第69話 捜索

 王族専用の執務室はノイシュタイン城の6階にあった。

 1階に食堂、2階から上には会議室や客間があり、生徒会室は4階、5階には礼拝堂がある。

 5階より上に行くには北側に設けられた別の螺旋階段を登る必要があったが、見張などは特にいない。


「不用心ね」

「まあ、3階で厳重に身元チェックされるから」

 それはそうだけど、それでは内部からの侵入には弱い気がする。


「さあ、行こう」

 クリスに促され礼拝堂の横を通り過ぎた。

 なんだか嫌な予感がする。

 ユーリにくらいは話してくればよかったかな……。


 いや、クリスのことを怪しんで一緒に調査するのを反対し、挙句、調査依頼したグランディス先生までいぶかしんで身元調査をし直したくらい過保護なのだ。

 クリスの大切な人が行方不明で、その上フェリシア様も姿が見えないなんて言ったら絶対に大騒ぎして私に監視をつけるに違いない。


 学院の中の護衛は認められていないから、公爵家の情報部員を連れてきそう。

 それは絶対勘弁してほしい。




 5階に上がると王族のスペースらしく、グリーンのフカフカの絨毯に、天井から吊されたシャンデリアが宗教画を鮮やかに映し出していた。


「流石に雰囲気が豪華」

「そうだね。ほら一番奥の部屋がエルーダ様の執務室」


 私たちは壁の彫刻を眺めながら歩き、一際ひときわ大きな扉の前で立ち止まると中の様子を伺う。


 エルーダ様は生徒会室で大量の書類を処理していたからしばらくは席をはずせないのは確認済みだ。でもここに隠し通路があるなら誰が出入しているか分からない。


「うん、大丈夫。誰もいないみたいだ」

 クリスが金縁の扉をそっと押すと、重厚な面持ちとは逆に、なんの抵抗もなくすっと扉が開く。


 今なら間に合うかも……。

 一瞬、頭に浮かんだ言葉を考える暇もなくクリスが私の手を引いて中に入って扉を閉めた。


 お父様の執務室も大きいけど、ここはその2倍もある。

 壁一面にずらりと並ぶ本棚に、8人は座れる応接セット。そのほかに執務官の机が4台並んでいた。

 正直、エルーダ様には勿体無い。

 まあ、それをわかっているからなのかここはほとんど使ってないようだ。



「あれが霊安室につながる通路の扉?」

「いや、寝室」

 寝室まであるのか。


「じゃあ、隠し扉があるの?」

「当たり」

 ちょっとワクワクして聞くと、クリスが手品の種明かしするようにニヤリと笑い、本棚の一つを指差した。


「やっぱり」





 クリスが燕脂色エンジいろの本を軽く押すとカタンと低い音がして壁に隙間が空いた。

 押し開くと真っ暗な螺旋階段が下へと伸びている。


「なんだか、空気がピリピリしてる」

「うん、あまり歓迎されてないみたいだ」

「誰に?」

 クリスが尾行した人物のことなのか、指定外の人物なのか、教えてくれるかと聞き返したが黙り込んだまま何も言わない。


「やっぱり、アリエル様はここで待っていて、僕が1時間たっても戻らなかったらユーリ様に知らせて」

「そんな、ここまで来て私を置いて行く気?」

「ここは教会の管轄なのに大きな魔法の気配がする。じゃあ」

 クリスは階段の踊り場に出ると、私を入れさせないように外から扉を閉めようとした。


「待って、そこに何か落ちてる」

 一瞬クリスが視線を動かした隙に、私は扉の隙間から中に滑り込む。


「あ、アリエル様!」

「嘘じゃないよ。ほら、白檀扇びゃくだんせん

 どうやら扉の仕掛けの裏に落ちてしまっていたらしい。

 中途半端に扉を開けないと見えない位置にあり運よく見過ごされていた。


「それってフェリシア様の」

 自慢げにいつも持ち歩いていた扇子。



「わかった……持っていて」

 クリスは諦めたように目を瞑ると、小さな真っ赤な石のついた指輪をポケットから取り出し私に差し出す。


「一度だけ攻撃魔法を防ぎ、対の石を持つ相手に居場所を伝える」

「対の相手って誰?」

「今は言えないけど、アリエル様にとっても味方だから」

「わかった。でも私には必要ないよ。クリスが持っていて」

 どう考えても私の方がクリスより戦闘能力ありそうだし。


「これを受け取ってくれないなら連れて行かない」

 頑として譲る気がない瞳に、なんだかユーリを思い出す。


「はいはい、じゃあこれは預かっておくから」

「絶対に無茶をしないこと。それからここから先、誰かにあったら僕は無理やりアリエル様が連れてきたことにして」

「私が?」

 なんで?


