歩いていたヨリコちゃんが、ふとつぶやく。
「終わったね。バイト」
「うん。そうだね」
つまりもう、この場所でこうしてヨリコちゃんと会うことも無くなるってわけだ。
それはちょっと……感傷的な気持ちになる。
ヨリコちゃんは、どう思ってんだろうか?
俺が横顔を盗み見たのと、ヨリコちゃんが足を止めたのは、ほぼ同時だった。
「ソウスケくん、アイス食べたくね? おごるわ」
ラムレーズンとチョコミントのダブル。
ヨリコちゃんはストロベリーとマスカットのダブルを注文して、モール敷地内の中庭へと移動した。
風が通る構造になっているのか、愛しの空調設備が無くとも多少はマシに感じる。
それでもセミは元気よく鳴いてるし、暑いけど。
建物から建物への移動で中庭を通る人はいても、ベンチに腰かける俺たちのような猛者は他に見あたらない。
「なんか、攻めたチョイスしてんね」
「そう? あずきと少し迷ったくらいで、俺の中ではマストだよ」
ひたいや首すじに汗の玉を浮かばせながら、ヨリコちゃんがマスカットアイスにかぶりつく。
けれど視線はずっと俺のチョコミントに寄せられている。
「……ちょっと食べる?」
「みえみえ。間接キス狙い? でしょ」
「発想が中学生かよ。そんなつもりないっての」
自意識過剰……!
相変わらず……!
じと目を向けてくるヨリコちゃんは放っといて、アイスをむさぼる。
うまい。
しみわたる。
暑い中汗かきつつ、冷たいアイス食うのってなんか贅沢だな。
舌の痺れが心地いい。
「夏休みもあと数日かぁ」
さりげなく独りごちた様子の、ヨリコちゃんへと目を向ける。
太ももを交差し、足を組んだヨリコちゃんは、足先のスニーカーをぷらぷら揺らしていた。
足は、あんまり見てると引かれる。
5秒そこそこガン見して、すぐ目を外す。
代わりに、中庭を通る人々をぼんやり眺めた。
「夏が終わるとか、信じられない暑さだけどな」
このたくさんの親子連れやカップルも、休暇が終わればそれぞれの日常に戻るんだろう。
もちろん俺も。
ヨリコちゃんとの接点もずっと減って、夏休み前と同じような日々が……まあ、でもマオは遊んでくれそうだよな。
溶けたアイスが指をぬらして、冷たさにハッと意識を取り戻して指をなめる。
暑さでボーッとしてたのかも。
また熱中症なんかになったらシャレにならん。
「そういや、ここ何日かマオ見てないな」
「おばあちゃん家行ってんだって。明日には帰るらしいけど」
そっか。
帰省とかするよな普通。
背中をベンチに深くもたれさせて、夕焼けめいてきた空を見上げた。
気温も下がってきてるか。
もう熱中症の心配はなさそうかな。
そんなことを考えていたら、足に重みが加わったんで目を落とす。
スニーカーを脱いだヨリコちゃんが、俺の太ももにソックスの足を乗せていた。
「いや、重いんだけど」
「は? 失礼くない? ソウスケくんって生意気だよね。後輩のくせにさ」
「ヨリコちゃんの方が生意気だと思うけどなぁ」
「いいじゃん先輩なんだから。立ち仕事ってさ? 足むくむでしょ。だからあげとかなきゃなんだよ」
「俺の足に乗せる意味は?」
「ベンチかたい。かかといたい」
さようですか。
ヨリコちゃんってあれだな。
出会ってからどんどん性格というか、印象が変わっていくよな。
もう性根の悪いとこ全部見られた自覚でもあるのか、以前より遠慮がまるでない。
スマホを片手にポチポチしながら、俺の太ももを足で交互にパタパタと叩くヨリコちゃん。
「……それ。ちょっと気持ちいいかも」
「はいセクハラ。ご褒美に感じてんじゃねぇぞ?」
「感じてねえよ。わりとまじで重いし」
かなり強めにかかとを落とされて、悶絶する。
「ソウスケくん。祭り、あさってじゃん?」
「そ、そうだね」
「降水確率、50パーセントだって」
ヨリコちゃんがスマホの画面を見せてくる。
見事に曇りと傘のマーク。
「いや、50なら大丈夫。俺めちゃくちゃ晴れ男だから。最高80までいける」
「ふぅん……」
ダウナーから一転、ふいにヨリコちゃんは悪戯っぽく笑うと。
「じゃさ、中止になったらその日、カラオケおごりね?」
カラオケで披露するつもりの歌なのか、鼻歌を口ずさみながら、また俺の太ももをヨリコちゃんがリズムよく踏みはじめる。
「ぜったい晴れるよ」
……そうか。
雨が降っても、遊んでくれるんだな。
あざやかなオレンジに染まった空。
アイスもとっくに食べ終わって、人がまばらになってきても。
なかなか“帰ろう”なんて言葉が出てこなくて。
過ぎ去る夏を惜しむように。
熱気が残るベンチでふたり、たわいない雑談をずっと交わしていた。
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