第58話 懺悔室2

「今、お側にいるのは圧倒的にエルーダ様を気遣う側の人間ばかりですから……逆に誰かの気持ちを想像することに慣れないのは仕方ないかと思います」

 思いのほか心に突き刺さった様で、エルーダ様はがっくりとうな垂れた。


「なんだか、それは人としてもこの国を導く者としても情けないな」



 あれ?

 何だかこんなことで落ち込むなんて案外メンタル弱い?

 っていうか、素直すぎて気持ち悪いんですけど。


「あの、エルーダ様。そのように落ち込まないでください。人の気持ちが全部わかる人間なんていません」

「ありがとう」

 お礼言えるんだぁ。


「あの、先ほどアンガス様からお話が合った、平民と貴族間のいざこざも人の気持ちを知る良い機会です。1年部で協力していればマリーといる時間も増えます」

 いつまでも、落ち込んでいられてはうざいし、俺様王子の素直な可愛らしい姿を垣間見てしまったので、ちょっと励ましてあげるつもりが、目をキラキラさせて私に微笑んだ。


「アリエル嬢」

「はい」

「相談してよかった。私におくすることなく正直な意見を言ってくれた人は初めてだ。俺も君の友人として、困っている事があれば必ず助けると誓おう」

 いえいえ、王子様に誓ってもらうなんて、そんな大袈裟な。

 悪役令嬢と友情っておかしいよ。

 そう心の中で突っ込んだものの、エルーダ様はめちゃめちゃすっきりした顔をして椅子から立ち上がった。


「今度は正式にお茶会に招待するから」

「え! それは困ります」

 懺悔室から出て行こうとするエルーダ様の腕をつかみ引き止める。


「あの、エルーダ様とお茶をしたくないわけではなくて、先ほども申し上げた通り誤解を招くと困りますので」

「そうだった。アリエル嬢は俺との婚約を誤解されるのは望んでいないんだったな。お茶会がダメならランチはどうだ?」

「エルーダ様!」

「ハハハ。冗談だ。流石に俺でもわかる」

 声をあげて笑う姿に、ちょっと見とれてしまう。


 作りものの王子様スマイルしか見たことなかったけど、この人、こんな無防備に笑えるんだ。


「これからは君にそんな顔されないように気を付けるから」

「はい、ありがとうございます。相談ごとなら生徒会室でお聞きします」

「ああ、よろしく頼むよ。ただ、ちょっと寂しい気もするな」

 不意に、エルーダ様が首をかしげる。


 えっと、何がでしょう?

「追いまわす人間がひとりくらい減っても、膨大な取り巻き令嬢がごまんといるでしょう?」


 私も、思わず首をかしげると、エルーダ様の妙に色っぽい瞳と目が合った。


「アリエル嬢と他の令嬢とはまったく違う。君と話すとちょっと元気が出る」

「はあ……私もです」

 エルーダ様とこんなに仲良くなって、友達認定までされるなんて11歳の私に教えてあげたい。

 この調子だと簡単に断罪イベントは起こりそうもないよね。


「いいことを考えた」

 エルーダ様は両手をポンと叩くと、まるで悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑う。


 嫌な予感がする。


「アリエル嬢、練習に付き合ってくれ」

「何のでしょう?」

「相手の気持ちを想像する練習だ」

「え? それはいったい……」

 どんな練習だ?


「君の言う通り、俺は他人の気持ちを気にしたことが無い。命令すればいいだけだからな。でもマリーは違う。命令してしたがわせたいわけじゃない。理解したいんだ」

 それがわかっただけでも、成長だ。

 断罪される心配どころか、もしかしてゲームのようなろくでなし王子様じゃなく、立派な王子様になる期待さえあるんじゃない?


「そして、君にも同じよう感じる」

「は?」

 あまりの驚きに、とうてい令嬢としてあるまじき返事をしてしまう。


「プッ」とエルーダ様は噴き出すと、人差し指で私のおでこをツンとつつく。


「君の表情はとても面白い。何を考えているのか知りたくなった」

「そ、それはどういう意味ですか?」

 ちょっと声がうわずってしまう。


「うーん。他の令嬢の考えていることはだいたいわかる。家のためどうしたら俺と仲良くなれるか。あわよくば婚約者になりたいってとこだな。でも、君は違うという」

「もちろんです」

「うん、昔からひどいことを言っていたからな。嫌われてると思っていた。でも、こうして親身になって相談に乗ってくれる」

「それは、無理やりこんなことに連れてこられましたし。マリーの為でもありますから」

「マリーの為だけなら、他の連中と一緒で俺の機嫌がよくなることを言えばいいだろ。あえて不敬罪になるかもしれないのに本当の気持ちを言うことはない」

 まあ、そうですが、なんとなく落ち込むエルーダ様が可愛そうになって……ちょっとアドバイスしただけなんだけど。


「正直、こんなに本音で話せる友達はいない」

 嬉しそうにエルーダ様は私の肩をつかむと、少し身をかがめて私の顔を覗き込んだ。

 イヤー、イケメンアップは止めて。


「あの、本音なら口の悪いユーリやソール様も昔からエルーダ様に言っていると聞いていますが……」

「ああ、ユーリにはぼろくそ言われる。でも、どちらかといえば俺の為というより、従者としての役割を果たしている感じだな。友人ではない」

「そんなことはないと……」

 目を合わせていられなくて、私は視線を下に向けてぼそぼそとつぶやいた。


「俺は君に散々酷いことを言ってきた。それを君は許してくれた。だから、友人としてこれから先どんなに不敬なことを言われてもそれを罪に問う事はしない」

 真面目な顔でそう宣言するエルーダ様の言葉に、なぜだか胸がドキドキした。

 駄目だ。

 私って、イケメンに弱いのかも。

 これ以上2人でいたら、うっかりお願いを聞いちゃいそう。


「話を戻しますが、具体的に相手の気持ちを想像する練習ってどうすればいいんですか?」

「俺が君の気持ちを想像して聞いたときは、当たっているか間違っているか率直に教えてくれ」

 私の返事に満足そうにうなずき顔を近づけたままウィンクした。

 イケメンのウィンクいただいちゃいました。

 凄い破壊力なんで、やめてほしい。


 しかし、どんなにすごい破壊力でもこのまま了承すれば大変なことになることくらいわかる。

 気持ちを聞かれて、率直に教えるなんて恥ずかしすぎるし、的に本音を言うなんてあり得ない。



「嫌です」

 絞り出すように答えると、エルーダ様は「まずはそこからか」とまたもや楽しそうに笑った。

 心臓に悪いです。

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