第65話 調査 2

「変よね」

「何が?」

「ここまで話しを聞いた限りでは、魔力量が減ってるって訴える聖女候補はいないのよね」

 むしろ皆、学院に入ってから魔力量も安定し魔法の腕も格段に上がったと喜んでいた。


「グランディス先生が心配する程でもなかったのかも」

「それはどうだろう」

 クリスが意外にも深刻そうに返事をする。


 やっぱり。そう簡単じゃないか。



 グランディス先生は憶測だけで話を進める人ではない。ある程度確信があった上で、私とクリスに話を持ってきているはず。

 もっとしっかり聞き込みをする必要がありそうだ。


「今回の件、教会の仕業にしては雑すぎ」

 クリスのことは信用していない。ただ、ここ数日一緒に行動して調査が私に付きまとう口実ではないことは伝わってきた。


「あなたがそんなに真剣に調査するとは意外ね」

 てっきり適当にフリだけして調査する気はないと思っていたのに。

 本当に、聖女候補を心配している様で、まじまじと顔を覗いても何を考えているのかわからないやつだ。


「当然でしょ。僕もここの生徒なんだから。それにグランディス先生はああ見えて、この学院で教師をさせておくには勿体無いくらい魔道具の研究ではトップクラスの人なんだ」

 へー、そうなんだ。

 私の授業を任されているくらいだから、窓際だと思っていた。





「それより、教会がいちばん気にしてるのは何だと思う?」

 何よいきなり。


「聖女の力に疑問を持たれ、信仰が薄れること」

 信仰心が薄れれば献金も減り、教会の権力が弱まる。


「その通り。本当なら先生に指摘された時点で血眼になって原因を探すはず」  

 でも実際は知らん顔。


「初めは聖女候補の魔力が弱くなってるのは、聖女ラナの加護が弱くなっているからで、それを知られたくなくて、動かないのかと思ったけど……」

「けど?」

「なんかしっくり来ない」

「どこが?」


「先生は僕たちに何と言った?」

 クリスは私に聞くと言うより、自分の記憶をたどっているようにゆっくりと私に質問した。


「聖女候補は『学院に入学後全く力がなくなり去っていくものも多い』と説明されたんだ」

「そうね、そんな説明だった」

「普通、魔力量は減ってもきちんと休息を取れば

 あ、確かに。

 クリスのしっくりこない感じが何となく伝わる。


 つまり、近年聖女ラナの加護が弱まり生まれ持つ魔力量が少なくなっても、一度授かった魔力量は後に減ることはないと言うことだ。



「それなのに、彼女たちは先生の言う通り入学時から比べて確実に魔力量が減っている」

「魔力量が減ってるの?」

「しかも、それに気づいてない」


 自分では気づいていない?


「入学時に聖女候補と魔力量の多い人間はチェックしておいたから間違いない」

「魔力量が減っているのに、本人が気づかないことなんてある?」

「本人が気づかないことはない。大きな治癒魔法を使えば一時的に魔力は減るけれど数日すれば戻る」

 そうよね。魔力を枯渇するまで使えば死んでしまう。だから、自分の限界がどのくらいなのか魔法を使うものなら初めに確認することだ。


「この学院の中でそんな仕事をしている様には見えないわね」

「そうなんだ。こっそり抜け出して魔物討伐の手伝いにでも行っているのかとも思ったけど、そんな様子もない」

「他に、魔力が減る理由ってある?」

「大病をしたり、ストレスなんかでも魔力は使えなくなる」

「入学したばかりのストレスと、貴族との揉めごとのせいっていうのは考えられる?」

「まったくないとは言えない。でも、それなら聖女候補だけ入学して10人も辞めた理由にはならないだろうし、話を聞いた聖女候補がストレスを抱えている様には見えなかったな」

「そうね。って、この短期間で10人も辞めてるの?」

「うん、知らなかったの? 何よりも問題なのが、自覚がまったくないことだよ」


「もしかして誰かが意図的に彼女たちに魔力は減っていないと思い込ませてるってこと? そんなことをしてなんの意味が?」

 周りの人間に聖女候補の魔力が減っていないと思わせるのは意味があるけど、本人に気づかせないなんて意味ある?


「意図はわからない。教会なら精神魔法で思い込ませることはできるけど……これは想像以上に事態は深刻かもしれない」


 うーん。

「もう少し詳しく聞き取りが必要ね。何か心当たりはある?」

 別に問い詰めようとした質問ではないのに、クリスは思いのほか厳しい顔つきで考え込んでしまう。


「この件と関係あるかわからないけど」

 クリスはしばらく考えてから、気まずそうに返事をした。


「君と初めて話した貴族専用の礼拝堂の魔法石……あれはちょっと異質だった。詳しく調べようと思うのに、さわるのを躊躇するくらい」

 そういえば、ラキシスもあの魔法石のことがおかしいって言ってたっけ。

 見たこともないくらい大きくて立派だが、通常の結界ではないことを考えればそれほど変わったところがあるとは思えなかった。



「礼拝堂の魔法石が怪しいとしても、聖女候補の魔力量減少とどう繋がるのかな? たとえ聖女候補といえども貴族専用の礼拝堂に入ることは難しいんじゃない」

「そうだね。まず城の中に入ることさえ滅多にない。礼拝堂まで平民が歩いていれば噂になるし」

「誰か手引きしたものがいるのかもしれないわね」

 自分たちの魔力が減っていることにも気づかせないくらいだ。手引きくらい簡単だろう。


「それにしても聖女候補の魔力を減らして誰の得なるんだろう?」

 そんなことをしても教会にメリットはない。

 教会を困らせて特をするのは魔術師だけど……。


「僕じゃないから」

 そうね。クリスではない気はする。

 でも、やっぱりマギは怪しい。



「これも関係あるかわからないけど、聖女ラナが眠るとされる霊安場所がどこにあるのかわからない」

「それは礼拝堂……」

 じゃないか、あそこには銅像があるけど棺は置かれていない。

 でも、それ今関係ある? 


 クリスがなぜ聖女ラナのことを持ち出すのかわからなくて首を傾げると、


 ドンドンドン。


 執務室のドアを乱暴に叩く人物がいた。


「まあ、こんな昼間から密会ですの?」

 返事もしていないのに、勢いよく開け放たれた扉から入ってきたのはフェリシア嬢だ。


いつも周りをがっちり固めた取り巻きは1人もおらず、髪を振り乱しここまで走ってきたのだろうか肩で息をしている。

自慢の白檀扇びゃくだんせんを今にも折れそうなくらいキツく握りしめ、わなわなと震える様子は聖女というより彼女こそが悪役令嬢に見えた。


「フェリシア様、突然失礼では?」

いったい、何が原因で取り乱しているか知らないがいくらなんでも礼儀に欠ける。


「いけしゃあしゃあと、この女狐!」








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