第67話 恋愛相談
「もしかしてわざと?」
「とんでもない。いたって真面目だ」
「それならなぜそんなにしたり顔なんですか?」
「これが普通だ」
そう言って声を出して笑い出す。
「今日もマリーに無視されたんですね。それで私に八つ当たりを?」
「八つ当たりじゃない。癒されようと思って」
「は? 私に癒し効果なんてありません」
もしかしてエルーダ様は人の困った顔を見ると癒される変態とか?
「ずっと前に、君を魔女だと侮辱して殴りかかったことがあったろ」
忘れるはずがない。
初めてマリーにお茶会に呼ばれた時……マリーの真意もわからず緊張していたところに一番関わりたくなかったエルーダ様と再会してしまったのだ。あの時はユーリが決闘するなんて言い出してヒヤヒヤした。
本当に、よく不敬罪に問われなかったものだ。
「マリアンヌにいくら会わないように言っても首を縦に振らなくて、なぜなのか聞いたら君は尊い癒しだと胸を張られた」
エルーダ様にとって楽しい思い出話なのか、クッと流し目で笑いを堪えている。
マリーィィ。
なんてことをエルーダ様に吹き込んでるのよ。
「マリーの言う通り、アリエル嬢には癒し効果があるな」
「どこら辺がですか? あ、やっぱり言わなくていいです」
どうせろくな理由ではないだろう。
マリー曰く、私の癒しポイントは猫と猫じゃらしで遊んでいるときと同じだそうだ。
まったくよくわからない。
「猫が初めて自分の姿を鏡で見たのを横から眺めている気分だ」
はぁ〜。
わかったことが一つある。
マリーとエルーダ様は幼少期を一緒に過ごしたせいで、同じレベルの情緒形成に至ったに違いない。
なんとなく最近のエールダ様の態度が誰かに似ていると思ったら、マリーだったのね。
「ちなみに今日は無視されなかった」
「そうなんですか?」
やっと躾が終わったの?
そうは見えない。相変わらず空気読めなくてマリーに睨まれているし。
「マリーはなんて?」
「勘違いをしているそうだ。俺のマリアンヌに対する気持ちは友愛とか家族愛なんだそうだ」
それはまた、かなり無理があるんじゃ……。
「恋愛の好きじゃないんだと」
寂しそうに呟くと、エルーダ様は意見を求めるように私の手を握りしめた。
!
そんな弱っている風に装っても、この手は無しだから!
私は握りしめられた手をさっと引いた……はずだったのにエルーダ様がガッチリと握って離してくれな。
「ち、ちょっと離してください」
「少しだけ。少しだけ確かめたいことがあるんだ」
言葉が終わる寸前に、グイと握りしめられた手を引かれてそのままエルーダ様の胸に抱きしめられてしまう。
何???
今、何が起こってるの?
「どう? アリエル嬢はドキドキする?」
驚き過ぎて固まっている私の頭の上で、呑気にエルーダ様が囁いた。
「うーん、俺はドキドキとは違うかな。ワクワク……ぬくぬく? ほんわかって感じ」
「離してください!」
私は、両手で思いっきりエルーダ様を押しのけソファーから立ち上がる。
「いきなり何するんですか!」
肩で息をしながら叫んだが、エルーダ様は急にどうした? と言う顔で首を傾げて私を見上げた。
顔から火が出そうなくらい熱いのにそんな眼差しで見られたら、ますます顔が赤くなってしまいそうで、咄嗟に目を逸らす。
壁際でティーポットを持ったまま私より目を見開いて驚いているクリスと目が合う。
うッ、誤解だから。
フルフルと首を振ったが、クリスは素早く目を伏せた。
「ごめん。驚かせたか?」
「当たり前じゃないですか! 了承もなく抱きつかれて驚かないわけがないでしょ」
「確かに、説明せずに抱きついてしまったのは申し訳ない。次からは事前に確認しよう」
「次なんてありませんから!」
まったく悪びれることない態度に、ついつい大声で返してしまう。
「怒ったのか?」
シュンと、俯き肩を落とすエルーダ様が悪戯を見つかって許しをこう子供みたいで、私は大袈裟にため息をひとつはいた。
