突撃お友達訪問

「ラキシス」

俺は治安兵の詰め所を出た路上で、思わぬ人物に声を掛けられた。


「ユーリ様、何故こんな所に?」

 驚いて、とっさに名前を呼んでしまい、周りを確認する。


 治安兵の詰め所と言っても五の城壁内はお世辞にも安全とは言えない。間違っても貴族令息がお忍びで来ていい場所ではないのだ。


「手合わせをお願いに来た」

「手合わせって、護衛はどこに?」

 公爵家には腕のいい護衛がいたはずである。

 彼なら、気配も消せるのかと思い辺りをキョロキョロと確認する。


「護衛はいない」


「じゃあ、ビエラが一緒ですか?」

「ビエラは姉さまと訓練しているよ」

「まさか、子供が一人でこんな物騒なところに来たんですか?」

 呆れとも怒りとも言えない感情で、キツイ言い方になってしまった。


「大丈夫、ビエラのおかげでいろいろな魔法が使えるようになったんだ。今も認識阻害の魔法でほとんど誰にも気づかれずにここまれ来られたよ」

 確かに、場違いに綺麗な格好をしているのに誰も気に留めていない。


「だからといって、一人でこんな所まで来るのは無謀です」

 ちょっと強く言えば、真っ赤な髪にお嬢様より少し濃いルビー-色の瞳が揺らぎ、シュンと下を向いてしまう。


「だって、剣術の稽古をしてくれるって言っただろ」

 いや、言ったけどね。

 だからって、こんな治安の悪い場所に一人で来ることを容認できない。

 できないんだけど……そんなかわいい捨て犬みたいな顔をするな!


「全くなんなんですか、姉弟そろって、わがまま言っても俺がいつもいつも聞いてやると思わないでくださいね。今日だけですから」


「やったぁ。じゃあまずこの辺案内してよ」

「ダメに決まってるでしょ。いくら認識阻害の魔法をかけても。長くいれば注目を浴びる」

「えー、残念」

「えー、じゃない。ほら、さっさと行きますよ」

「どこに?」

「森の中腹に、俺の訓練している場所があるんだ。そこなら師匠の家とは距離があるから大丈夫です」

「せっかく市井しせいの暮らしが体験出来ると思ったのに」

「それはもっと治安のいい、城下でね」

「お腹がすいた」

「はぁ?」

「お腹がすいて倒れそう」

「ユーリ様。冗談を言っている場合じゃありません」

「なんで? ラキシスがいれば怖いものなしでしょ」

「いろいろ事情があるんですよ」

「じゃあ、ご飯を食べながらその事情を教えてくれたら、もうここには来ないよ」

 持って生まれた性質なのか、愛されて育った者特有の自信なのか、俺が断らないという態度に多少腹が立ったが、「約束ですよ」とため息をつき行きつけの屋台に案内することにした。


「汚いな」

 屋根の付いたリヤカーを前に、眉をひそめながらユーリ様が素直な感想を述べるのを、片手で口をふさぎながら注意する。


「この辺じゃあ一番の人気の串焼きです。ありつきたいなら黙っていてください」

 いくら認識阻害の魔法をかけていても、悪口というものは人の意識に引っかかりやすいのだ。

 目線で頷くのを確認してから、そっと手を離す。

 一応身分的には平民である俺が公爵令息の身体に触れるなんて、どんな罪になるか分からんが、ユーリ様は気にしていないようだった。


 そういえば、お嬢様ともこんな感じの出来事があったな。

 この姉弟。つくづく俺に世話を焼かせる存在だ。


「いいですか、あらかじめ言っておきますけど不衛生ですからね。お腹を壊しても誰の責任でもありません」

「ラキシスは本当に姉さまと一緒の歳か? なんだかスティーブの口うるさいのにそっくりだよ」

 それな。

 たぶんあの護衛騎士と同じくらいだとは思う。

 それにしても、せっかく箱入りのお坊ちゃんのお腹を心配してやったのに、串焼きを渡すとユーリ様はためらいもせず大口でかぶりついた。


「おひしい」

「それは何よりです」

 それからも、「まずそう」とか「あれが食べ物なのか?」とか、ひと言いちゃもんをつけるくせに、「じゃあ止めますか」と聞けば「食べる」と返ってくる。


「そんなに食べたら、今日の稽古は無理そうですね」

「何を言ってるんだ、成長期なんだからこのくらいで稽古ができないわけないだろ」

 スイーツ別腹、みたいな軽いのりで言われ、意外に頑丈にできている貴族のお坊ちゃんに感心した。


「そんなことより、お腹もいっぱいになったし、そろそろ話してよ」

「何でしたっけ?」

 一応とぼけてみる。


「僕がここに来たらまずい事情」

「……」



 全く、ユーリは一度懐に入った人間には激甘な認識になってしまうらしい。

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