3章 悪役令嬢ヒロインと出会う

第16話 ヒロインからの誘い

「マリアンヌ様からお茶会のお誘い?」

 お母様みずから私の部屋まで来て手紙を渡してくれた。


 11歳の誕生日の失敗後、ユーリと仲良くなり家族での話し合いの末、私は社交シーズンの間は王都に残ることになった。ただ、お茶会など行けるはずもなくほぼ屋敷に閉じこもっていた。


 もちろんエルーダ様にはあれ以来会ってない。見た目はキラキラ王子様で、あの笑顔に騙されている令嬢もいっぱいいるそうだが、思ったことがすぐ口に出る単細胞な性格と空気を読めない無頓着なところが治らない限り名君とはならないだろうと、早くもお父様に評価されている。


 思いっきり身内びいきの逆恨みな気がするけれど、ゲーム内でも軽率な行動で皇太子になるのに苦労していたので、お父様の評価は正しい。


 その王子様の想い人マリアンヌ様は魔力判定の結果、聖女候補であると無事認定され、私に構っている暇なんか無さそうなのに、どういった思惑からだろう。


「なぜ私にお茶会の招待状なんか」

 お母様同士も政治的派閥から交流はないと聞く。もちろん私とは会ったこともない。

 手紙には庭の薔薇が綺麗に咲いたから是非見に来て欲しいと書かれていた。


 これを読んで、お母様の眉がピクリとあがる。


「これは私に対抗するってことかしら」

 子供相手に何を言いだすんだこの人は。


「そんなことないと思いますが、どちらかと言えば私では?」

 まあ聖女、といってもこのゲームではただ癒やしの魔法が使えればいいので、稀少ではあるが唯一の存在でもない。権力者の娘を手なずけて後ろ盾が欲しいのだろうか?

 それとも、名前だけの公爵令嬢を馬鹿にするために呼びつけるつもりなのか?


「何を言っているのアリエル。我が家の庭の薔薇は王宮をしのぐものにするとお父様が結婚するときに約束していただいたのよ」

 自慢げに胸を張るお母様はどこか可愛いらしい。

 この話は当時、一大ブームを起こしたらしく、公爵家のバラ園は王都一と言われた。

 上位貴族の間ではプロポーズのさいに花嫁の好きな花を庭いっぱいに植えることが流行ったほどだ。

 ただし、薔薇の花以外である。

 間違っても公爵家を敵に回さぬように、という忖度そんたくだ。


「売られた喧嘩は買う主義です」

 お母様が力づよく決意をしている。


「お母様、落ち着いてください。たかが子供の書いた招待状ですよ。そのような深い意味あるわけないじゃないですか」

「優しいのねアリエルは、ですがそんな甘い考えでは社交界のトップに立てなくてよ」

 いや、もうすでに王子様から嫌われている時点で社交界のトップにはなれないと思う。


「社交界で一番大事な事は何だと思う?」

「権力とか後ろ盾ですか?」

 ニヤリ、悪い笑顔で首を横に振った。


「惜しいわ。それも重要だけど、もっと大事なのが信頼よ」

 あまりに意外な答えに、口を開けてまじまじとお母様を見上げてしまう。

 お母様って天然なの?

 王座の為なら王族同士殺し合いだってするのが普通なのに、信頼なんて甘い言葉が公爵夫人から出たのが意外だった。


「あなたの考えそうなことはだいたいわかってるわ。でも、私の言う信頼はこの人についていれば勝者側についていると思わせる信頼。非常時には自分たちを優遇してくれるという信頼。良縁をもたらしてくれるという信頼」

「それって、信頼といっていいものでしょうか?」

 限りなく邪な気持ちのような気がする。


「そうね。でも、人間自分に有利をもたらしてくれる人間の側に寄って行くのが自然でしょ。まあ、私には溢れるカリスマ性が備わっているけどね」


 自信満々にお母様は私のほっぺたを両手で挟みムニュムニュと撫でまわした。


「にゃめてくらさい、おはあさま」

「だって、キョトンとしているアリエルがあまりにも可愛いから。話を戻すけど、いくら聖女候補でも社交界で大きな顔はできないと、アリエルの前にひざまずかせてあげましょう」


 お母様……その考え方は間違いなく悪役令嬢の母って感じがしますけど。


 何だか予想以上に燃えている母を複雑な気分で見ながら、私は招待状に視線を落とした。


「これって、断っちゃダメな雰囲気ですよね」

「もちろんよ。売られた喧嘩は倍返しが礼儀よ」

「でも、万が一王子様が顔を出したら……」

 私の出席する集まりには二度と顔を出さないと明言されているのだ。それがのこのこ思い人のお茶会になんて出席したら、もれなく破滅フラグが立つような気がする。


 お母様には悪いけど、ゲームのシナリオ通り断罪されないためにも、エルーダ様にもマリアンヌ様にも関わらないのが一番。


「大丈夫よ。当日は付き添いとしてユーリとソールを同伴させるから。あんなくそ生意気な王子なんか無視しちゃいなさい」


「お母様。不敬です」


 お母様は高笑いして部屋から出て行ったけど、マリアンヌ様が聖女候補であることはシナリオ通りに進んでいるとみて間違いない。

 今でもエルーダ様はマリアンヌ様のことが好きで足げく通っているといううわさもあるし。


 そんなマリアンヌ様を私がいじめるのは魔術学院に入ってからだ。勿論、そんなことはしないけど。

 こんな幼少期に接点があるなんてそもそもおかしい。


 少しずつシナリオが変わってきているのは喜ぶべきなのか、はたまたバッドエンドが早まってやってくるのか……。

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