第57話 懺悔室
「エルーダ様。このような行動は困ります」
礼拝堂の
質素な椅子に礼儀正しく座りエルーダ様は「ああ、わかってる」と言いながらも私にも椅子に座るように促す。
「護衛も外にいるし安全だ」
いいえ、そんなことを心配しているんじゃないんですよ。
いくら
私達が今いる礼拝堂はノイシュタイン城の5階にある。
初代聖女ナラにそっくりな女神像の前には、浄化の魔法石が置かれていた。
王冠くらいの大きさの虹色の宝石で、この中では魔法も無効化され同時に外からの攻撃も防ぐ。
上位貴族しか出入りすることを許可されずいざというときのシェルターとしてもつかわれる。
「私と二人で話しているところを他の方に見られては、いろいろと余計な誤解を生みます」
「誤解?」
エルーダ様はちょっと考えてから、「それも心配いらない、今は王族で貸し切っているからここに近づく者もいない」
貸し切りって……そんなの聞いたことが無い。
でも、よくよく考えれば王族の懺悔は、これ以上ない国家機密なのかも。
「エルーダ様も、懺悔なさることがおありなんですね」
「私が? 懺悔するなどあるわけないだろ。王族が教会を貸し切るの場合は密会と決まっている」
「密会!」
誰と誰がですか!?
「ここでなら、誰と会っていても疑われることはないからな、聞かれたくないことを話すにはうってつけだ」
紛らわしい言い方しないで欲しい。
それは密会じゃなくて密談でしょ。
突っ込みたいのを我慢して、私は無言でエールダ様の横に座った。
「手短にお願いします」
話の内容はだいたい想像がつく。
生徒会室でのマリーの態度のことだろう。
「もしかして私はマリアンヌを怒らせたのだろうか?」
正解です。
やっと気づけたんですね。
*
「入学時の緊張感も薄れてきて、これから生徒間でのいざこざが表面化してくる時期です。生徒会としても注意していきますが、まずは1年部で対応してみてください」
生徒会長のアンガス様が真面目な顔でエルーダ様に話を振る。
生徒会長とはいえ王族に仕事を指示するのはけっこう気を使うと思うのだが、全く気負いもなく自然に話をする姿は、凄く頼りがいがある。
片っ端から女性を口説くとユーリは呆れていたけれどそんなふうには見えない。誠実そうで腕まくりをしながら書類をめくる姿はできる男といった感じで、見惚れてしまう。
袖から見える。あの浮き出た血管がたまらないのよね。
「ではここからは1年部で話し合うとしよう」
エルーダ様は頷くと、平民と貴族間でのトラブルの事例を説明してくれる。
「例年、同じ様なトラブルが起こるので対応策もありそれほど大きな問題にはならないだろう」
楽観視しているようだけど、どんな乙女ゲームでも平民と貴族の間には根深い溝がある。そんなに簡単に溝は埋まらないと思うし、イベントの匂いがぷんぷんする。
マリーがヒロイン役を拒否している以上、平民出の聖女候補がヒロインとして頭角を表してくる頃だと思う。
「マリアンヌとアリエル嬢は各クラス代表に注意を促してくれればいいから。何か目撃することがあれば報告だけ頼む」
「かしこまりました、殿下」
マリーが、資料から目を放さずに返事をした。
冷たくはないが、
はじまった……。
このところ、マリーの殿下への返事はいつも同じ。
「かしこまりました殿下」と「申し訳ありません殿下」の2つだけ。
聞こえないふりをしてスルーすることもある。
生徒会に入って2週間、さすがのエルーダ様も、人形の様な顔で微笑むマリーに、ついに怒っていると気がついたようだ。
遅すぎ。
*
「まったく心当たりがないんだが、アリエル嬢はマリアンヌがなぜ怒っているのか理由を知っているのだろう?」
うーん、ここはなんと答えるのが正解?
あれだけの人前で、強引に生徒会役員を押し付けたのに、心当たりがないなんて、ほんとぼんくらだ。
怒っているのは確か。
でも、あの態度は怒っているからというより……しつけらしい。
そうだとすると、私からのアドバイスは余計なお世話だよね。
まあ、いたたまれない空気を早めになんとかしてもらいたいので、少しだけヒントをあげよう。
その前に確認。
「エルーダ様、それは王族が家臣に対しての質問ですか? それとも同級生としての意見を求められたものですか?」
「急に何だ? 答えによって私が罰を与えると思っているのか?」
それはそうでしょ。
私はあいまいに微笑んで答えを待った。
なにせ私は悪役令嬢で相手は攻略対象、どこに地雷があるかわからない。
しかも、シナリオ関係なくこうもいつもいつも絡んでこられては、そのうち不敬罪になるような発言をしてしまいそうだ。
現に今も喉まで出かかっている「鈍感男」という言葉を我慢しているんだから。
「アリエル嬢には友人として相談している」
おお〜。
いただきました友人。
ではでは。
「なぜマリーがあのような態度なのか、理由は聞いておりません。ただ、私なりに想像はしてみました」
「それでいい」
エルーダ様は食いつき気味に、私の次の言葉を待つ。
「申し訳ないですが、お教えできません」
「なんだと」
ここまで焦らしたせいで、穏やかだった言葉に、いっきに棘が混じる。
「マリーはエルーダ様に答えを見つけて欲しいと思っています」
「俺に?」
私が俺になってますよ。
「そうです。普通なら、いくら同級生でも生徒会であのような態度が許されるわけがありません」
「確かに、
恋は盲目ですね。
「なぜ、エルーダ様に気持ちが伝わらないのか、マリーも気にしています。そのもどかしさがあんな態度になってしまっているのかも」
「なるほど、マリアンヌの気持ちは俺にしかわからないということか」
たぶん、一生わからないでしょうけどね。
「もしかして、聖女じゃないとわかった時すぐに婚約を申し込まなかったからか?」
いや、全然まったく違うし。
「それとも、毎日お茶会に誘わないからか? それともプレゼントを贈っていないせいか? あ、寮で婚約者用の特別室に入れなかったせいか!」
「……」
「違うのか?」
「たぶん、どれも違います」
「そうか……なかなか人の心を考えるのは難しいな」
エルーダ様は、シュンと肩を落とした。
私の言葉に生意気だと怒っても当然なのに、友人だといった言葉は本気だったらしい。
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