第73話 対決

「理由ならあるじゃないですか。公爵家で唯一魔法を扱えない」

 マギは私を見下していることを隠す気はないらしく、横柄な態度で腕を掴んでくる。

 桜色に浮かび上がる魔力封じの魔法陣をこれみよがしに眺め口角をあげた。


 うぅぅぅぅ、腹立つ。

 制裁決定!

 私は力任せに腕をはらってマギから距離をとり睨みつけてやった。


「本当に残念です。あなたの魔力量はいざという時の為に取っておきたかったんですが、クリスと駆け落ちというのも無理があるようですし」

 呆れたようにマギはロザリンを抱きしめているクリスを見下ろす。


「まさか、フェノール公爵家とお前が繋がっていたとはな。エドガー男爵家の領地と近かったからか」

「なぜ、ロザリンを教会から連れ出した!」

「都合が良かっただけだ。魔力量が多いのに身体が弱いせいでフェノール公爵家からは見限られていた。ある程度して記憶を消せば誰も気に留めないだろう?」

「くそ!」

 クリスが悔しそうに吐き捨てるが、否定しないところをみると、ロザリンは本当に家からは見捨てられている存在なのかもしれない。

 魔力量が多くても家のために政略結婚できなければ、役立たずと思ってる貴族がまだまだ多いからだ。


「まあ、いい。どちらにしてもロザリン様の祝福は限界だからな。代わりも見つかったことだし、お前の好きにするといい」

 おもむろに、マギがロザリンに手を伸ばす。


「何を!」

 クリスが怒りの滲んだ声で叫ぶと、ロザリンを抱きしめたまま立ち上がりマギに背を向けた。

「記憶を消さなければ……心配するな。そこらへんの森で見つけたと言えば誰も疑わない」

「そんなこと許さない」

 クリスは高々に片手を上げると、手のひらに大きな風の渦を作りマギめがけて投げつけた。


 クリスって、風遣いだったのか。


 感心するまもなく、次々と攻撃していくも軽々とマギは目の前で風の渦を弾いてしまう。

 マギに当たらず、横に弾き飛ばされた渦は後ろの壁に当たり、鉄格子が細かく切り刻まれて崩れていく。


 ちょっと、危ないじゃない。

 当たったらどうしてくれるのよ。


「無駄なことはやめろ。その令嬢は返すと言っているのに、なぜお前が怒る必要がある」

 マギは本気で、ロザリンさえ返せばクリスが黙ると思っていたようだ。


「あんな簡易の魔力封じを解除したからといって、お前の実力ではまだまだ私に歯向かうことはできない」

 マギは風の渦を一つ手で捕まえると、そのままクリスに投げつけた。

 よけることもできないくらい速い塊に、クリスはがんじからめに囚われ身動きできなくなってしまう。


「ちくしょう……」

 歯軋りをしてクリスはマギを睨みつけるが、実力差は明らかだった。




「祝福、祝福というけれど、魔力を奪うことが祝福なの?」

 このままクリスを助け、マギを一捻りにしてやってもいいけど、私の記憶も消せばいいと思っているうちに色々聞き出したほうが手っ取り早いかも。


「聖女ラナ様から受けた祝福をお返ししているんだから光栄なことだろう。もしも、ここにラナ様がおいでになれば、さらに祝福を授けてくれただろう」

 なんじゃそれ。

 祝福を返せだなんて、なんて都合のいい聖女様なのよ。そんなこと本当の聖女様がいうわけないでしょ。


「あの霊安室の結界の魔法陣は聖女様が作ったものなの?」

「そうだが」

「今更、この城に強い結界なんか必要ないでしょ」



「この城には強固な聖女様の結界が必要なのです」

 そう答えたのはマギの後ろから入ってきた神官だった。

 白い最高級のマントに金の刺繍を施し、薄い唇に固い笑みを浮かべた顔からは余裕より切迫した何かを感じる。


「この結界が破れれば、世界は破滅します」

 少なくとも本気でそう信じているらしい神官は、そのためならどんな犠牲も仕方がないのだと言っているようだった。

 洗脳でもされてるの?

 それとも、教会の権力を守るためにそんな突拍子のないことを信じさせて信仰の回復をしようと思っているの?


 馬鹿らしい。そんなの気が狂ったカルト集団だ。

 どうやら、マギだけじゃなく教会にもお仕置きが必要らしい。


「破滅が来るから、王宮魔術師と教会が手を組むなんて珍しいことが可能になったんですね。どんな破滅がくるのか教えていただけますか?」

「聖女候補でもないあなたにお教えするわけにはいきません」


 あ〜、なんなのこいつら。

 やっぱりラキシスをまたないで、やっちゃう?


「まあ、どうせ記憶を消すんですから教えてあげましょう」

 上から目線で腹が立つが、私は「お願いするわ」とマギに淑女の鑑のような姿勢で返事をした。


「聖女様の結界の下には魔王が封じられているんですよ」


 は?

「魔王?」

 嘘でしょ!

 そんな話、知らない。


 魔王は魔王城にいるでしょ。

 なんで、ノイシュタイン城の地下に封印されているのよ。

 おかしいでしょ。


「魔王と言っても一部の力だけです。聖女様であっても魔王を完全に封印することはできなかったのです」


「一部って?」

「それは分かりません。ですがそれ以来、魔王がこの国に攻めてくることは無くなりました」

 目を伏せて祈る神官が心から聖女のことを尊敬しているのが伝わってくる。


「残念ですが、この数百年持ち堪えた結界が急速に弱まってきているのです。我々は聖女様の祝福で光魔法を使えるのです。その祝福をお返しするのは当然です」

 わかったでしょう。と一点の曇りもなく押し付けてくる神官の目には犠牲になる聖女候補のことは目に入ってはいないようだ。


 なるほど。

 正義に反することは何もしていないっていうのね。


「たとえ、それが本当だとしても、あなたたちには償ってもらいます」

「どうしようっていうんだ?」


 私が高らかに宣言すると、マギと神官は小娘の戯言だというように、口の端で笑った。






「まずは俺の大事なアリエルを拉致監禁した罪で、あなたの魔力をいただくっていうのはどうだ?」


 穏やかな声で、突然姿を現した男はにこやかに私の肩に手をかけた。


「ラキシス!」

「アリエル、怪我はないか?」

 甘い瞳で見つめられ、私はほっと息をつく。


 どうやら時間稼ぎは間に合ったらしい。



「お前が何故ここに……」

「久しぶりです。以前会った時は老人の姿でしたが、マギ様ですよね」

「まさか、魔力封じを解除したのか?」

 そんなバカな、とあとずさるマギの足が氷柱のように固まり動けない。


「ラキシス、その魔術師にはまだ聞きたいことがあるんだ。殺さずに拘束してくれ」

「了解しました。会長」

「「アンガス様!!」」

 クリスと私の声が重なった。



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