2章 勇者7歳 前世を思い出す (お嬢様と出合いフラグ)

勇者 奴隷スタート

「まったく、いきなり奴隷スタートってありか? どうせ転生するならせめてまともに戦える年齢でお願いしたいよ」

 チラチラと行きかう人々が視線を落としていくが、そんなの構ってられるか。こっちは人生最大の岐路に立ってるんだぞ。

 大声でそう叫びたかったが、目立つのはよくない。

 俺はついさっきの出来事を思い出してどんよりとした気分で草むらに頭を抱え、うんこ座りした。



 一時間ほど前。

 目が覚めると俺は脂ぎった男にのしかかられていた。

 ニタニタ笑う口元はヤニで黄ばんでおり、吐く息はすっぱい匂いがして思わず顔を背けてしまう。


 何だこいつキモ!

 しかし運悪く、目に入ったものは肉に埋まった、もっとおぞましい塊だ。


「臭くて吐きそう」

 素直な感想なのに、白豚はみるみる顔色を変え、膝をついて俺の首を絞め始める。


 意識がもうろうとなり一瞬意識が飛ぶ。

 これマジで死ぬやつ!


 ここで死ぬのはさすがに……と必死で腕をバタバタさせるが力ではかないそうもない。

 ニヤリ、と白豚が楽しくて仕方ないという感じに口をみにくゆがませる。


 くそ


「あきらめろ、これから俺が死ぬまでお前をかわいがってやるから」

 しゃべるたびに、よだれとつばが飛んできて、ゾワリと背中に悪寒おかんが走る。

 気持ち悪さに固まって白豚を見上げると、俺が観念したと思ったのか、首を絞める手が少しゆるんだ。


 この体勢で俺にできることは……。


 手を伸ばし白豚の耳を力いっぱい引き寄せて、もう片方でグーパンチを思いっきり眼球にお見舞いしてやった。


「うわぁぁぁぁぁ」

 白豚は目を覆い雄たけびを上げる。


 すかさず男の肉に埋まった股間を両足で思い切り蹴った。


 ビンゴ!


「ウッゲ」

 カエルをつぶしたら間違いなくこんなふうに鳴くな。




「まったくなんで俺はこんなところでこんなことになっているんだ?」

 しかも、なんだこの違和感?

 昨日は、同僚と浴びるほど酒を飲んだあと、間違ってゲイバーにでも入ったか?

 いや、違う。たしか神父の言いつけでお使いに出たんだった。

 ん?

 神父?


 視線を落とし、じっと手を見る。

 そこには小さな手が拡げられていた。


「これが俺の手」

 どおりで、白豚をよけられないわけだ。

 頭の中で、子供の記憶と大人だった記憶が入り乱れている。


「マジヤバ」

 これって、もしかして異世界転生か……。


 いきなり前世を思い出しちゃって、頭の中を整理したいんだけど。

 パニクル暇もなく、こ汚い部屋の中で、男が転げまわって苦しんでいるのを見下ろしながら、まずは逃げなきゃと本能的に窓に駆け寄る。


 鉄格子てつごうしがはめられ、子供の身体でも通り抜けることはできそうにない。


 絶体絶命。

 なのに頭がスッキリして、気分が高揚こうようしていく。

 これが噂の転生者ハイか?

 普通なら、恐怖と不安で立ち向かうことなんかできそうにないのに、妙な確信が身体中を支配していた。


「てめぇ、何しやがるんだ」

 男がものすごい形相で、突進してくる。

 つかまる寸前で身をかがめ横に逃げると、肉の塊のような男がそのまま鉄格子にぶつかった。

 ガチャ!

 この音、やっぱりネジが甘いな。


 チラリと視線を鉄格子にやったが、どこがゆるんでいるのかは確認できなかった。

 もう一回くらいアタックしてもらわないと。


 ぐるぐるとベッドしか置かれていない小部屋を逃げ回り、男に気づかれないようにもう一度窓に誘導するが、そう簡単には何度も体当たりしてくれない。

 これだけ暴れても、誰も駆けつけてこないところを見ると、こいつはかなりの変態らしい。


「もう、あきらめるんだな」

 ゆっくりと、近づいてくる男を挑発するように「俺はデブは嫌いなんだ」と笑ってやった。


「クソガキが」

 叫びながらげんこつを振り下ろす。その腕を軽くよけると男はそのままの勢いでまたもや床に倒れこんだ。


「バーカ」


 ベッドの上に飛び乗り、たぶん俺を縛るために天井から吊るされた縄をつかんで、空中ブランコの要領で、身体を揺らすと芸もなく突進してくる男めがけ両足でけり倒した。


 狙ったわけじゃないけれど蹴りは顔面に入り、グシャッと骨のつぶれる嫌な感触が足裏に伝わる。よろよろと巨体がドンピシャに鉄格子にぶつかるとうめきながら床に沈んだ。


 ガッシャン、という金属の外れる音がして、鉄格子の一部がずり落ち隙間ができた。

 よし、あれだけあれば子どもの身体なら抜け出れるだろう。


「おっと、忘れ物」

 俺は抜け出る前に、吊るされていたロープをほどくと、それを鉄格子に縛り直し外に出た。

 もちろん、よだれをたらし気を失っている男から金目のものを奪うのも忘れず、最後にしっかりともう一度男のモノを蹴る。本当はこんな奴のモノはちょん切っとくに限るが、こ汚くてさわりたくもない。それに完全に伸びて気を失っているとはいえ、グズグズはしてられない。



「うーん、この長さだとやっぱ下までは届かないか」

 たぶん高さは3階くらいだろうけど、ロープは2階より少し長いくらいまでしかない。


「まあ、飛び降りても死なないだろう」

 俺は無謀だと思ったが飛び降りた。

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