第62話 対決

「どうしてこうなったの?」

「どうしてって、アリエル様が誰にも何も言わずに一人で突っ走っちゃったからだろ」

 クリスは両手を後ろに縛られて床に転がったまま私を睨んだ。

 その手には魔力封じの魔法陣が白く浮きあがっている。


「だって、誰にも言わずに一人で来いって言ったのはあなたじゃない」

 その言葉通りしたのに、まるで使えない手下てしたを見るように、呆れた顔で私を見る。

 なんだかすごくムカつく。


「そう言われたって、普通は誰かに相談してくるもんだろ」

 なんとか、縛られた縄をほどこうと身体をよじされながらクリスは怒っている。


 しかたないじゃない。

「誰にも言わないで」と懇願するクリスは切羽詰まっていて、敵じゃないと思っちゃったんだから。


 はぁ。

 敵じゃないみたいだけど、一緒につかまったのは不味いよね。

 絶対に各方面から怒られる。

 私は鉄格子のはまった窓から青白く光る下弦の月を見上げて、心配しているだろう人たちの顔を思い浮かべた。


「取り合えず、事情を洗いざらい話してちょうだい」



 *


 クリスが懺悔室で私にいちゃもんをつけてきた次の日、私ははっきりと協力はできないと断りを入れた。

 そもそも、魔力封じを彼に解いてもらう必要もないし、マギの弟子にそばにいられること自体大迷惑だ。


「残念だな」

 そう思っていないことは、その後、度重たびかさなるによって明らかだった。

 いや、偶然なんてものではない。

 授業での実験パートナーになったり、図書室で同じ本を探していたり、花の水やり当番が一緒というのもあった。

 それも私が決まって一人のときに接触して来る。


 エルーダ様に近づきたいのなら、生徒会の仕事をしているときに狙いを定めた方がいいのに。



「いい加減にして」

 昼休み、魔法の担当教師であるグランディス先生の部屋に向かう廊下で、懲りずにあとをつけてくるクリスを振りかえった。


「急に立ち止まったらぶつかるだろ」

「あなたがつけて来るのがいけないんでしょ」

「べつに、つけているわけじゃないよ。たまたま方向が同じだけだろ」

「じゃあ、お先にどうぞ」

 どうせ、どこに向かっているのかわからないだろうと道を譲ったのに、クリスは勝ち誇ったような顔で、グランディス先生の部屋の前で立ち止また。


「あなたが、先生に何の用なのよ」

「さあ、呼ばれたんだ」

 どんな手を使ったのかわからないけれど、クリスがわざとらしい笑顔で「アリエル様も?」と首をかしげた。


 やっぱりムカつく。




「やあ、二人とも待っていたよ」

 廊下で話す私たちの気配がわかったのか、シルバーグレイの髪で40代半ばの先生がが扉を開け、迎え入れてくれる。

 目じりの笑いじわが渋くて素敵で、実践よりも研究者気質タイプだ。


 先生は魔力封じをされていて実技授業を免除されている生徒に座学で魔力制御についての授業を受け持っている。

 といっても今学期は私しかいないけど。

 王宮魔術師の弟子で飛び級までしているクリスと一緒に呼ばれる理由がわからない。


「頼みたいことがあって」

 グランディス先生は魔法書が乱雑に積み上げられているテーブルに、自分で淹れたお茶を危なげに並べると、はちみつ漬けのレモンを何枚もカップに投げ込んだ。


「何でしょう」

「平民出の聖女候補の話を聞いてやって欲しいんだ」

 グランディス先生の言葉に、真っ先に侯爵令嬢フェリシア様の顔が頭をよぎる。


 マリーが聖女候補から外れた今、もっとも魔力の強い聖女候補だ。

 エルーダ様に取り入るのに必死だったが、最近では生徒会メンバーではないフェリシア様が近づくのは難しいらしく、その鬱憤を平民の聖女候補にぶつけているらしい。


 平民と貴族の摩擦が例年以上に大きいのも、聖女候補たちの確執が根深いためだ。

 生徒会顧問として、平民の聖女から相談でもされたんだろうか?


「早急に生徒会に持ち帰って検討しますね」

「ああ、アリエル嬢。これは生徒会とは別件でお願いしたいんだ。勿論、生徒会でも平民と貴族間の摩擦を無くす活動は続けて欲しいんだが、聖女間の問題はクリス君と一緒に対処して欲しい」

「別件で……クリス様と?」


「実はここ数年聖女候補の魔力が格段に落ちてきているんだ。特に、学院に入学後全く力がなくなり去っていくものも多い」

 グランディス先生の話はシナリオでも聞いたことがない出来事だった。

 魔王討伐が始れば、あちこちで魔物が人間を襲ってくるのに最前線で治療する聖女の力が落ちているのでは被害が拡大してしまう。世間の動揺は避けられないだろう。




「彼には聖女候補の魔力減少の調査を依頼していたんだ」

 世間的にはこの学院の生徒で1番魔力が多いのは、王宮魔術師の弟子のクリスということか。

 実際は、ラキシスだろうけど。


 でも、魔力の減少と平民と貴族の摩擦の調査なら、わざわざ一緒にする必要はないはず。

 私の言いたいことがわかったのか、グランディス先生はちょっと肩をすくめてハチミツ漬けのレモンの味しかしないであろう紅茶をすすった。


「この問題はとてもデリケートだ。内密に進める必要があるがクリス君と聖女候補2人きりで聞き取り調査を行うわけには行かないので、もう1人誰か立ち合いがいる」

 それは私でなくてもいいですよね。


「平民の聖女なら誰でもいいのだが、貴族の聖女相手だとそれなりの身分がいる」

 なるほど、公爵令嬢ほどの肩書きがあれば調査はスムーズにいくと考えたのか。摩擦を減らすためと言えば、他の生徒へのカムフラージュにもなるし。


 断る口実が見つからなくて、余裕の顔で隣に座るクリスの顔を睨みつけた。


「よろしくね。アリシア様」


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