甘い空気はなさそうだ。
「怒ってないので、理由を説明してください」
ぱあぁっと沈んだ顔が笑顔になり、エルーダ様が頷く。
「恋愛の好きとは、その人さえいれば家族も地位も全てを捨ててもいいと思えるか。自分を犠牲にしても相手の幸せを願えるかで……特別な存在らしい」
マリーの条件は王子様にとってはかなり難しい。王族は自分優先では生きていけない。
それに自分を犠牲にしても相手の幸せを願うなんて、どれだけの人ができるだろう。
それに家族愛とか友愛とどう違うのか説明できる人の方が少ないんじゃないの。
まあ、エルーダ様を丸め込みたかった様だけど。
「マリアンヌと会えば嬉しくて、ずっと一緒にいたいと思う。でも、それじゃあダメだって……もっとドキドキする人を見つけろって。ドキドキって基準が必要だしあまり感じたことがないから……」
最後の方はゴニョゴニョと言葉を濁しているが、私を実験台に使ったと言うことだ。
「随分失礼じゃないですか?」
「うん、すまない」
簡単に謝るところみると、悪いとは思っているらしい。
「なんで私を抱きしめる必要があるんですか? 恋愛と勘違いしているって言われたのならむしろ、家族や友人を抱きしめて確かめたほうがいいのでは」
まさか、私が恋愛対象じゃあるまいし。
「うん……マリアンヌの言う特別って言葉が引っかかって」
「特別の何に?」
「もちろんマリアンヌは俺の特別なんだけど、アリエルの顔が浮かんで……」
「ストップ!」
私はエルーダ様の言葉を遮ると、目をつぶり腕を組んで考えた。
「これは迷宮です。深く考えてはダメです。私はもちろんですがエルーダ様もマリーもきっと恋愛を語るには経験不足。答えはきっと自然に出ます。それまで追求しないでおきましょう」
だって、なんだかこれ以上考えたらややこしくなりそうだ。
エルーダ様もそう思ったのか、「そうだな」とソファーに脱力して目を閉じた。
そこへ気配を消していたクリスが熱い紅茶を入れてくれ、一息つく。
恋愛って難しい。
エルーダ様の特別の意味を考えない様にして、私はもうひと口紅茶を飲んだ。
✳︎
「フェリシア嬢とは俺が話してみるよ」
エルーダ様がバツが悪そうに提案してくれた。
「花姫のことですか?」
「それもあるけど、平民とのいざこざの件も。俺のせいでフェリシア嬢とは険悪になってしまったみたいだから」
「そうしてくれると助かります。それより、なんでエスコートの件を私に相談するなんて言ったんですか?」
「ああ、普通に誘ってもマリアンヌに断られそうだったから、どうやって誘えばいいかアドバイスが欲しくて」
そんなことじゃないかと思った。
「言葉足らずのおかげで、まるで私をエスコートするみたいじゃないですか」
「そうか……それでここへ乗り込んできたのか」
エルーダ様。もっと自覚を持ってくださいよ。
「すまなかった。ただ、彼女はちょっと苦手だ」
そうでしょうね。
「そうだ。クリス君も一緒に同席してもらえないだろうか?」
「え! 私がですか」
口を挟まず、ただひたすら気配を消していたクリスが困惑する様に声を上げる。
「もともと、聖女の調査を頼まれていたんだろう?」
「ですが、それは内密にですので……」
「俺が一年部に推薦しておくよ」
「本当ですか。光栄です」
「じゃあ、話がまとまったら報告するから期待していて」
エルーダ様はクリスと少し打ち合わせをすると、片手をあげて執務室を出て行った。
嵐のような一日だったが、本当の嵐は数日後やってきた。
✳︎
「アリエル様、フェリシア様が姿を消しました!」
執務室でゆったり書類の整理をしているとクリスが慌てて入ってきた。
順調に聞き取り調査も進んでいるし、貴族とのいざこざもエルーダ様がやる気を起こしてくれたのですぐに解決かと思って安心していたのに何事?
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