奴隷脱出

「あー、違う違う。そう警戒するな。もしかして、お前その魔法陣が何なのか知らないのか?」

 そこら中の棚をひっくり返して、逃げようと一歩後退した俺に慌てて男は両手を振った。


「確証はない。けど、心当たりはある」

 当たってたら面倒そうで、考えたくないやつが……。


「なるほど、その魔法陣を持っていて、今奴隷ならさぞ複雑な事情だろうからな」

 男は、同情するよ。とでも言いたそうな顔をしたが「まあ、事情は察しがつく。今は首を突っ込まない方がいい気がするから、スルーさせてもらう」とニヤニヤした。

 妙に上から目線で、俺は知ってますという態度がムカつく。


「これが何か知っているのなら、もったいぶらずに教えてください」

 本当は殴ってやりたかったが、7歳でしかも魔術師に盾突くのは無謀すぎる。

 あきらめて情報収集に集中しよう。



「それは魔力封じさ。産まれた時から膨大な魔力を持っていると、泣いただけで屋敷を吹っ飛ばしたりするから、そういう子供は上位魔術師が制御できるまで魔力封じの魔法陣を身体に施す」

「魔力封じ」

 やっぱり、そんな感じはしてた。


「しかも君のは警告付き」


 ?


「お前に近づく魔術師に対して、こいつにはかかわるなと警告の印がつけられている」

「言っている意味が分からない」


「魔力封じは、成長するにつれ掛け直す必要があるんだ。身体の成長と共に魔力量も増える可能性があるからね。それに合わせて魔法陣も強化する。放置しておくと魔力暴走を起こしてしまう恐れがあるのさ」

 掛け直す?

 今までの記憶で、そんな出来事はない。

 子供過ぎて覚えていないのか、俺に知られないようにこっそり掛け直されていたのか?


「魔術の勉強をしたものなら、警告の印は見過ごすことはないんだが、どうやらお前に奴隷の刺青を入れた奴は素人か、とんでもない腕の持ち主だな。一歩間違っていれば魔力暴走で辺り一面が吹き飛んでた」


「今すぐ、魔力暴走する危険はありますか?」

「そう長くはもたないな。それに奴隷の刺青を入れられるなんて非常事態に確認しに来ないなんて、そいつは信用しない方がいい」

 俺に魔法陣を施した奴は俺の魔力さえ封じていれば、どんな目にあおうと構わなかったという事か。


「魔力の強い子は、普通は自分の手元に置いて育てるのに……いい人材は少ないからね」

 そばに置いておきたくても、存在するだけでトラブルの元だからな。


「どうだい? それを施した人物に心当たりはあるか?」

 男は楽しんでいるのだろう。人の悪い顔で聞いてきた。

「まだわからないけど多分当たってると思う」

「ふーん、どうするんだ?」  

「そっちこそ、この魔法陣をつけた人物に心当たりがあるんでしょう?」

「どうして僕が、君にそれを教えると?」

「だってさっき、貸しにして10倍返ししろって言いましたよね。元の貸は大きい方がいいでしょ」

「そうだな。じゃあ、ちょっと手を見せてみろ」

「こいつは、かなりの魔力量の魔術師だな。俺の師匠に匹敵するかも」

「どうしてそう思うのです?」


「魔法陣ていうのは少なからずクセみたいのが出る。だから、有名な魔術師は研究されていて、誰が作った魔法陣か結構わかりやすいんだ。でも、この魔法陣は基本に忠実、たぶん指南書にのっているようなシンプルなもので、オリジナルな補強が全くされていない。それでいてものすごく魔力を持っている。同じ魔法陣に差が出るとすれば、それを作った魔力量の差ってことさ」


 なんだかうれしくない情報だ。

 相当な魔術師と予想される人物が、俺が奴隷になっても、それどころか死んでもいいとさえ思っている。


「紹介してくれるっと言った魔術師ではないんですね?」

「師匠じゃないよ。さすがに身近な人間の魔法陣はどんなに気配を消してもわかるさ」

 うーん、そういうものなのか。魔法に全く縁がなかったので、ちょっとわからない。

 ただ、今までの話を総合すると、早くこの魔法陣を消して魔力を使えるようになるに越したことないというのは確定だ。


「とにかく、その師匠を紹介してください。できれば、これも1本でいいので消してもらえるとありがたいです。もちろんお礼はします」

「いいぞ」

 男はまたもや右手を差し出した。


「金はないですよ」

「フッ、わかってるよ。魔法石を出せ」

「魔法石? そんなものは持ってないけど」

「ここにいて、追手も来ず苦しんでもいないという事は魔法石も奪ってきたんだろ?」

 あ、そう言えば白豚から奪ってきた宝石。

 俺はポケットの中をまさぐると趣味の悪い宝石の中に、妙な違和感を放つ石を見つけた。これが魔法石か?


 偶然だけどラッキーだな。


「それだ。奴隷の刺青を持つものに罰をあたえられるよう魔法石で管理しているんだ」

 まるで孫悟空の頭のリングだな。

 人間というより、チップを埋め込まれたペットだ。


 俺はブルーに輝く太い指輪を男の手のひらに乗せた。


「はい、ダメー」

 男は指輪を親指と人差し指でつまむと、俺の目の前に掲げて大声で言った。


 ?


「今、説明しただろ、その奴隷の刺青はこの魔法石で管理してるって、つまりこの魔法石を持った者がお前の支配者ってわけ、それを簡単に人に渡したらダメだろ」


「あ」

 しまった。


 ニヤリと楽しそうに笑うと男は、手に持っていた指輪に二言三言呪文を唱える。


 一瞬してやられたかと思ったが、男が得意気に刺青を指差す。


「あ、消えた」

 2本あった、奴隷の刺青が1本すっと消えてなくなる。

 喜んだのもつかの間、更に、呪文を続けて唱えると「パリン」と音がして魔法石が砕けた。


「あ”ー!!」

 なんてことを!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る