第74話 対決 2
「アリエル嬢、無事でよかった」
アンガス様は長い銀髪を後ろで一つにまとめ、私を見てホッと笑ったのも束の間。すぐに青白い顔で横たわるクリスとロザリンに駆け寄った。
愛おしそうに妹を抱きしめるアンガス様は心底安心した顔で、生徒会室で見せる切れ者の仮面ではなく、優しいお兄ちゃんの顔をしていた。
意外。
この2人、本当に兄妹なんだ。
彼の口から一度も、家族の話題を聞いたことがなかったのに……。
いや、それどころか公爵家はここ数年過酷な跡取り問題を抱えていたはず。
妹とは仲が良かったんだ。
「保護壁を作っておくから」
ラキシスがアンガス様に軽く目配せすると、牢に閉じ込められていた聖女候補とアンガス様の周りに半透明の薄い膜が現れた。
「アリエルも入っとくか?」
私には必要ないとわかっているのに、ラキシスは念のため聞いてくれる。
後ろに引っ込んで大人しくしている気はないはないので、小さく首を振った。
「ありえない……」
マギは凍りついた足をなんとか動かせるようにすると、今まで本当に気づいていなかったらしく引き攣った顔でラキシスを睨みつけた。
「魔力封じが解除されれば反動が返ってくるはずなのに、それすらも制御したというのか?」
震える声はなんとも哀れだけれど、私は胸がドキドキした。
これから始まるのは、リアルざまぁなのでは?
笑っちゃいけないけど、顔が緩むのを抑えられない。
「まあ、いつかあんたには話をつけに行こうと思ってたが、楽しい学生生活をおくるのも悪くないと思ってね。王家のゴタゴタにも巻き込まれたくなかったし」
「何を知っている……」
「まあ、俺には双子の兄弟がいるってことくらいさ」
「お前、それをどこで……。いやそんなことはどうでもいい」
マギは長いローブを脱ぎ捨てると、両手を宙にかざすと大きな魔法陣を展開した。
魔法を知らない人間が見ても、赤く光る魔法陣は禍々しく、容易に攻撃用だと理解できる。
マギの後ろにいた神官たちがいっせいに逃げ出していく。
なさいけない奴らだ。
「まったく、さっさと処分しておくんんだった」
その言葉が終わらないうちに、マギはその魔法陣をラキシスに向かって放った。
ドンという地響きとともに、魔法陣は真っ赤に燃えながら膨れ上がりラキシスに命中する。
ドス黒い煙がジュウジュウと音をたて燃える炎から立ち上り辺りを覆っていくが、マギは手を休めることなく、次から次へと攻撃の魔法陣を放っていった。
炎と煙が徐々に引いていくと、石造りだった牢の天井と壁はすっかりなくなっており、星空がのぞいている。
しかし、キラキラと光る防護壁は傷一つつくことなく残っており、当然ラキシスも涼しい顔をして元の位置に立っていた。
「間違いでも王族の血を引いているだけのことはあるということか」
「それはあまり嬉しくない褒め言葉だな。俺が強いのは努力の結果だから」
ラキシスは空間から一本の細身の剣を取り出すと、しつこく放たれる魔法陣を無造作に切り捨てていった。
赤く燃え上がる魔法陣はラキシスの剣に触れた瞬間、跡形もなく消えてなくなるので辺りは妙に静まり返っていく。
「ふん、確かに、血筋は良くてもお前は汚らわしい存在だ。高貴なエルーダ様とは違う」
強がりなのか、マギは肩で息をして顔を歪め「お遊びはおしまいだ」と特大の魔法陣を頭の上に作り出した。
あーあ、最後の力を振り絞ってるってところね。
でも、やっぱり宮廷魔術師の意地なのか、あんなのいくらラキシスでも切り捨てるだけでは消せないんじゃないの?
