第83話 ビエラ 2

「つまり、ビエラは私の子供に生まれ変わりたかった」

 ビエラの説明を簡単にまとめるとこうだ。


 魔王は自分の魔力量せいで、身体を数千年に一度新しくする必要がある。

 通常の魔族は闇から生まれるが、稀に番になった夫婦からも生み出されることもある。しかし、魔王は唯一無二の存在で、他の魔族と交わることができないためあえて、人間の子供を依代として生まれる。

 ただし、魔王の魔力に耐えられるだけの結界を、母親が自分自身に施さなくてはならないため、それ相応の魔力量を持っていなければ出産時に生き残れない。


 ビエラが条件の合う人間を探していたとき、私を見つけ大きくなるまで見守ることにしたという。


「まあ、簡単に言えば……」

「アリエル、もうこいつを始末してもいいか?」

「待て待て待て」

 ビエラはラキシスのものすごい殺気を感じて、後ろに飛び退いて距離をとる。


「今は違うって」

「どう違うの?」

「僕の身体があと1000年は持ちそうだから、新しい身体も必要無くなったってこと」

「なんで、いきなり状況が改善されたの?」

「本物の聖女が覚醒しただろ?」

 ビエラが私にウィンクした。


「私は聖女じゃないけど」

「知ってるよ。でもアリエル様のお友達だろ?」

「マリーのこと?」

 ビエラは何度かエルドラ家でのお茶会のとき、マリーに会っていた。

 気づいてたんだ。


「彼女が僕の魔力を閉じ込めた結界を強化してくれただけでも、数百年は安泰だ。ラナが言った通り待っていてよかったよ」

「ラナって、もしかして聖女ラナ様のこと?」

「そうさ。300年前、彼女に僕の魔力を少し封印してもらった」

「その言い方だと争いに負けて封印されたわけじゃなく、合意の上に聞こえるけど」

「もちろん、合意の上さ。あの頃は有り余る魔力を消費するために、むやみにダンジョンを作ったり、世界を闇に変えてたんだけど、それでも使いきれなくてむしゃくしゃして当たり散らしてたときにラナに会って怒られた」

「ラナ様に怒られた?」

「ああ、魔力の無駄遣いはよせってね」

 ビエラはそれから楽しそうに、ラナ様と一緒に魔物を討伐した話や魔力を有意義に使うために魔王城を建て、魔力を満たした川と森を作った。しかも、今の王都の周りに魔物よけの結界まで張ってくれたそうだ。

 そして最後に自分の神殿の地下深くに、ビエラの魔力の一部を封印し「いつか必ず聖女の力を持つものが現れるから心配しないで」と言い残したそうだ。


「人間の寿命は予想以上に短いな」

 あまりにビエラが寂しそうに呟いたので、私とラキシスはこっそり顔を見合わせた。


「もしかして、ビエラって……」

 ラナ様のことが好きだった?


 そう言葉にする前に、ビエラがニヤリと口角を上げて不敵に笑った。


「新しい聖女が現れる前にアリエル様を見つけた。ラナのことは信じていたが、地下の結界も限界が来ていたから……」

 なるほど、それで私を見守っているうちにマリーが現れたと。


「じゃあ、本当に私は必要無くなったってことで」

「ああ、心配しなくていい」

「それにしてもマリーって聖女ラナ様より、聖力が強いの?」

「そんなことはない。マリアンヌ様はまだ覚醒したばかりだし、力の使い方もまだまだだ」

「さっきビエラはあと1000年は大丈夫って言ったでしょ」

 ラナ様の封印はまだ300年だ。それでも、魔力を封印しておくために聖女候補の魔力が必要だったことを考えると、マリーの聖力は凄まじいということになる。


「マリアンヌ様の結界も300年くらいだろうな。結界とは別の方法を試したんだ」

 とびきりのイタズラを暴露するようにニヤニヤとビエラは私たちの顔を交互にみた。


「なんだ?」

 今にも張り倒しそうな勢いでラキシスがビエラを睨む。


「実はラキシスに会ったときいいこと思いついた」

「いいこと?」

 絶対にろくなことじゃない気がする。


「目の前にめちゃくちゃ魔力を溜め込めそうな身体を持つ子羊ちゃんが現れたんだぞ」

 これって運命かも。とビエラは目の前で両手を組み、キラキラした瞳で遠くを見つめた。

 どうやら、ラキシスに殴られたいらしい。


「そこに座れ」

 案の定、拳を大きく振り上げたラキシスを必死でなだめる。


「なんで怒るかなぁ。ウィンウィンなのに」

「どこがだ」

「サスキ様のところに案内してやっただろ」

「それで?」

「それで、ラキシスが魔力を使いすぎて倒れたときに、ちょっとづつ僕の魔力を分けてあげた」

「は? それのどこがウィンウィンなんだ?」

「だって、ラキイスは早く回復できるし、僕は魔力量を減らせる」

 ドヤ顔するビエラの横で、ラキシスがプルプルと震える自分の拳をおさえしゃがみ込んでしまう。

 あー、なんか気持ちわかる。

 でも、だいたい「いいこと」ってそんなもんだと思う。


「ラキシス。ビエラも悪気があったわけじゃないし」

「アリエル、人ごとだと思っているだろ」

「そんなことないよ」

「ビエラの前に現れた魔力を溜め込めそうな子羊ちゃんって、俺だけじゃないと思うぞ」

「え、嘘? まさか私にも?」

 ビエラを見ると、咄嗟に視線を外される。


「あ、アリエル様に安易に魔力を送ったことはすごく反省した。まさか、魔王の魔力であんな悪夢を呼び込むなんて思わなくて」

 つまり、あの悪夢はビエラの魔力をもらったせいなの?


「ラキシス、ビエラをヤっていいわ」


 私の言葉に、ラキシスがすかさず剣を抜くとビエラに切り掛かった。

 咄嗟に、ビエラも応戦する。


「落ち着け」

 ラキシスに懇願しているが、涼しい顔で剣をふる顔には余裕が感じられる。

 それはそうだ。私にとってもラキシスにとってもサスキ様と同様ビエラは師匠だ。本気で倒すつもりなら、剣だけではなく魔力戦でも敵わないだろう。


 二人の剣がぶつかるたびに、魔王城が崩れ落ちていくのを考えるに、八つ当たりっぽい。


「アリエル様。反省してるから、こいつ止めて」

 だんだん、肉眼では追い切れないくらいの速度で戦う二人をソファーに座り眺めていると、ビエラが涙目で訴えてくる。


 これ以上魔王城が崩れると、見た目も悪いし言い訳を考えるのめもんどうなので、私はラキシスに止めるように声をかけた。



「ありがとう。どうやら僕の魔力は闇が強いようだったんだ。だから、アリエル様には清らかな魔力しか贈らないことにしたから」

「清らかな魔力ってのがどんなのか理解できないけど、私もビエラの魔力をもらってたってこと?」

 呆れて聞き返すと、ビエラは悪びれもせず胸を張って頷いた。


「二人のおかげで、僕の身体はあと1000年は持ちそうだよ」

 そんなに嬉しそうに言われると、返したいとは言い難い。

 それに、ビエラの身体がダメになれば、新しい人間の子供を依代にしなければならなくなるのだ。

 これってやっぱり「いいこと?」


 考え込む私の横で、ラキシスが長い長いため息をつく。




「あ、君たちのツレが到着しそうだよ」

 お茶をやり直す? とビエラがラキシスにはがいじめにされながら言った。







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