第61話 急接近
「僕のことはご存じでしょう?」
名のりもせずに、クリスは自分のことを知っているのは当然だという顔で私を見た。
「少しづつ魔法封じを解除して、魔法を使えるように教えてくれるということですか?」
以前、サスキ様から魔力封じをいきなり解除すれば、魔力が暴走して死んでしまうと聞いたことがある。
「いいえ、それではこれを施した宮廷魔術師のマギ様にバレてしまいます。僕がついていればいっぺんに解除しても大丈夫です」
少しの躊躇いも無く、クリスは言い切った。
彼が自分の力を過信しているのか、故意に私の暴走した魔力を全部自分で吸収しようと思っているのか?
後者だとすると、すごい腹黒である。
「少し考えさせてください」
何か企んでいそうなクリスを突き放すのは得策じゃないだろう。
ここは、近くで何をやらかす気なのか監視した方がいいかもしれない。
そう考えて断らなかったのに、ラキシスは後ろで頭を抱え込んでいた。
「わかった。返事は近いうちでいいよ。ただ、他の生徒のいるところで魔力封じの魔法陣を解除するのはさすがに危険だから、学院に被害が出ない場所を探しておくよ」
「はい」と返事をすると、クリスはご機嫌で礼拝堂を出て行った。
「マギよりもまずはアイツを始末する方が先なようだな」
私の横で、ラキシスが真剣な面持ちで呟いた。
「ラキシス冗談はやめて」
「冗談なんかじゃないぞ。アリエル様、ユーリからもアイツには気をつけるように言われていただろ」
怒っているというより、心配そうに黒い瞳が揺れている。
勇者であるラキシスは本来、私のバッドエンドの相手なのに、こんなふうに心配されるとなんだか、気持ちが落ち着かない。
「アリエルでいいわよ。なんで知っているの?」
「クリスのこと、気をつけるようにユーリに言ったのは俺だ」
「そうなの?」
「ああ、あいつはあやしい」
「どこが?」
「……」
「教えてくれないの?」
「首を突っ込まないと約束できないだろ」
そんなことはない……ことはない?
私が素直に返事をしなかったので、ラキシスはやれやれと深いため息をついた。
「これは本当は黙っていようと思ったんだ。なにかあればすぐにゲームに結び付けたくなるだろ」
「何が起こっているの?」
「それはまだ調査中だ。でも、アイツがアリエルを見張っていたのはマギの命令ではない様な気がする。危険だから、絶対にあいつと2人で会うなんてことはやめて欲しい」
「その調査、私も手伝うわ」
「おい、俺の話を聞いていたか?」
「もちろんよ。2人で会わなければいいんでしょ」
「都合のいいとこだけ抜粋するな」
「ラキシス、彼もあなたと同じ。マギのせいで負けず劣らず不幸な境遇なの。その彼が、マギに内緒で行動を起こそうとしている」
これは絶対にシナリオが変わったせいだ。
「まだ内緒だって確定したわけじゃないし、そうだとしてもマギ側の人間に変わりない」
「いいえ、内緒よ。マギは宮廷魔術師よ。エルーダ様に近づきたいだけなら、いくらでも方法があるでしょ」
私に頼んだということは、マギにはエルーダ様との接触は意図的なもだと思われたくないからに違いない。
「これはマギとクリスを引き離すチャンスよ」
「だとしても、クリスの目的が危険なことじゃないとは限らない。むしろ、エルーダの暗殺かもしれないだろ」
ラキシスは長椅子の背もたれを拳でドンと叩いた。
イライラしすぎて手加減できなかったのか、木製の長椅子に亀裂が走る。
「エルーダ様が心配?」
「違う」
短く言い切ると、ラキシスは怒ったように口をキツく結び、私の前まで歩いてくるとそのままの勢いで両手を広げ私を腕の中に閉じ込めた。
!
「どう考えても、俺が心配しているのは君のことだろ」
頭の上で拗ねるようにラキシスが囁く。
その声に、なぜか心臓が飛び出しそうなくらいドキドキして顔に熱が集まってくる。
「じ、邪魔しないから離して……」
やっとのことでそれだけ言って、厚い胸を両手で押しのけるがラキシスはびくともしない。
もう、やだぁ。
身体中がふわふわしてきて力が入らない。
「さっきの言葉は前言撤回」
さっきの言葉?
クリスとは2人で会うなってこと?
ぼーっとした頭で考えても、それ以外思い浮かばない。
私のわからない、という顔が不満だったのか、ラキシスは私のほっぺを両手で挟んで、鼻がくっつきそうなくらいの距離で覗き込んで来た。
うぅぅぅ。
この体勢、本日2度目。
頭じゃなくて、血が顔に集まってきて思考が停止しちゃうのよこれ!
それでも、私は必死に考えた。
今度は答えが出るまで、ラキシスはこの手を離してくれそうになかったから。
えっと、さっきもエルーダ様の話だった。
ミイラ取りがミイラにならないでって話。
そう、エルーダ様を好きになるなって言われた。
それを前言撤回ってことは、エルーダ様を好きになれってこと?
「それは、嫌」
絶望的な気分でそう呟くとラキシスは「アリエルは何が嫌なの?」と優しく聞き返してくれる。
なんだか、それを言ったらひどく自分が惨めな気持ちになるような気がしてほっぺを挟まれたまま視線だけ外した。
「俺が前言撤回するって言ったのは、さっき俺がこうしたとき、あまりに可愛い反応するもんだから、これ以上距離を縮めるのをやめるっていうのを撤回するってことだよ」
ラキシスの甘い瞳が一瞬離れ、もう一度私に接近してくる。
「え?」
えぇぇぇぇぇぇ!
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