第71話 ラキシス
「ラキシスはこのまま学院に戻って、マギがあそこで何をやっていたのか調べて欲しいの」
「アリエルは?」
「私はここでストーリーの取りこぼしを調べる」
「どういう意味だ?」
「ゲームではマギは王宮魔術師で、裏で教会と手を組んでいたなんてストーリはないでしょ」
もちろん、聖女候補を誘拐していたなんて重罪も語られていない。
「そんなの調べる必要はないだろ。捕まえて尋問すればいい」
自信満々に、ラキシスは断言する。
「何があろうと、もうバッドエンドになんてさせないから」
抱きかかえられている手にギュッと力を込められて、顔がさらに接近する。
うぅぅ、近い近い近い。
頬に熱が集まるのを堪えて、マギのことに集中……できないじゃないの!
「ちょっと離れて」
グイグイと手でラキシスの顔を背ける。
「押したら落としてしまうだろ」
わざとらしく、私を抱きしめる手を急に緩めてバランスを崩す。
「キャァ」
小さく叫んで思わず両手で抱きついてしまうと、嬉しそうにラキシスがくすくすと笑った。
もう。
「わるい、わるい。もうふざけないから。俺を信じろ」
「信じてるよ。でも……」
メインストーリーでは私の魔力はマギが自分のものにするために魔力封じを解除していない設定だし、ラキシスの魔力は魔王討伐に行く直前まで解除しない。
でも、この世界でマギは私の魔力をあの怪しげな祝福に使おうとも考えていた。
一つのバッドエンドを回避しても、他のバッドエンドまで回避できたとは限らないということだ。
「本当にバッドエンドは避けられるかな?」
「当然だろ、どちらにも前世の記憶があるんだから」
「いいえ、それだけじゃ足りない気がする」
「何か思い出したのか?」
「ううん。新しく思い出したことはないよ。以前、ラキシスが礼拝堂の魔石がおかしいと言っていたでしょ」
「ああ」
「そもそも、ノイシュタイン城がおかしいよね」
「具体的に?」
「私たちが在籍しているのは魔術学院なのよ。その前は聖女ラナのお城だった。それなのに城内で魔法が制限されて使えないなんておかしいでしょ」
結界を守るためと言っても、その結界自体魔法なのに。
ゲームのシナリオだけに固執していると、足元をすくわれるかもしれない。
それに……。
「気になったんだけど、ラキシスは自分の立場をどうするか決めたの?」
「なんだいきなり」
「いきなりじゃないよ。ユーリがラキシスには考えがあるって言ってたもの」
「ああ、もちろん。借りは返すつもりだった」
「それは今日でもいいってこと? 尋問すればラキシスが魔力封じを解除したってバレるよね」
「べつに、それで構わない」
「その後は? マギは王宮魔術師だもの殺さない限り王族がラキシスが生きて魔法も使えることがバレる」
そうなれば、エルーダ様に双子だって知られるし、下手したら暗殺される。
いや、暗殺者が来ても返り討ちにするだろうから、逆に王家自体の存続が難しくなるかもしれない。
そこまでする覚悟がラキシスにあるのだろうか。
「……」
ラキシスは「うーん」と唸る。
「そうだな、迷ってた」
ストンと足が地面につきラキシスの腕から解放された。
「だが、責任を取らせることを迷っている訳じゃない。ただ、その後の面倒ごとを考えるとうんざりしてた。だけど覚悟を決めた」
スッキリした顔には本当に迷いはないみたいだった。
なんだか意外。
てっきりラキシスはなんだかんだ自由に生きていく気がしていたから。
「今更、王族と関わりを持つとは思わなかった」
私の言葉に、ニヤリと不敵に笑う。
「前にエルーダには負けたくないっていったろ」
「そういえば、そうね。皇太子の座を争うの?」
「いいや、ただ……ユーリに身分が必要だって言われたんだ」
ユーリに?
「君の横に並ぶには、必要だって」
え?
それってどういう意味?
「まあ、今はそう深く考えるな」
ラキシスは優しく頭を撫でると、フッと色っぽく息を吐いてそのまま私のおでこに唇を当てた。
えぇぇぇぇ!
今、ラキシスがおでこにチューした!