ラキシスの保護壁で守られているのはこの辺にいる人だけだ。
神官なんてどうでもいいけど、他にわたしたちを探しに来た人がいればとばっちりを喰らってしまう。
そう思い、チラリとラキシスに視線を送ると、わかったというようにウィンクされた。
何、そのキザな反応。
チャラいけど。
「奥ゆかしい日本人の心はどこにやったのよ」
私の呟きが聞こえたのか、ラキシスは軽く助走してジャンプすると巨大な魔法陣を上から二つに切り裂いた。
そしてピタリと剣先をマギの頭の上で止めると、ニヤリと笑い剣を引いた。
「そんなバカな……」
マギは目を見開き後ろに尻餅をついて倒れ込む。
「いったいどうやって、そんな力を手に入れた?」
ガクガクと歯を鳴らしやっとのことでしゃべるマギを無視すると、ラキシスはしゃがんで腕を掴むとその右手に真っ黒い魔法陣を刻んだ。
「な、な、何をする!」
「何をするって、仕返しだ」
「魔法封じか!」
「お似合いだ。言っておくがお前が俺にしたのより10倍は強力だからな」
「嘘だ、嘘だ!」
マギはフラフラと立ち上がりラキシスにつかみかかる。手で振り払われただけで地面に転がり、頭を抱え込んでぶつぶつと「嘘だ」と繰り返した。
「なんだか、あっけなさすぎるんですけど」
「そうか? チートすぎてごめんな」
「それにマギが魔力封じされればスッキリするかもと思ってたけど、意外にもやっとする」
「まぁ、そうだな。ゲームじゃ悪人はざまぁされる場面は盛り上がるけど、現実に目の前にするとやっぱり違うな」
それだけだろうか。なんだか、このままじゃ終わらない予感がする。
✳︎
「姉さま!」
ユーリが走ってきて私に飛びつく。
後ろに倒れそうになるのを支えながらぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
「心配した」
今にも泣きそうな声で私の首筋に顔を押し付けてくるユーリの肩がかすかに震えている。
「俺も心配したから」
ソールはボソリと呟くとユーリの後ろから、2人まとめて抱きしめてくれた。
最近のソールは反抗期なのか、滅多に私のそばに寄ってこなかったのに、やっぱりいざという時には駆けつけてくれるんだと思うと、ちょっと嬉しい。
なんだか子供の頃のようだ。
「感動の再会は後にしたほうがいい」
ほのぼのと抱き合う私たちの間にラキシスが割って入ると、さりげなく私の腕を掴んで引き寄せる。
一瞬ソールから殺気が出たような感じがしたけど確かめる前に、エルーダ様が逃げ出した神官を捕らえてやってきた。
「すごい爆発だったが無事か?」
「エルーダ様。フェリシア様たちを見つけました。そこの王宮魔術師と神官たちが犯人です」
「王宮魔術師?」
エルーダ様はうずくまるマギの頭を掴み顔を確かめる。
「お前はマギか?」
驚いたエルーダ様の隙をつき、マギは懐に隠し持っていた短剣を取り出し横にいた私に切りかかってきた。
え!
まじ!
ここで魔法を使うのはまずいんだけど。
一瞬の迷いで、避けるのが遅れる。
うっ!
目をぎゅっとつぶって衝撃に備えたのに痛くない。
あれ?
おそるおそる目を開けると、ラキシスが私を庇うように前に立ち短剣を手のひらで受け止めていた。
ダラダラと真っ赤な血が流れ落ちている。
「ラキシス! 手を離して」
なんで魔法で防がないのよ。
「油断した。その短剣、魔力を弾き返す特別なものだ」
ラキシスは短剣を握りしめたまま、血走った目のマギをねじ伏せると床に落ちていた鞘を拾い短剣を納めた。
「事情聴取は後日に。後始末は私に任せて、早く手当を」
エルーダ様がラキシスからマギの短剣を受け取り、駆けつけてきた護衛に指示を出す。
うーん。
マギにはまだ聞ききたいことがあるのに……。
でも、ラキシスも怪我をしているし。クリスも回復していない。何より、ユーリの目が怒っている。
「うぅぅぅ。手がズキズキするし、血を見たら目眩が……」
ラキシスが、私の肩によしかかるように倒れてきたので、慌てて両手で支えてあげた。
あんなに強いのに、血に弱いって?
もう、仕方ないなぁ。
「エルーダ様。あとはよろしくお願いします」
「わかった。マリアンヌも心配していた。早く顔を見せてやってほしい」
エルーダ様は何故かラキシスを支える私の手に視線を落としたが、「アリエル嬢も今日はゆっくり休んで」と後始末に戻っていった。
「早く、マリーにラキシスの怪我を治してもらいましょう、ってなんで笑ってるの?」
「いや、別に笑ってない」
明らかににやけた顔で言われても……。
「そんなにマギに魔力封じをしたのが嬉しかった?」
「まあそんなところだ」
✳︎
学院に帰るための馬車を待っていると、回復したクリスが近寄ってきた。
「アリエル様。エルーダ様を信じないほうがいいよ」
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