第81話 告白
「タイミングが悪い」
真っ赤な川の上でピタリと動きを止め、ラキシスは繁々と私を見下ろす。
「あの……こんなときにごめんなさい」
みんなが命懸けで魔王城に向かっているのに、自分のことを好きかたずねるなんてどうかしていた。でも「もしかしてラキシスは私のことすきかも」と自信過剰に思ってしまう自分がもどかしいのだ。
「勘違いじゃないから、謝る必要はない」
「え!!」
それってつまり……。
「俺はアリエルが好きだ」
言葉にされるとめっちゃ恥ずかしくて、ぼっと顔に熱が集まる。
やっぱり、最近の距離の近さは勘違いじゃなかった。
今更ながら心臓がドキドキと大きな音を立てて、今にも口から飛び出しそうだ。
うっ……どうしよう。
ゲームでラキシスはアリエルに好意など全く持っていなかった。バッドエンドらしくお互いを憎んでいた。
魔王城を目前にして、ラキシスの気持ちを確認しておこうと思っただけなのに……。
思わず私のこと好きかだなんて口が滑ったにも程がある。
「私も好き、って答えは期待してなかったけど、そうあからさまに困った顔をされると傷つくな」
しょんぼりとラキシスは私を抱きかかえたまま顔を背ける。
「ち、違うの!」
好きって言われて困っているわけじゃない。
「じゃあ、アリエルも俺を好きなのか?」
「え? えっと、そうじゃなくて……」
いや、そうじゃなくないけど。そうじゃなくないのが問題だっていうか。
「やっぱり、俺に好かれて困ってるんだろ?」
「あの……」
自分で予想していなかったけど「好きって言われて嬉しくて動揺しちゃった」なんて言えない。
しかも、抱きかかえられたままじゃ逃げ出すこともできないし。
ああ……私の馬鹿!
ラキシスの腕の中で頭をかかえていると、抱きしめられている腕がかすかに震え、「クククッ」と笑いを噛み殺した声が降ってくる。
「ラキシス?」
「ごめん。あんまり可愛いからつい」
「からかったのね」
「悪い。俺の気持ちを気にするのは悪夢での違和感からか?」
え?
「気づいてたの?」
「バッドエンドの話をすたびに、複雑な顔をしてたからな。それに君を監禁する悪夢で、手の甲に藤色の魔法陣があったって話してくれてたから」
「ラキシスを信じてないわけじゃないの。どうしても気になって」
「わかってる」
優しく微笑んでラキシスはそっと私を草むらに降ろしてくれる。
いつの間にか川をわたり、対岸についていたみたいだ。
「地下に監禁された上に魔物を出産するなんて、かなり衝撃的なバッドエンドだ。魔王討伐後に何があったか語られていないんじゃ、気になるのは当然だ」
スッと差し出された手を取り、獣道をゆっくりと歩きだす。
こんなに、優しい彼が私を監禁するわけがないのはわかってる。
でも、ラキシスが威嚇するだけで魔物の攻撃がやむほど強大な力を持っているのも確かだ。
「アリエル。絶対に君を傷つけない。俺達の運命はあのとき変わった」
「あのとき?」
「エルドラ領で君とぶつかったときさ」
「あのときはまだ前世を思い出してなかったし、記憶にも残っていない」
出会のイベントとしては定番だけど、なんだかもやっとする。
「もしかして過去の自分に焼きもちか?」
「そんなわけないでしょ」
「アリエルが忘れても俺が覚えてる。桜の木下で見た君のピンク色の瞳を見たとき胸が締め付けられそうだった」
ラキシスの顔が近づいてきて私の瞳を覗き込んだ。
「今も綺麗だ」
「ち、近いから!」
「きっとあのときから、俺は君に恋をしていたんだ」
耳元で囁かれた言葉で、頭がクラクラした。
「ラキシス、心臓が止まりそう」
ぎゅっと目を瞑れば「また抱っこする?」と揶揄うような返事が帰ってくる。
「まずは魔王に会いに行きましょう」
うん、今は考えるのはやめよう。
「了解」
それから私たちは手を繋いだまま黙々と魔王城を目指して歩いた。
✳︎
「これはどういうこと?」
シンと静まり返った魔王城で、私は思わずラキシスに同意を求めた。
数時間前、魔王城の城壁から無数の矢が降り注いでから最上階まで登ってくるまで、魔物一匹、魔族の一人にも会うことはない。
ゲームでは魔王討伐はクライマックス。
色々な魔物と魔族が襲ってくる。
ちょっとした、ダンジョンよりもアイテムをゲットするチャンスであり、派手な戦闘が繰り広げられるはずなのだ。
それなのに水責めや火炎攻撃、雷や濃霧とただただ、物理的攻撃が仕掛けられているだけで、手応えがない。
何度か対話をしにきたと叫んでみたけれど、反応もないし、かと言って本気で排除するつもりがあるのか疑問のある攻撃ばかり続いて、少々イライラしてきた。
「なんだか嫌な予感がする」
ラキシスはなぜか焦っているというより深く考え込んでしまう。
「もしかして、この中途半端な反撃の意味がわかったの?」
「確証はない」
「いいから話してみて」
私は身体中にまとわりつく蜘蛛の糸を魔力で引きちぎりながらラキシスを睨んだ。
切っても切っても巻きついてきて、これならいっそ本体の蜘蛛を倒したほうがよっぽど手っ取り早い。
絶対に見つけて八つ裂きにする。
あ、いいこと思いついた。
姿が見えなくても、見えない蜘蛛を攻撃する方法。
私は糸をちぎるのをやめて、両手でしっかりと握りしめると電流を流してやった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ」と断末魔の叫びが途切れるまで渾身の一撃を喰らわしてやる。
「やったわ、ラキシス」
すっきりした気分で援護してくれたラキシスを見たのに、彼は複雑な顔をしていた。
「あれ? どうしたの?」
「今までの攻撃パターン、覚えがある」
そういえば、姿を表さない蜘蛛の撃退方法を昔試したことがあるような気がする。
「ゲームでだったかな?」
「いや、違う」
ラキシスが大股で最後の扉を勢いよく開け放った。
「待っていたよ」
階段を数段上がった玉座に長い足を組み、彼は見慣れた笑みを私たちに向けて片手をひらひらとふった。
「なぜあなたがここに?」
魔王はどこ?
部屋中を見回したが、魔王らしき魔族はいない。
「もしかして私たちが来る前に倒してくれたの?」
それなら、城の中に魔獣も魔族もいないのは納得だ。
話し合いの場を設けることもなく、魔王を倒してくれるなんてさすがだ。
「アリエル待って」
玉座に駆け寄ろうとする私の腕をラキシスに掴まれる。
「ビエラ、おまえが魔王か?」
「え? え? えぇぇぇぇ!」
嘘でしょ!
ビエラが魔王?
「ラキシス、その反応つまらないな。アリエル様くらい驚いてくれないと」
ビエラが残念そうに玉座から立ち上がり、ゆったりと階段を降りてきた。
「アリエル様は驚きすぎ。昔、ユーリが僕のこと人間じゃないって言っていただろ」
そう言えば、ビオラと初めて会ったときユーリがものすごく警戒していた。
「でも、確かあのときは魔女の血を引いてるからだって……」
「ははは、たまに鋭い人間にする言い訳だね。まさか本物の魔族だとは言えないだろ」
ビオラは上機嫌で私たちの前まで来ると、大袈裟に一礼した。
「歓迎します。ラキシス殿下。アリエル公爵令嬢。魔王城にようこそ」
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