第82話 ビエラ

「ゆっくりと食事でもしながら積もる話でもしようか」

 ビエラがご機嫌でスッと右手を上げると、今まで玉座しかなかった広間を何台ものシャンデリアが眩しいくらいに照らし、上品な調度品が出現した。

 色とりどりの花で飾られた広間はとても華やかで、今にも崩れ落ちそうな外観からは想像もできない。

 そして、私達の立つすぐ横の食卓テーブルには作ったばかりの料理が並べられている。


「さあ、座ってくれ」

「冗談はよせ」

 ラキシスの言葉に、ビエラはやれやれというように首をすくめると、食卓テーブルが音もなく消え代わりに見慣れたソファーが出てきた。


 あれ、エルドラ公爵家でビエラが私の魔法教師だったとき、部屋においてあったものだ。

 テーブルにはお気に入りだったデザートとお茶まで載っている。


「アリエル様、これ好きだったよね」

 私の反応を見て、ビエラがドヤ顔でラキシスを見た。


「今でもエルドラ家の料理長とは仲がいいんだ」

 騎士団を多く抱える公爵家では薬草の知識が豊富なビエラは何かと重宝され、よく料理長にご褒美をもらっていた。


「授業後はよく二人でお茶をしたよね」

「そうね」

 私は思わず同意してビエラの向かいに座ってしまう。


「アリエル……」

 ラキシスが片手でおでこを押さえ、眉を顰めながら仕方なさそうに私の横にすわった。

 紅茶に手を伸ばすと触れる前にテーブルのものが消えてしまう。


「あっ」

「緊張感がなさすぎ」

「だって、よく見たらここうちのダンスホールに雰囲気が似てる」

「そうだろ、僕もあそこは気に入っていたんだ。おかかえの楽団も腕が良かったし。あ、ラキシスは入ったことないよね」


 ピッキッとひび割れる音がしたのは気のせいじゃないかも。


「いい加減にしないと殺す」

「ごめん、ごめん。つい、癖で」

 なんの癖なのか突っ込みたかったが、ラキシスが本格的に切れそうなので私は話を本筋に戻した。


「あの、本当にビエラが魔王なの?」

 自分で言っていてもピンとこない。

 ビエラとは12歳でサスキ様のところで出会い。手の魔力封じを解除したあとも公爵家で魔術を教えてもらったのだ。

 ちょっといい加減なところもあるけれど、悪い人間ではない。


「そうだよ。びっくりした?」

「びっくりしたというか、イメージ違いすぎて意外だった」

 ゲームでは魔王は人型だったけど、血走った目に真っ黒い角と禍々しいコウモリのような羽。ラスボス感たっぷりに血みどろのバックばかりだったので、おせっかいやきのビエラとはかけ離れすぎている。


「そう?」

「まさか。まったく思いつかなかった」

「ふーん。意図的に魔王は悪魔のような存在だと思わせていたから、対話の使者が来るって聞いて意外だった。それがアリエル様が言い出しっぺだって言うから気づいたのかと思ったよ」

 確かに。いくら長い間攻められることがなかっとはいえ、魔王と対話しようなんて無謀な提案しちゃったかもしれない。

 でも、魔王が本当にビエラなら平和的な解決ができそう。

 私って、勘がいい?



「そんなのはどうでもいい」

 ラキシスの声が冷たく響く。

 まあ、そうよね。

 今大事なのは、人間と魔族が友好的に暮らせるかだもの。



「もしかして、俺との出会いは偶然じゃないのか?」


 ん?

 私とビエラの話をどうでもいいって言っておきながら、聞くとこそこなの?


「もちろん偶然だよ。ラキシスの方が薬屋に訪ねてきたんだろ。僕が見ていたのはアリエル様の方だし」

「え? 私?」

 ビエラが私を見ていた?


「いつ?」

 なんのために?


