第56話 エルーダ様のたくらみ
「やあ、マリアンヌにアリエル嬢。学院には慣れたかい?」
エルーダ様が親し気に片手をあげて近づいてくる。
後ろに、ユーリもソールもいないところを見ると、隙をみて話しかけてきたのだ。
入学して1カ月あまり、毎日のように顔を合わせているのに、なにを今さら白々しい。
わざわざ今、私たちに話しかけるのには理由がある。
今日は生徒会による新入生歓迎会が講堂で開かれ、階級に関係なく新入生が集まっていた。
社交界デビューを済ませていない貴族がほとんどなので、私とマリーの名前は聞いたことがあっても、顔を知っているものはそう多くない。王子様に気やすく話しかけられる関係だなんて認識されるのは大迷惑だ。
それでなくても、婚約者の座を狙っている令嬢にはあることないことうわさされているというのに。
この図々しさがわざとじゃないとしてもムカつく。
「殿下、気にかけていただきありがとうございます」
エルーダ様の王子スマイルに負けず劣らず完璧な笑顔をマリーは返して、深く頭を下げた。
「そんな堅苦しい言葉遣いは不要だよ。私たちは従兄妹なんだから、他人行儀は無しだ」
やたら上機嫌に小さい頃からよく一緒に遊んだエピソードを語りだす。
皆、殿下に気に入られる隙を狙って、私達の話に聞き耳を立てているのを承知で。
「ああ、そういえば変な噂を聞いたんだ。私が
殿下は
「きっと、幼少期に僕が不用意に発した言葉を誰かが面白おかしく触れ回っているのだろう。誤解を招くようなことを言って申し訳ないと思っているよ」
エルーダ様の意図がわからなかったけれど、会話の主導権を握られているのはよくない気がする。
「殿下、気にかけていただきありがとうございます。事実ではない噂はすぐに消えると思いますので、お気になさらないでください」
「そうだな。いつもユーリから聞いているよ。アリエル嬢はとても優秀で素晴らしい令嬢だとね。私は派閥などに捕らわれずに優秀な人材を探そうと思っているんだ」
満面の笑みで、皆を魅了するようにエルーダ様は周囲を見渡した。
笑顔だけは完璧なので、周りから小さな吐息が漏れる。
「どうだろう。いま、生徒会の人員を補充しているんだけど2人に頼みたいんだ。お願いできるかい?」
やられた!
低姿勢で、エルドラ家との関係を匂わせて頼まれたら、こんな大勢の前で断れない。
マリーの顔がどんどん険しくなり、もう笑顔が限界まで引き攣っているのを見て、私は握りしめられた拳にそっと手を置いた。
そうしなければ殴り掛かりそうだ。
「マリー、大丈夫?」
「もう駄目」
マリーは私にだけ聞こえる声でそうつぶやくと、私の手を握り返した。
いつも完璧に隠している光魔法がピリピリと攻撃に備えているのがわかる。
光魔法と言ったら一番初めに思い浮かぶ治癒の力だが、強すぎる力は人間を滅ぼしてしまうのも可能だ。
「マリー。落ちついて」
マリーは、私の顔をじっと見ると大丈夫よと言うように深く頷いた。
「承知しました。私でよければ精一杯お手伝いさせていただきます」
え! 受けるの?
先日、エルーダ様との話をマリーに話したときは、「つかず離れず」を押し通すって言ってたのに。
エルーダ様の
「アリエル様と御一緒できればいいのですが、すでにユーリ様も生徒会メンバーですし、無理よね」
マリーがかよわい声で懇願して来るが、瞳の中にはメラメラと燃え上がる炎がみえる。
「ええ……」
思わず怖くて頷いてしまった。
すぐに口を押えたが、王子様の前で取り消すことはできない。
「そうか、それはよかった。皆でこの学院をよりよくしていこう」
「よろしくお願いします」
私が頭を下げると、話は終わりを狙っていた取り巻き達が、エルーダ様を囲んで連れて行ってしまう。
何だか身体中の力が抜ける。
大きく息を吐き出したとき「そうだ。アリエル嬢アドバイスありがとう。凄く役に立ったよ」と、エルーダ様がさわやかに右手を挙げた。
「アドバイスって?」
「わからないか? この間、言っていただろう。『誰であっても周りから誤解されるのはいい気分ではない』って。これだけ皆のいる前で私から誘ったのだ、誰もマリーから生徒会に入りたいと言い出したなどと思わないだろう」
さわやかな顔で、これっぽちも裏の意味などない事はすごーく伝わる。
まさかマリーが生徒会に入るのを嫌がっているのは周りからエルーダ様に取り入ってると言われるのが嫌だからだと?
ひらひらと手を振って去っていく姿はやっぱり完璧な王子様である。
心の中では「マリアンヌは奥ゆかしいから」とか明後日の方向に誤解した末の行動だろう。
でも、違う!
違うのエルーダ様!
マリーの笑顔の下の怒り狂った素顔を見て!
「アリィ。エルーダ様はどこをどうしたら、私が生徒会に入りたいと思っていると誤解したのかしら?」
「さ、さぁ。頭がお花畑だからじゃないかしら……」
「確かにそうね。でもそのお花畑な人間に、適当にアドバイスした人間がいるらしいんだけど、誰だか知っている?」
マリーが聖女のように慈愛に満ちた笑顔で私を見つめる。
「ごめんなさい。あれほどとは思わなくて……」
取り合えず、謝っておこう。
「私もあれ程とは思わなかった。まあ、しょうがない。ゆるく幼馴染のままでいる作戦は変更ね」
「どうするつもり?」
「こうなったらきちんとしつけするのよ」
しつけって!
仮にも王子様に向かって不敬じゃない? と言おうと思ってやめた。
今の彼女に逆らえるものは誰もいない。
「えっと、頑張って……」
一歩引いて言う私に、マリーは「ふふふ」と手の関節をぽきぽき鳴らし、がっしりと私の腕を掴んだ。
いやぁぁぁぁ。
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