第68話 疑惑

「クリス、おちついて。フェリシア様が約束をすっぽかしたの?」


 フェリシア様が執務室に乗り込んできたあの日以来、エルーダ様は何度か話し合いをしてくれた。


 クリスによると初めの何度かは聞く耳を持たず、エルーダ様の気を引くことに励んで終わったそうだ。

 でも、エルーダ様は意外にも粘り強く説得してくれたようで「仲良くするつもりはないけれど、あえて対立する様なことは控えますわ」と言質をとることに成功したらしい。

 フェリシア様も、これ以上拒否することはエルーダ様の心象を悪くすると思ったのだろう。


 しかし、花姫のこととそのあとの舞踏会へのエスコートは譲れなかったようで、話し合いは平行線のままだったとか。

 まあ、頼みを聞く代わりにエスコートしろって条件を出したのはわかる。けれどエルーダ様が忖度なんて高度な感情を理解できる様には思えないのよね。



「違う」

 クリスは勢いよく飲んだ水でむせながら、テーブルに手をつき方で息をした。


「魔獣討伐に行ってそのまま連絡がとれなくなったて」

「魔獣討伐? 誰が?」

「フェリシア様だよ。侯爵家の私兵を連れてクエストの森に行ったらしい」

「なんでフェリシア様がそんなところに?」

 貴族の聖女候補が魔獣討伐だなんて聞いたことがない。

 質素な食事、プライバシーのない野営に耐えられるわけがないし、そもそも魔獣になんて遭遇したことがない人間には森にたどり着けることさえできるとは思えない。


「売り言葉に買い言葉的な?」

 感情的なフェリシア様にぴったりの理由に全てが想像できてしまい頭が痛くなる。


「エルーダ様に説得を任せた私が悪かったわ。花姫になりたいなら魔獣の一匹でも討伐してこいとか煽ったのね」

「まあ、それもあるかな……でも、最後に飛び出して行ったとき、フェリシア様が『恥知らずの貴族になるよりマシです』って叫んでたけど……」

「それって、私がフェリシア様に言った言葉ね」

「フェリシア様、相当アリエル様に負けたくないみたいだった」

 まあ、聖女候補筆頭が身分だけの魔力も使えない人間に負けたくない気持ちはわかる。

「どうせ、魔獣が出る近くの村あたりで兵士の報告を受けるのが関の山よ」

 クリスも同意見だろうと思ったが、暗い表情で考え込んでいる。


「ちょっと気になることを言っていた」

「気になること?」

「聖女見習いをしているとき、何人かのご令嬢が資格をなくしたとかで教会を去ったんだって」

「ああ、その話ならマリーにも聞いたけど、それほど珍しいことでもないみたい。たぶん婚約が決まって教会を出るための方便ね」

 婚約したからと研修を辞めて教会を出ることは許されていないから。


「中途半端な聖女候補の称号より、有力な貴族との婚姻の方が家のためになるし」

「聖女候補であった方が得なんじゃないの?」

「まあ、名誉ではあるけれど。平民と違ってただ候補というだけじゃ実益はあまりないかもね」


「なるほど」

 そう呟いたらクリスの眉間からは皺が消えない。


「何か気になる?」

「もしも、方便じゃなかったら? 資格って魔力のことなんじゃないかな」

「まさか……」


「それに、フェリシア様が勝手に傭兵と一緒に行ったならまだしも、私兵を連れていったなら自分の護衛だって連れていたはず、連絡が取れないなんてある?」

 確かに、あのフェリシア様が地味な装備で行くはずがない。きっとものすごい大荷物と人員を連れて行ったはず。


「エルーダ様はなんて?」

「見つかれば侯爵家から知らせが来るって」

 不満そうに語尾を強めると、クリスはガチャガチャと乱暴にお茶を淹れ立ったまま飲んだ。


 フェリシア様のことは嫌っていたはずなのに、なんでこんなに機嫌が悪いの?


 態度を咎めずに黙ってクリスがお茶を飲み終わるまで待つと、無礼だと気づいたのか、申し訳なさそうにソファーまで来て私にもお茶を勧めてくる。


「前に、聖女ラナの眠る霊安場所がどこかわからないって話したの覚えてる?」

「うん」

 あの時も急に話題にしてたけど。


「あれから探して見つけたんだ」

「どこにあったの? 礼拝堂の近く?」

「礼拝堂の真下。と言っても地下深くらしい」

「そんなところに?」

 それじゃあ一般生徒が知らなくてもおかしくない。城の中は出入りできる場所はかなり制限されている。


「どこに?」

「初めは入り口がわからなくて探していたけど、ある人物の跡をつけて見つけた」

 妙に歯切れが悪い言い方で、クリスは視線を逸らした。

 そんなに言いづらい話なのに、なぜ今持ち出すの?


「誰? エルーダ様?」

 クリスにとってエルーダ様は近づきたい人物だったはずなので、跡をつけることくらいしていてもおかしくない。


「それは言えないけど、その人物は王族専用の執務室に入っていった」


「クリスがなにを言いたいのかさっぱり分からない。王族専用の執務室ということは今はエルーダ様が使ってるってことよね」

「そう、あとから調べたらそこに地下に繋がる通路を見つけた」

「不思議じゃないでしょ。重要な聖女のお墓なら誰でも入れる場所じゃない方がいいし」

 この城は王族が聖女ラナのために作ったものなんだから。


「エルーダ様はフェリシア様がどこに行ったか知っているんじゃないかな?」

 話が飛びすぎ。

 一体、誰の跡をつけたらそんな結論になるの?


「なんでエルーダ様が?」

「フェリシア様はエルーダ様の言葉だから無謀な魔獣討伐に行ったし、行方不明だと聞いても興味がなさそうだった」

 それじゃあまるで、エルーダ様が故意にフェリシア様を焚き付けて魔獣討伐に行かせ行方不明にしたみたいじゃない。


「エルーダ様は世間知らずで俺様なところはあるけど、か弱い令嬢をわざと魔獣討伐に行かせるほど人で無しじゃないと思う」


「そうかな」

「そう思う理由があるならはっきり説明して」

「……それは今は言えない。アリエル様……確かめたいことがあるんだ、誰にも内緒で一緒に聖女ラナの棺を調べてくれないかな」

 は?


「クリス本気で言っているの? 私はまだあなたを完全に信用しているわけじゃない。目的も話さない人にノコノコついて行くわけないでしょ」


 自分でも無茶なことを言っていると思ったのか、クリスは俯いて黙り込んでしまった。



「大切な人が行方不明なんだ……」

 長い沈黙の後、クリスは消え入りそうな声で話した。


「それは誰?」

「……今は言えない」

 本当に大切な人なのだろう。悲しみの中に悔しそうに顔を歪める姿はいつもの余裕が少しも感じられない。


「いいわ。一緒に調べに行ってあげる」

 自分でもなんでそんな無謀な返事をしてしまったのか分からない。

 ちょっと前まで、私を監視していた怪しさいっぱいのクリス。


 絶対に後悔しそうだけど、聖女ラナの棺なんてシナリオには少しも出てこなかった。ラキシスが怪しいと言っていた正体にたどり着けるかもしれない。

 あとで、絶対に怒られるかもね。

 それでも、今の私は魔力が使える。


 クリスが敵なのかハッキリさせよう。


「その代わり、後できちんと理由を話して」

「ありがとうアリエル様。危険な時は絶対に守るから」


 クリスが餌をもらった子犬の様に尻尾を振って私の手を握りしめた。


 ま、いっか。聖女ラナの棺のある霊安場が危険なわけないし。


もちろん私は後悔する。

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