第70話 マギ

 目を覚ますと薄暗いろうの中にフェリシア様がぐったりと倒れていた。

 急に身体を起こしたせいで、グラリと景色が揺れたがなんとか駆け寄り口元に手を当てて息をしているか確かめる。


「しっかりしてください」

 そっと肩に手をあて顔を覗き込むが、フェリシア様は眉間に皺を寄せ「うーん」と低く唸っただけで目覚める気配はない。


 さっきのマギの魔法陣はなんだったんだろう。


 あ、クリスは?

 辺りを見回すと、私たちが入れられている以外にも幾つか区切られた牢がある。

 鉄格子に近づいてクリスを探すが、どの牢の中にもいないようだ。


 マギにうまく言い訳できたんだろうか? 

 それなら隙を見て助けてくれるかもしれないが、クリスはもともとマギの弟子だ。初めからグルだった場合も考えて行動しなくちゃいけない。


「アリエル様?」

 かすれた声に振り向くと、フェリシア様が朦朧とした様子で私を呼んだ。


「大丈夫ですか?」

 背中に手をまわし身体を起こしてあげると、首を支える力さえも残っていないのか私にもたれかかってくる。

 どう考えてもさっきより具合が悪そうだ。

 このまま死んじゃうなんてことないよね。


「もしかして、あの魔法陣に魔力を吸い取られた?」

 フェリシア様が視線だけ動かして返事をしてくれる。


「それじゃあ、ある程度待てば回復しますね」

 教会と王宮魔術師だ。貴族令嬢を学院の中で殺したりはしないだろう。

 しかし、フェリシア様は顔をかすかに横に振って気を瞼を閉じてしまった。


 私1人なら、逃げるの一択だけど、もうそろそろユーリは私がいなくなったことに気づくだろうし、ここはもうしばらく助けが来るのを待っていた方がいいわね。


 あ、そうだ。これ。


「一度だけですが、これには防御魔法がかかっているそうです。フェリシア様がつけていてください」

 私はさっきクリスがくれた真っ赤な石のついた指輪をポケットから取り出し、フェリシア様の指にはめた。



 ✳︎


「目が覚めたようですね」

 フード付きの、足まで届くマントを着てマギが格子ごしに私を見下ろしている。


「マギ様、私は不審者ではありません。アリエル エルドラです」

「もちろん承知しております、アリエル様」

「では、早くここから出してください」

「承知しました」

 魔力封じをするときのように、心底申し訳ないという顔をマギは私に向けたが、口の端に浮かぶ笑みが本心ではないことを語っていた。


「ちょっと見ない間に随分勇ましくおなりになったご様子。しかも、また魔力量が増えたとは実に惜しいです」

 マギは私の追及など気に求めずに可笑しそうに顔を歪めると、後ろに控えている神官に鍵を開けるように指示した。



「早くフェリシア様を治療してください」

 2人の神官に両脇を抱えられて牢から出るフェリシア様は意識が朦朧としている状態だった。

「病気や怪我ではないので、神官の治癒魔法は効きません」

 そんなことはわかっている。でも神官なら魔力が枯渇しそうな人間に聖力を注ぐことができる。


「なぜ神官なのに治癒してくれないのですか?」

「大丈夫です。死ぬようなことはありませんから」

「そんなことは聞いてません」

 もう一度尋ねたが、マギはさっさと歩き出してしまう。

 その後に神官がフェリシア様を引きずるようにしてついて行く。

 私の後ろには鎧を着た護衛が剣に手をかけ進むように脅している。


「これから、お2人には別の場所に移動してもらいます」

「私がエルドラ公爵家の令嬢だと知っていて解放しないということは、拉致監禁だと認めるのですね」

「拉致監禁ではありません。誤解があるようですがさっきは祝福の最中でした。妨害行為とみなし、仕方なくこちらに」


「あれが祝福?」

 神官でもないマギが神父の与える祝福ができるわけがない。


「フェリシア様の魔力を奪っておいて、そんな戯言が通じるとでも」

「もちろんです。フェリシア様は記憶を消して、討伐に行ったクエストの森に捨ててくれば捜索中の私兵が見つけてくれるでしょうから」

 そんな……。

 全く悪びれることなく、マギは簡単なことだというように説明した。


「他の聖女候補の魔力が消えたのも、あなたの仕業だったのね」

 マギ1人くらいなんとでもなると思っていたけれど、どうやら組織的に良からぬことをやっているようだ。


「よくご存知で。まさかここに来られたのも偶然ではないのですか? 気づかれないように注意していたのですが、やはり他の聖女候補を解放するのは今は避けるべきですね」


「他にも監禁している聖女候補がいるの?」

「いますよ。フェリシア様の祝福だけでは足りませんから。今アリエル様をお連れするところにも10人くらいおります」

 マギは私の記憶も消すつもりなのか、躊躇いなく教えてくれた。


「私の記憶を消しても、お父様が絶対に真相を明らかにするわよ?」

「そうですね。少し厄介なことは事実です。アリエル様の魔力を祝福するのはまだ先の予定だったので、すぐには記憶を消せませんが、クリスと駆け落ちしたっていうのはどうですか?」


 はぁ?

 クリスと駆け落ち!

 ありえないから。


 それよりも私の魔力も奪う予定だったの?


「私は聖女候補じゃないわよ」

「存じてますよ。ですが祝福は魔力なら種類は選びませんから」

 ククク、と意味ありげにマギは笑うと私の手の甲の魔法陣を繁々と眺めた。


✳︎



 マギに連れてこられたところは古い城の中に併設された教会だった。

 鉄格子のはめられた窓から、月を見上げていると音もなく、ラキシスが目の前に姿を現す。


「アリエル。怪我はないか?」

 いつもの漆黒の瞳が今は青白く光、怒りに揺れている。


「ラキシス……」

 私の顔を覗き込み、ほっと息を吐き出すとそのまま両手で強く抱きしめられる。


「心配した」

 耳元で発せられた言葉は少し震えていた。

 彼とは同志のような存在だと思っていたのに、最近は側にいるとなんだかくすぐったい。


「ごめんなさい。私は大丈夫」

「みんな心配している。帰ろう」

「あ、待って!」

 ラキシスが移動魔法を発動しようとしているのに気づき、私は慌てて叫んだ。


「なんだ? 犯人なら後で粉々にしておくから」

「違う。私の他にも監禁されている人がいるの」

「こいつか? こいつなら自力でなんとかするだろ」

 ラキシスは床に縛られて転がっているクリスを親の仇のような目で睨んだ。


「クリスじゃないよ。聖女候補が他にも監禁されてるみたいなの」

「そうか、そっちも心配するな後で助ける」

 ラキシスはひょいと両手で私をお姫様抱っこした。


「ラキシス! 心配してくれたのはわかるけど、私が逃げ出そうと思えば自分でなんとかできるって知ってるでしょ。まだ知りたいことがあるの」

「なんだ?」

「いい、絶対に暴れないって約束して」

「ああ、わかった。何が知りたいんだ」

「マギが教会とグルになって聖女候補から魔力を集めていて、どうやら私の魔力もいずれ奪う予定だったみたいな……」

 そこまで言ってラキシスの異変に気づく。

 真っ青な顔で、歯を食いしばり耐えている。


「私は大丈夫だから」

 左手を伸ばしラキシスの頬に触れると、冷たい瞳に一瞬温かさを取り戻したのに、「殺す」と呟いて不敵に笑った。


 いやいやいや、殺すのは話を聞いた後にしてほしい。





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