第72話 ロザリン
「どうしよう……どうしよう」
クリスはめそめそと涙を流しながらうわごとのように呟く。
どこか生意気で冷めたところがある子だなと思っていたけど、どうやら強がりだったのかもしれない。
「クリス、しゃんとしなさい」
私の言葉に急にピタリと動きを止めると、何を考えているのか鉄格子の扉にへばりついて「ロザリン!」と叫びだす。
「あー、もう」
仕方なく、そばまで行き、縛られた両手でゴンとクリスの頭を殴った。
「痛っ! アリエル様、何するんだ」
「マギはあなたがロザリンを探しているって知っているの?」
「……」
「知らないのね。それなのにそんな必死な顔で叫んで、自分から大切な人ですと敵に教えてやるなんてどうかしてると思わない?」
「……」
「じゃあ、アンガス様との関係は?」
「……」
「なんであなたまで牢に入れられたの?」
「アリエル様に無理やり連れてこられたっていったんだけど、マギ様の跡をつけたのがバレてた」
ああ、エルーダ様の執務室に隠し扉を見つけたときね。あの時は誰を尾行したのか教えてくれなかったけど、マギだったのか。
「どうしてマギは教会と手を組んでいたと思う?」
「あの魔法陣は結界を強化するものだと思う。祭司だけではあんな強固な結界は張れないし。そもそもこの城にあんな大きなものは必要ない」
そうよね。やっぱりおかしい。
呪いの儀式とかならわかるけど。
「直接問い詰めたいけど、まずは人質の救出からね」
「救出って、ここからどうやって出るの?」
「さっきから気になってたけど、どうして魔法で解かないの?」
「魔法が使えない」
「え!」
「ほら」
クリスは縛られた両手をこれみよがしに私の前に突き出す。
そこには白く見覚えのある魔法陣がくっきりと浮き出ている。
「魔力封じ……」
悔しそうに歯を食いしばり、クリスは鉄格子の向こうに目を向けた。
キツく握りしめられた手が震えている。
そりゃあ、泣くほど会いたかったロザリンが近くにいるのだ、そんな時魔法が使えないなんて悔しいに決まっている。
「あれ? でもさっき気配を探る魔法を使ってたよね」
「あれは魔法じゃないんだ、これ」
くいっ、と首を傾げると、細い銀の鎖に指輪と同じ真っ赤な石が付いている。
「それも指輪と対なの?」
「いや、これは指輪を作った石の屑石で作った。ロザリンの魔力を込めてあるから共鳴する」
「ふーん」
「アリエル様に貸したのがもともとロザリンの指輪だったんだ」
「そうだったの?」
「うん、あの日、指輪をロザリンに渡そうと思っていたのに、その前にいなくなってしまって」
「そんな大事なものを私に?」
「もう誰かが行方不明になるのは嫌だったから」
クリスのことは全く信じていなかったけど、ちょっと感動かも。
うーん。仕方ない。
今は非常事態よね。
「クリス、秘密は守れる?」
「どんな?」
「どんなでもいいのよ。取り敢えず形式的な確認なんだから」
「うん、守るよ」
「もしも、喋ったら死ぬより辛いお仕置きだから」
「わかった」
私はクリスの返事を聞いて、ニヤリと不敵に笑った。
ふふふ。
「きっと今、私の笑顔って悪役令嬢ぽかったわよね」
「何それ?」
「なんでもない。じゃ、行きます」
その言葉と共に、2人を縛っていたロープが解ける。
「わ! これって……魔法?」
まじまじと間抜けな顔でクリスは私を見た。
「嘘でしょ」
その気持ちはわかる。
マギの魔法封じを私が解くことができるなんて想像もしていなかっただろう。
「なんで?」
「質問は受けつかないし、喋ったらどうなるかわかってるよね」
クリスが深く2回首をたてに振った。
「あなたも魔法が使えるわよ」
「ほんとだ」
ガチャリと扉があき、クリスが振り返りもせずに走って出て行った。
まったく。
恩人を置いていくなよ。
まあ、よほどロザリンが心配らしいから許してやるけど。
✳︎
「ロザリン」
泣きながらクリスが1人の少女を抱き上げていた。
きつく閉じられていた瞼が微かにゆれ、長いまつ毛が少し上がる。
どこかで見たことがあるような……?