「アリエル様が生まれてすぐから」

 ビエラはまったく悪びれもせず、ニコニコと「あの頃のアリエル様可愛かったなぁ」などとほざいている。

 さーっと、血の気が引いていく。

 信じられない。魔王であるビエラが私が生まれた時から見張っていたなんて。


「あ、キモいやつだって誤解した? もちろん危害を加えようとしていたわけじゃないよ。むしろ、見守ってた?」

「黙れ!」

 ラキシスが立ち上がり、抜いた剣をビエラの喉元に突きつける。

 素手でそれを止めと、ビエラの掌から血が滴り落ちた。


「役立たずだったラキシスに言われたくないな」

「なんだと!」

 挑発するようなビエラの言葉に、ラキシスはもう一度ビエラめがけて剣を振り下ろす。

 流石に本気のラキシスの剣を受け止めることはできなかったのか、姿が一瞬で消え次に私の陰に隠れるように現れる。


「そうだろ、用水路に二人して落ちた時だって、僕が矢で内通者から助けてあげたじゃないか」

「用水路に落ちたとき……」

「そう。あの頃からアリエル様はキラキラした魂を持っていたからあちこちから狙われていただろ」

「あの矢はお前だったのか」

「感謝はいらないよ」

 ビエラは得意げに私を陰ながら助けた昔話を披露していたが、私はそれを感謝するどころではなかった。


 ビエラが私を見守っていた理由は一つしかない。


「私に、あのおぞましいモノを産ませる気?」

 声がかすれ、肩が震えた。


「ああ、アリエル様が見た夢ね。初めは似たようなこと考えていたけど、今は違うから安心して」

「貴様、死ね!」

 ラキシスはそう叫ぶと、素早く私を抱きかかえ魔法でビエラを攻撃した。

 窓ガラスやシャンデリアが粉々に吹き飛び、壁が崩れ落ちる。

 さっきまでの攻撃がただのじゃれ合いだったかのよう思えるくらい、今回の一撃は容赦がなかい。


 残骸の中に、ビエラがいないことを考えるとどこかから姿を現すだろう。


 自分自身くらい守らねば。そう思いラキシスの腕から出ようともがいたが、しっかりと私の腰に回された手は離れない。


「ちょっと、落ち着けって。いくらアリエル様のことでも僕にこの攻撃はないだろ」

 ビエラの必死の懇願にも魔力を緩めることもなく、ラキシスは無情な攻撃を立て続けに放った。

 すでに、天井はどんよりとした空が見える。

 それでも反撃してこないビエラに、話を聞く余地はありそうだ。


「ラキシス、ビエラの話をもう少し聞きましょう」

 私は抱きかかえられたままラキシスの頬を両手で挟んで目を見つめた。


「アリエル、あんなやつは始末しておいた方がいい」

「ビエラはあなたの家族同然でしょ」

「……」

「そうだ、僕の話を聞け」

 横からビエラがチャチャを入れたせいで、かろうじて立っていた尖塔が崩れ落ちた。


「ラキシス!」

 私が睨むと仕方なさそうに「わかった」とラキシスは頷き、ボロボロになったソファーに腰掛けた。


「まったく、恋愛に溺れやがって……」

 ガラガラガラっと、遠くで何かが破壊される音が響く。


 私は一つため息をついて、拗ねている二人を見比べた。

 まったく、男ってどうしようもない。

 ラキシスは本気で怒っているようだが、ビエラはどこか楽しんでいるようだし。

 子供のようなやり取りをするのを見ていたら、夢に怯えているのが馬鹿らしくなってくる。


「ビエラ。私のことを見守っていた理由をもっと詳しく話してください。今は違うってどんなふうに?」


 ✳︎


「アリエル様は生まれたときから、魔力量が半端なかった」

 ビエラはワクワクした眼で私に笑いかけた。


「もしかしたら、僕にとって救世主かもって勝手に見守ってたけど、夢の話を聞いてちょっと申し訳なく思った」

「あの夢はビエラが見せたものなの?」

 それは驚きだ。あれはゲームの記憶が残っているんだと思ってた。


「僕が見せたわけじゃないけど、アリエルの魂はちょっと変わっているから、魔王の魔力が影響しているのかなとは感じた」

「魂が変わってる?」

「ああ、ラキシスにも感じるから運命みたいなものかもな」

 前世の記憶も運命と言っていいのだろうか。


「アリエルがビエラにとって救世主とは?」

「あー、それ言っても怒るなよ」

「ふざけたこと言えば葬る」

「じゃあ、いたって真面目な話をすれば、僕の器は膨大な魔力のせいで300年前には限界だったんだ」

 真面目な話と言いながら、ビエラは軽い口調で説明し始めた。



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