第63話 ラキシスとユーリ密談

「思い出し笑い?」

 格技場で汗を拭っていると、一瞬緩んだ俺の顔を見てユーリが不機嫌そうに水をがぶ飲みしながら聞いてくる。

 いまだにユーリとは週に何度か手合わせをするのだが、彼は急激に身長が伸びたせいで絶不調だ。

 身体をめぐる魔力のバランスが崩れても、普通の人間ならそれほど影響が出ることはない。けれど、魔力を調節しながら戦うユーリの場合、慣れるのに時間がかかりそうだ。


「今日の昼飯は美味かったなと思ってな」

 本当は、懺悔室でアリエルの髪に口付けしたときの真っ赤な顔を思い出していたのだが、そんなことをシスコンユーリに言えば、もう近づくなって脅される。


 ユーリは訝しそうに片眉を器用にあげると、腕組みをして俺の隣に腰掛けた。


「あれをどうする気?」

 とは、なにかと理由を見つけてはアリエルの周りをブンブンと飛び回っているハエだ。

 それを見たエルーダがクリスに興味を持ち学年部に入れた。


 マギの弟子だとは気付いていないようだし、「有能な魔法使いを勧誘した」とアンガス生徒会長にドヤ顔で報告していたほどだ。

 ゆめゆめ、それがクリスの狙いだったとは気づいていないだろう。


「まったく、余計なことをしてくれる」

 怪しさ満点のクリスに対して、何かしらの意図があり学年部に入れたのならこんな風に側近候補ユーリに眉を顰められることもないのにな。


「そう言うな。クリスの思惑通りだが、そのおかげで俺も疑われず学年部に潜り込めたからな」

 クリスをアリエルに近づけたままにしておくわけにもいかず、バランスを考え平民で剣術もそこそこできる人間も入れようと、ユーリに提案してもらったのだ。


「ラキシスは大丈夫なのか?」

 ユーリが遠慮がちに聞いてくる。

 王族とは因縁がありそうだととは思っていても、エルーダと俺が双子だということは知らない。

 貴族にとって、派閥や自分の立ち位置はとても重要なはずなのに、平民で訳ありの俺と友人でいてくれるユーリには感謝している。


 くしゃくしゃと頭を撫ぜてやると、ものすごく嫌そうに睨まれた。

 そのふくれっつらの目元がアリエルにそっくりで、思わず笑みがこぼれる。

 アリエルも可愛いが、ユーリも弟ができたみたいで可愛い。


「人が真剣に話してるのに、子ども扱いするな」

「子供だろ」


 グーパンチが飛んできて、しばらく2人で戯れ合っていると、不意にユーリが視線を逸らせる。


「どーした? 怒ったのか?」

 少々いじめすぎたかなと思い、お伺いを立てるように話しかけると「子供じゃない」と真剣な顔が返ってくる。


「これは友人として言うけど、姉様くらいの令嬢なら婚約者がいてもまったくおかしくない。むしろいないことの方が不思議だから」


 は?

 何をいきなり言い出すんだ?


「今までは悪い噂があったしお父様も牽制しまくってたからそんな話は持ち上がらなかったけど……最近はエルーダ様を筆頭に姉様の周りには婚約候補になりそうなのが群がってるから」

 今の学園でのアリエルの評判は悪くない、むしろ悪役令嬢ではない彼女は誰がみても花嫁候補として完璧だ。


「ラキシスにはラキシスの考えがあるんだろうけど、うかうかしてると後悔するよ」


 俺はユーリが何を言いたいのか理解して、ちょっと驚いた。

 びっくりしすぎて、言葉がすぐには出てこない。


「そんなに驚くこと?」

「いや、だってそれじゃあまるでユーリは俺とアリエルの仲を応援してるみたいだぞ」


 ゴン、と脇腹に拳が飛んできてまともに入る。


「そんなわけないだろ」

 いやいやいや、そういう意味にしかとれないけど。


「告白さえもできないのは可哀想だと思っただけ」

 ニヤリとユーリが口角を上げた。


「平民の元奴隷だぞ」

「そのままでいる気なんだ?」

「……」

 妙に自信たっぷりに聞き返され、本当にユーリは俺が双子の王子だって知らないのか疑ってしまうほどだ。

 勘が鋭いのか、信じられているのか。


「昔、こっぴどく拒否されてから距離を置いてるようだけど、姉様のことばかり目で追ってるのがいじらしくて。あ、もしかして本人気づいてなかった?」


 そんなにバレバレだったのか……っていうか距離を置くどころか、ちょっかいかけてるのは気付いてないみたいでよかった。

 ユーリの前では特に気をつけよう。



「ここからは公爵家の跡取りとして言わせてもらうけど、今のままのラキシスには姉様はあげられないから。どうにかして姉様に相応しい身分を手に入れて」

 すっと立ち上がったユーリの顔はどこか大人びていた。

 初めて会ったときの神経質そうな表情で。

 いつものアリエルの前で見せる溺愛全開の甘々な顔でもなく、俺を兄のように慕って絡んでくる幼い顔でもなく、いつの間にかこんな鋭い顔をするようになっていたのか。

 でも、そんな顔をしても俺のためだって言うのがバレバレである。


 ちょっと胸の奥がくすぐったい。


「ユーリはそんなに俺のことが好きなのか」

「は?」

「うん、今までは地位とかまったく興味なかったけど、こんなにユーリが俺のこと心配してくれるなら、手に入れるのも悪くないかもな」

 ユーリは俺の言葉に大きなため息をついたが、否定はしなかった。


「じゃあ、何から始める?」

「まずは聖女ラナがこの島を守る為にかけたという結界を暴こう」

「暴くなんて、人聞きが悪い。結界に問題があるようには思えないけど、それを調査すればマギまでたどり着くのか?」

「たぶんな」

 ここの結界は島を守っているようで、何かがおかしい。今、結界を維持しているのは王宮魔術師たちだ。そのトップのマギが関係していないわけがない。

「マギには剣術大会でじっくり恩を返そうと思っていたけど、前倒ししよう」


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