「僕が相手側の人間だと思わせておいた方が、隙をみて逃すことができるかもしれないし」

「なんだか、クリスは何か悪いことが起こっている前提で話すのね」

「念のため。何があるのか分からないから」


 やけにくらい顔のクリスは気になったが、これから行くのは聖女ラナ様が眠る場所だ。地下の牢獄に行くわけでも闇魔法を使う魔女に会いに行くわけでもない。


「心配しすぎよ」

 軽く、クリスの肩を叩くが強張った顔でため息を吐かれた。



 ✳︎


「螺旋階段って目がまわる」

 真っ暗な階段を、クリスが手のひらに作り出した灯りだけを頼りに下りて行くのはなかなか骨の折れる仕事だった。


「アリエル様、緊張感なさすぎ」

 失礼ね。

 私だって、緊張感くらいあります。

 ただ、窓もない螺旋階段を、5階分以上黙々と下りたんだもの疲れるでしょ。


 ちょっとだけ愚痴ろうと思ったとき、「ブン」と空気が張り詰めた。


「これは……」

「何?」

「シッ」

 クリスは殺気のこもった目で私を黙らせると、もときた階段へと私を押しやる。


「戻りましょう」

「何をやってるか確かめないと」

「この魔法の気配は僕の知ってる人だ。対峙たいじしても勝てない」

 悔しそうに顔を歪める。

 クリスがこんな言い方をする人物は1人しか浮かばない。


 彼は善人じゃない。


「管轄外の教会で、大きな魔術を使うなんてろくなことじゃないはず。しかも、ここにはフェリシア様がいるかもしれない」

 好きじゃないけど、見捨てることはできない。私は気持ちが伝わるようにクリスの両手を握りしめた。


「フェリシア様の無事だけでも確認したい。あなたより強い魔術師でもバレないように隠蔽魔法くらい使えないの?」

「遠くから何をしているか確認するだけなら……」

「それでいいわ」

 私の返事にまたため息をついてクリスは隠蔽魔法をかけてくれた。



 ✳︎



 螺旋階段から続く廊下を進むと、礼拝堂くらいの大きさのあるドーム型の空間が広がっていた。

 装飾された壁には聖女像が、その前には魔法石ではなく石の棺が置かれている。

 そして石畳いっぱいに見るからに古い魔法陣が刻み込まれ、かすかにチリチリと光っていた。


「ここは……」

 聖女のための霊安室というより、この巨大な魔法陣を維持するための部屋のようだ。


「マギ様……」

 クリスが聖女の棺の前で手をかざし、床の魔法陣とは別の魔法陣を作りだしている人物を睨みつける。

 マギの作った魔法陣は共鳴するように宙に浮かんだまま青白く光っていた。

 静寂とは違う息苦しさに、空気がピリピリしている。


 そこに、4人の祭服を着た神官がグッタリとしたフェリシア様の両肩を抱えるようにして連れてきた。


 フェリシア様!

 思わず大声で叫んでしまいそうになるのを、クリスが慌てて私の口を塞ぐ。


 虚な目をしてよろよろと足を動かすフェリシア様は重病患者のように真っ青で、いつものパワフルなオーラが全くない。


 どうして?

 私のその疑問はすぐにわかった。

 マギの魔法陣を目の前にして、フェリシア様は首を振り絶叫しながら拒否している。

 しかし、4人がかかりであっという間に魔法陣の中央に投げ込まれると、そこから必死に逃げようと這いつくばるが、男たちに阻まれ逃げることができない。


 やめて!

 声にならない叫び声をあげ、私が飛び出そうとするのをクリスがガッチリと後ろから引き留めてくる。


 私の魔法封じを解けばこんな奴ら……。

 そう訴えるのに振り返ると、ガツンと後ろから頭を殴られてクリスが力無く倒れ込んだ。


 なんてことを……。

 その言葉を発することができずに目の前が真っ暗になった。

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