少女をどこで見たのか気になったが、考えている暇はない。
ロザリンの他にも数人、真っ青な顔で横たわっている。
一人一人、息があるかを確認していくと、フェリシア様も一緒の牢にいた。
よかった。
さっきより顔色がいい。
「指輪は?」
私はフェリシア様の手にはめた指輪を確認すると、そっと指輪を抜き取った。
「なんで、こんなに弱っているのに指輪が発動しなかったんだ?」
「直接彼女を害していないからじゃない?」
明らかに衰弱しているものの怪我をしたりしているわけではないし、魔力が欠乏しているが死ぬほどではない。
「くそ!」
クリスは指輪を受け取ると、床に置き魔法で破壊した。
「アンガス様がすぐに迎えに来てくれるから」
あっ。そうだ。この少女、アンガス様に似てるんだ。
「もしかして、アンガス様のご兄妹?」
「そう、彼女はロザリン フェノール公爵令嬢。僕の幼馴染さ」
幼馴染!
って、それじゃあクリスはアンガス様とも幼馴染なの?
そんな設定どこにも書いてなかったけど。
「これだけ動けない人間ばかりだと、ここから自力で逃げるのは無理だな。動けるものだけでも先に連れ出したほうがいいか?」
私がロザリンのゲーム上での役割を考えていると、クリスがテキパキと人質たちの状況を確認していく。
「いえ、分散したら守れないわ」
「そうだな。アンガス様から聞いてユーリ様も来てくれるだろうしな」
ああ、嫌なことを思い出しちゃった。
ラキシスがうまく説明してくれているといいけど。
「アリエル様」
「何?」
「アリエル様の魔力封じを解いたのは誰なんだ?」
「自分で解除したのよ」
誤魔化すこともできたが、クリスはマギの弟子だ。
私が未だ、マギから魔力封じされていることも知っているし、マギと同等の人間じゃなければあれを解除できないことも知っている。
「そうか。じゃあもしも、助けが来る前にマギとやり合うことになったら、ロザリンを頼む」
一瞬驚きで目を見開いたものの、クリスは意識のなくなったロザリンを本当に大切そうに抱きしめた。
覚悟を決めた横顔を見て、クリスの真剣な気持ちが伝わってくる。
「いやよ、自分のお姫様は自分で助けてちょうだい」
「そうだな」
フッとクリスが優しく笑い、愛おしい人の髪をなぜる。
その様子を微笑ましく見ていると、と扉が開いた。
やっぱり、悪者は空気が読めないらしい。
「お前の目的はそいつか」
マギが冷たい視線でクリスを見下ろし、嘲笑うように「恩を仇で返すとは」と吐き捨てる。
「彼女は返してもらう」
さっきまで泣きじゃくっていたのに、目を逸らすことなくマギを睨みつけた。
うわぁ、どうしよう。クリスがかっこよく見える。
「魔力封じはどうやって解除したんだ?」
「僕にだってそれくらい出来る」
「役立たずなりに、少しは腕を上げたんだな」
ふん、とマギはどうでもいいと言いたげにクリスから視線を外すと、私の前まで歩いてきた。
「アリエル様のお部屋に家出すると書き置きを偽造してきたんですが、どうやら疑われているようです」
「当然でしょ。家出する理由なんてないもの」
何を言ってるんだこいつ。なんで私が家出なんて……。
「理由ならあるじゃないですか。公爵家で唯一魔法を扱えない」
あー、いっちゃいましたね。
本当はマギはラキシスに任せようと思っていたけど、私がやっちゃっていいかな?
いいよね。
ラキシスもさっき遠慮しなくていいって言ってたし。
うん、そうしよう。私にも十分マギをやる資格がある。
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