第66話 エルーダ様のたくらみ 2

「いけしゃあしゃあと、この女狐!」

 フェリシア様は握りしめていた白檀扇びゃくだんせんを床に叩きつけた。


「落ち着いてください。フェリシア様」

 クリスが咄嗟に私の前に出るが魔力で反撃できない以上、彼女を止めることはできない。

 仮にも侯爵令嬢であるフェリシア様がここまで取り乱す原因とはなんだろう?


「エルーダ様に私が花姫に相応しくないって言ったわね」

 ああ、エルーダ様関係か。

 ただでさえ、前回お茶会の邪魔をしたようなかたちになったので、目のかたきにされているとは思っていたけど。



 花姫? って、来月王都で開かれる花祭りの?


「フェリシア様が花姫に相応しくないなんて話はしていません」

 聞かれたら相応しくないと答えることは間違いないけど、正直いちゃもんつけられるまで、花祭りのことはすっかり忘れていた。


 本格的な農作業シーズンに合わせ、作物が被害に遭わないよう事前に魔物の討伐が行われる。討伐が無事終わると、同行していた聖女候補が花で飾られた馬車に乗り王都に凱旋したのが花祭りの始まりだ。


「嘘をおっしゃい。コソコソ平民の聖女候補に私の評判を聞き回っていたでしょ。どうせあることないこと大袈裟に言いつけたんでしょ」

 全部実際にあったことしか聞いていないし、きちんと裏も取れている。


「なるほど……平民に話を聞いていたのは確かです。ですが、それは花姫を決めるためのものではありません」

 そもそも、花姫を決めるのに私が関係あるわけないでしょ。


「じゃあ、何? あなたがエルーダ様にエスコートされるため?」

 はぁ? 

 バカじゃないの? と思ったが口に出せば今度は殴りかかってきそうだ。

 目を釣り上げてこちらを睨みつける姿はとても聖女候補には見えないですよ


「そんなことあるわけ……」

「そうよね。なんたってアリエル様は魔力は持っていても、使うこともできないんですから。当然、魔獣の討伐になど役に立てるわけありませんでしたわね」


 ああ、こめかみがズキズキする。


「その通りです。魔獣討伐に私は役に立っておりません。ですから花姫になりたいなどと少しも考えていませんし、花姫には最も騎士を助けた聖女候補がなるべきだと思います。それがたとえ平民でもです」


「おーほほほ。アリエル様。長い間お部屋に引きこもっておられてご自分が貴族であることを忘れておしまいですか? それとも貴族に相手にされないので平民を味方につけようと?」


 はぁぁぁ。

 私、十分我慢した。

 このまま穏便に帰ってもらおうと思ったけど、相手にその気が無いんだから追い出していいよね。


「恥知らずの貴族よりマシでは?」


 私の言葉に、一瞬フェリシア様が固まる。


「それはどのような意味でしょう? まさか私が恥知らずだとでも……お返事によっては侯爵家を侮辱したことになりますわよ」

 自分は散々公爵令嬢である私を侮辱しておいて、呆れるしかない。



「討伐に参加する聖女候補は平民出ばかりなのに、権力の力で参加してもいない貴族令嬢が花姫になることは恥知らずではないと?」

 貴族では家紋の名誉を最も大切にする。戦場で人の手柄を横取りするなどあってはならない一族の恥だ。

 本来なら、討伐に行ってない貴族の聖女候補が大きな顔でパレードに参加することは許されないが、教会の力を誇示し祭りを盛り上げる名目でしれっと参加してきたのだ。


「仕方ないではありませんか。平民の聖女候補が王宮で開かれる舞踏会に参加するのにはあまりにも無作法ですから」

「今では平民の聖女候補も教会で教育を受け、この学院でも多くが学んでいる。花姫になって晩餐会に参加しても何も問題ないはず」

「ではやはり、私を花姫にしないように告げ口したのを認めるんですね」


 違う!

