楽しい予感は外れない
何とか白豚から逃げ出し今に至る。
状況を整理すると、俺は推定7歳、教会の前に捨てられ名前もなかった。
「ボロボロの
「いかにも、わけありだ」
今のところ、魔法も使えないしいたって普通。
普通じゃないのは顔だな。
ここまでくる間に露店のお姉ちゃんやおばちゃんに「迷子なの?」って声かけられて、食いもんを押し付けられた。
この不可解な女たちの行動……。
もしやと思って窓ガラスをのぞいてみれば、前世とは比べられないほどかわいい。
「なげーまつげだな」
男でこんな長いまつ毛の奴見たことない。
髪も瞳も黒いけど、太陽の光でツヤツヤだし。
何より、短足じゃない。
あきらかに胴に対して足が長い。もちろん手も長くて、可動域が広く感じる。
ああ、なんか世の中、不公平だなってのがわかる。
この見た目じゃ、ぼーっとしてたら奴隷商につかまるのはしゃーないだろ。
この国では奴隷の売買は許可証を持つ奴隷商が行えば正当な商いだ。売り払われた相手を考えると、つかまったのはろくでもない奴だったようで、ぐるっと2本奴隷印である刺青を入れられた。
まるで時代劇の罪人みたいだ。
長い間、馬車に乗せられたので、ここから教会に帰るにはいくつか関所を通らないとならないだろう。
ただ、奴隷の刺青があると一人で関所を越えられない。
「チィ、まったく馬鹿な奴だよ」
俺は前世の記憶が戻る前の自分に呆れた。あれほど知らない奴について行くなといわれていたのに、元の自分はまんまとついて行ってしまったのだ。
「記憶が戻るタイミングとしては最悪だよな」
しかし、悲壮感よりわくわくしか感じない。
「これってやっぱり転生ハイだな」
人間驚きすぎると、きもが座るらしい。
俺は街道から少し外れたわき道を歩きながら空を見上げた。夕焼けで雲がピンク色に染まっている。
住んでいた町より大きいのか、こんな時間でも人通りは多く、商店や市場も開いていた。
「神父は今頃俺が死んだと思っているだろうか?」
そもそも、前世の俺は何で死んだんだっけ?
「せめて転生できるなら、また日本がよかったよなぁ」
あんなに豊かで平和な国はない。この世界で多少魔法が使えたり、地位やお金を持っていたとしても日本の一般家庭の方が便利で楽しいくらいができると断言できる。
「イヤイヤ、今はそんなこと考えている余裕はない」
まずは、この腕にある奴隷の刺青をなんとか消すのと、手の甲の魔法陣が何なのか確かめる。
そして何より、この世界の俺の立ち位置を確認しなくては。
「なんたって、異世界転生ときて、手の甲の魔法陣。思いっきり心当たりがあるんだけど」
もしこれが俺が想像したゲームの世界で、魔法陣が王宮魔術師がつけたものなら、面倒な予感しかしない。
まさかな。
✳︎
「あー、あれか」
いかにも怪しい路地に入って行くと薬屋の看板が出ていた。
街にはいくつか薬屋が存在して、たいていその中の一つは魔術師が管理している特別な薬屋だ。一般では扱わないポーションや魔道具を扱っている。
ゲームで言えば補給ポイントだ。
「こんにちは」
隙間だらけの扉を開けると、草を乾燥させて束ねたものが所狭しと天井からぶら下がっている。
棚には、見るからにヤバそうな色の液体が並べられ、とりわけ怪しそうな紫色の液体の中には巨大ダンゴムシのようなものが沈んでいた。
「いらっしゃい」
店の中なのにフードをかぶった男はカウンターの椅子に座って、今起きましたというようなボーっとした顔を上げた。
「あなたがこの店の魔術師ですか?」
「そうだけど」
「ちょっとお伺いしますが、奴隷の刺青を消すことはできますか?」
俺の言葉にフードの男は面倒そうに「無理だな」と一言、答えた。
うそだ。
奴隷の刺青にはいくつか種類があり、一般的に線が1本から4本まである。そのうち2本までの入れ墨は、雇い主の意向で一定期間が過ぎると消すことができるのだ。
「見もせずに、わかるんですか?」
「奴隷からの申し出で消すことはできない」
「じゃあ、主人と一緒なら消してくれるんですか?」
「1本ずつならな、ただし奴隷契約した時に使った魔石がないと無理だ」
2本同時に消すのは禁じられているのか、単純に実力がないということか?
なんとか同時に消してもらえないか交渉するために、俺は入り口から男が座るカウンターの側まで行く。
ガッタっと、あわてて立ち上がり男はまじまじと俺を見た。
?
つまみ出されるわけじゃなさそうだし、なぜ男が驚いているのかは考えないようにしよう。
「1本ずつ時間をおいてもダメですか?」
「2本目を消すには3ヶ月間をおかないと普通は消せない、でも消せる人物なら知っている」
男は俺を値踏みするように上から下まで眺めると、短く息を吐きゆっくりと元の椅子に座って説明してくれた。
なんか意味深な態度で、いかにも出会いフラグを立てちゃった感じがする。
金持ちになりたいとは言わないから、モブでも安全安心で平和に暮らしたいのに。
「どこに?」
俺が質問すると、フードの男は無言で右手を出した。
「お金ならないです」
「だろうな、じゃあこれは貸しにしておいてやる。お前が成功者になったらいつか10倍にして返せ」
うーん、これは何のフラグだ? こいつ俺の正体知ってるのか?
「何が目的ですか?」
そう聞いて素直に教えてくれるわけはないが、反応があればラッキーくらいな感じだ。
「魔術師にはそれぞれ得意分野があるんだが、僕の場合は予感がするんだ」
「予感?」
「そう、今回は手を貸した方がいいってね」
更に面倒なフラグ発言をして、男はフードを外す。
魔術師というのは元来自分勝手だと聞くが、この男もそうらしい。
絶対俺の正体知ってるだろ。
「信じてないな。まあいい。めったにその人のことは紹介しないんだぞ」
胡散臭い。
このまま信じて、また奴隷商につかまるならまだいいが、俺を捨てた奴らとつながってるなら逃げなきゃならない。
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