あまりの驚きに思考が停止する。
「誰にも気づかれずに、マギだけ消すこともできるけど、色々根回しもあるから俺の正体を明かすのはも少し先にする」
物騒なことを口走るラキシスが、解いてくれた縄をまた痕が残らないように丁寧に縛ってくれた。
「きつくないか?」
「……」
「なんかあったら、俺に遠慮しないでマギをやれ」
別に遠慮なんてしてないけど、マギはラキシスの獲物だ。元から手を出す気はないし。
それより、なんでおでこにチューなの?
そう聞きたいのに、声が出ない。
「アリエル? 大丈夫か?」
心配そうに覗き込んでくるラキシスの瞳と目があって、私はあわててコクコクと頷いた。
「そうか。じゃあ俺は一旦戻ってユーリたちに報告してまたくるから。無理するな」
「わかった」
ラキシスは私の返事を聞くと、スッと姿を消した。
はぁぁぁぁ。
なんだったの?
釈然としない気分で私は足元に転がっているクリスを見た。
こいつはいつまで寝転んでいれば気がすむんだ。
緊張感に欠ける顔を見ていると腹が立ってくる。
私は鉄格子のはまった窓から青白く光る下弦の月を見上げて、無理やりユーリのことを考えた。
勝手に調べて事件に巻き込まれたことでユーリは絶対に怒ってる。また心配をかけたと思うと申し訳ないと思う。けど……さっきのラキシスの行動はなんだかユーリの言葉のせいだ。
ラキシスはなんであんなこと。
その途端、ラキシスの端正な顔が目の前に迫って、ふわふわの感触がおでこに……。
いやいや。今考えることじゃない。
ブンブンと頭を振ってラキシスを追い出す。
何も考えずに月を見てよう。
✳︎
「取り合えず、事情を洗いざらい話してちょうだい」
やっと目覚めたクリスにちょっと冷たく言い放つと、私の言葉なんか耳に入っていないようにキョロキョロとあたりを見回した。
「ここは?」
「古城に作られた教会みたいよ」
「あ」
「心当たりがあるの?」
「たぶん、戦争時の補給所として使われてた教会かも。今は使われていないはず」
「そうなんだ。地下通路で繋がってたの」
城が攻め込まれたときの逃走通路の出口でもあったのね。
「フェリシア様は?」
「さあ、一緒に連れてこられたみたいだけど、別の部屋に入れられているわ」
部屋といっても、扉には鍵がかかっているし、扉についた小窓にも鉄格子が嵌められていた。
聖女ラナの霊安室で入れられていた壁一面鉄格子の牢より、本格的なもののような気がする。
「他にも、聖女候補を監禁しているっていっていたから、一緒に入れられていると思う」
「他にも!」
それまで、どこか危機感が感じられなかったクリスが、両手足を縛られたまま立ち上がると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて扉の小窓から外を覗く。
「クソ! 見えない」
汚く吐き捨てると、クリスはその場で目を閉じて黙り込んでしまう。
「大丈夫?」
あまりに険しい表情のクリスに思わず尋ねてしまう。
「アリエル様、気配を探るので黙っていてください」
本当に急にどうしたというのだろう。
そんなにフェリシア様のことが心配だった?
ポカンと、必死に集中しているクリスを見る。
まあ、何はともあれやっとやる気を起こしたらしいので、言われた通り静かにしよう。
「見つけた! ロザリン」
ん?
ロザリン?
「誰?」
「アリエル様、指輪を返してください!」
クリスは必死の形相で私の手を睨んだ。
「指輪は?」
「えっと、指輪はフェリシア様に預けました」
「なんで!」
だって、私はチートだもの。自分で逃げられる。
「あれはアンガス様に居場所を伝えるものなのに!」
アンガス様って生徒会長の?
なんで、クリスがアンガス様と繋がってるの?
「指輪の対の相手って、生徒会長だったの?」
「そうだよ。ああ、どうしよう、やっと見つけたのに」
クリスは縛られているロープを解こうともがいているが、あわてているせいで逆にしまっているように見えた。
「落ちつて、ロザリンって誰?」
「ロザリンは僕の大切な人だ」
かすれた声でクリスはそう呟くと、目から大粒の涙が流れ落ちた。
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