「どうしてそうなるのです? これ以上話すことはありません。忙しいのでお引き取りください」

「いいえ、アリエル様が私を花姫に相応ふさわしいと認めるまで出ていきません」

 フェリシア様はソファーまで来ると、顔をツンと背け進めもしないのに座り込んだ。


「どうして、私に認められる必要が?」

「エルーダ様からはっきりと『生徒会とは別な調査を2人でしてる』『花祭りのエスコートはアリエルに相談してみる』とおっしゃったからです」


 はぁ〜。勘弁してよ。


「クリス、今なら生徒会室にいると思うからエルーダ様を呼んできてちょうだい」

「え! 僕が!」

 何よ、エルーダ様を紹介してほしいて言っていたんだから、これはチャンスでしょ。

 それなのに、クリスは嫌そうな顔をしてキョロキョロと後ずさる。


「しのごの言わずに早く行ってきて。フェリシア様も誤解がある様なので、ご一緒に話を聞いてみましょう」



 ✳︎


「アリエル嬢。君からお茶に誘ってくれるなんて珍しいね」

 エルーダ様がご機嫌で執務室に入ってくる。

 その後ろからクリスが申し訳なさそうに、目を逸らす。

 フェリシア様のことを説明してないのね。


「エルーダ様、急に呼び出してしまって申し訳ありません。ちょっとお伺いしたいことがございまして」

 私とフェリシア様がサッと立ち上がり頭を下げる。


「アリエル嬢からのお茶の誘いだ。まったく迷惑などではない。最近は忙しそうで生徒会室でも会えないし、話を聞いて欲しかったんだ」

 嬉しそうに微笑んでエルーダ様は私の横に優雅に腰を落とす。

 なぜ、1人がけのソファーに座らないのよ!

 フェリシア様の圧を感じ、私はお茶を淹れるクリスに視線を逸らした。


「マギの弟子だと聞いている。君とはゆっくり話をしてみたかった」

「光栄です。殿下」

 私の時とは違って、ガツガツいかないのね。

 すっかりいつもの図々しさが消えて、礼儀正しくしているクリスはなんだかやっぱり胡散臭い。


「ところでフェリシア嬢との話はもう済んだのか?」

「いえ、そのことで……」

「エルーダ様! アリエル様は私のことを誤解していた様ですわ。花姫に相応しいと言っていただきました」

 胸の前で両手を組み、うるうると瞳を潤ませて訴える姿は嘘をついている様には見えない。


 いやいやいや。そんなことひとことも言ってないし。


 本当か?

 と言う目でエルーダ様が私を見つめる。

 否定するのは簡単だけど、せっかくエルーダ様にもきてもらったんだから、利用させてもらおう。


「エルーダ様、この前の私と一緒に練習しようとおっしゃったことを覚えていますか?」

「練習?」

 そう、あれですよ。あれ。

 相手の気持ちを想像する練習。


「ああ、もちろん」

 ちょっと考えてから、エルーダ様は楽しそうに頷いた。


「今からそれをやってください」

「了解した」

 なぜか、不敵な笑みを浮かべると、すっと私の手を取りその甲に唇を寄せた。


 え!?

 あまりに突然の行動に手を引くこともできなくて、しばし見つめ合ってしまう。


 ガシャんとフェリシア様がティーカップを落とす音が聞こえたが、怖くて顔を向けられない。


「これは、花姫はアリエル様にすると言うことですか?」

 声を震わせるフェリシア様に、エルーダ様はいっそう笑みを深めただけだった。


「そんなことは絶対に許されません。よりによって魔力制御もできないアリエル様なんて!」


 真っ青な顔で飛び出して行くフェリシア様の背中を見送り、私は深いため息をついた。


「エルーダ様。不正解です」

「そうか? すぐにでも追い出して欲しそうだったのに」

「せっかく権力者が同席しているので、平民とのいざこざを収めてくれるように説得して欲しかったんです」

「なるほど、それはすまなかった」

 これっぽちもそう思ってなさそうにくすくす笑うエルーダ様は、何だか悪戯を成功させた悪ガキのようだった。


「もしかしてわざとですか?」




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