お嬢様と出会う
「なんてことしてくれるんだ!」
男に飛びついて、無残に割れてしまった魔法石の指輪を取り返した。
信じた俺が馬鹿だった。
「う”~」
低くうなって男を睨むも、腕力では全く勝てそうもないし、現に1本は線が消えた。
「まあ、落ち着け。どうやらお前に刺青をした奴は正規の奴隷商じゃなかったみたいだな。本来なら一対一の絶対的主従関係なんだが、この指輪は不特定多数に広く浅く作用するよう作られているらしい。個々をそれほど強く縛り付けてるわけじゃないから壊してしまうに限る」
「じゃあ、もう1本はどうやって消すんだ? 魔法石がないと消せないんだろ」
「いや、本物の契約なら制約があるが、それは偽物だからな僕でもすぐ消してやれる」
「本当か?」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「僕も、久しぶりに師匠に会いたくなったから一緒に行く事にする」
はぁ?
「まあ、そう警戒するな。別に企みがあるわけじゃない。最近退屈だと思っていたんだ。お前は面白そうだし。損な話じゃないだろ。お綺麗な子供が一人で旅するのは目立つ。僕と一緒なら親子旅に見えるぞ」
露骨に嫌な顔をしたのに、そんなの気にも留めていないようにバシバシと俺の背中を叩く。
確かに、子供の一人旅は何かと不便だ。
だからといって、こいつは怪しすぎる……怪しすぎるが、俺のことを殺そうとは思っていなさそうである。
うーん。
このまま一人で、旅を続ければあちこちで奴隷商と出くわすかもしれない、そして意味もなく殺されるのがこの世界だ。どうせ危険なら身元がはっきりしている方がましかもしれない。
「わかった、でも怪しい行動をしたら殺すからな」
「了解」
男は、何故か嬉しそうに俺の頭をくちゃくちゃとかき回した。
ちくしょー、こう見えて中身は大人なんだからな。
「ほら」
腕に手をかざすと、もう1本の奴隷の刺青が綺麗に消えてなくなる。
やっぱり、悪人ではなさそうなんだけど、何か引っかかる。
「これで自由だ」
「うーん、それはどうだろう」
奴隷の刺青が消え、魔力封じの魔法陣だけが残った手を見て男は意味ありげに呟いた。
「まだ何か知ってるのか?」
「まあ、僕の気のせいさ。それより、腹へってるだろ、飯にしよう」
今さら警戒してもしかたないので、俺は黙って男について店の奥に入った。
「店をしばらく休みにするから準備もあるし、2・3日後に出発しよう。それまで店の2階を貸してやる」
「ありがとう」
「お、素直じゃないか。子供は素直が一番だ」
子供か……前世では30近いおっさんだったけど、その記憶があっても今の俺は子供といえるんだろうか?
*
「いいか、変なのについて行くなよ」
ビエラは薬草を煮詰めた鍋をかき混ぜる手を止めて、いくつか変な色の液体の入った瓶を麻袋に入れると、テーブルに広げた地図にチェックを入れた。
「これを届けたら、その代金でお前の旅支度をしろ」
「旅支度?」
「手ぶらじゃ行けないだろ。あ、靴はケチるんじゃないぞ。厚手のマントに革手袋、着替え……非常食は僕が持っているから必要ない」
それから、近寄ってはいけない箇所を地図につけ加えると「くれぐれも奴隷商には捕まるな」と念を押された。
子供じゃないんだから。と喉まで出かかったがやめておいた。
麻袋を受け取り表通りまで出る。
「
中身はたぶん回復薬を入れた瓶なので思った以上に重い。
「無礼者!」
よろよろと歩いていた自覚があるが、それにしてもいきなりドンとぶつかられたあげく発せられた言葉に唖然とする。
「私に怪我でもあったらどうする? そもそも、平民が私にぶつかるなど重罪。スティーブこいつの首をはねなさい」
瓶が割れないように麻袋を両手で抱えてうずくまる俺に、ぶつかってきた少女はめちゃくちゃなことを護衛に命令した。
年齢は俺くらいだろう。
見るからに高級そうなドレスを着て、護衛を3人も引き連れている姿はお貴族様そのもの。
ルビーのような髪と桜色の瞳はキラキラ輝いている。
整った顔は性格のキツさがにじみ出ていた。
いくらここがファンタジーの世界だといっても、平民はたいていの人が暗い色の瞳と髪をしている。
貴族は変わった髪色をしていると聞いたことがあるが、この領地では、こんな色の髪色は見たことがない。
なんか、どこかのヒロインみたいだな。
性格は悪役令嬢ぽいけど。
「アリエル様、お怪我はございませんか?」
「怪我はないけど、この汚い子供にさわってしまったわ」
「お怪我がなくて何よりです。しかし、この子供を処分するとなるとさらにお見苦しいものをお見せしなくてはなりません。それよりも早く屋敷に帰り着替えませんと」
スティーブと呼ばれた護衛が、少女を気づいかいながら俺に目配せしてくる。
ああ、早くあっちへ行けってことか。
俺は言いたいことは山ほどあったが、こちらの世界では貴族に楯突いても無駄だという事もわかっていた。
遠慮なくその場をあとにしようと、麻袋を抱え「よっこらしょ」と立ちあがるため、地面に手をついた。
ふと、上を見た視線の端にきらりと何かが光る。
「危ない!」
俺は何も考えずに、少女の頭を抱えて横に飛んだ。
瓶の割れる音と、人間の肉が
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