第60話 懺悔室4
「この魔法石は礼拝堂を守ると見せかけて、実は礼拝堂がこの魔法石を守っている」
ドヤ顔でラキシスは断言したが、いまいち違いが分からなかった。
「どちらが守る方でも結果的にここが安全であるという事実は変わらないんじゃないの?」
「そもそもそこが違う。この魔法石は礼拝堂じゃないものを守っている」
「では何を?」
「うん、俺にも何を守っているのかわからん。でも、どちらも中にいる人間を守るためじゃないことは確かだし、聖女の執念を感じる強力なものだな」
「執念って、大げさな」
「いや、自分が死んでからも守りたい何かがこのお城にあったんだろうゲームでは何かそんなシナリオはないのか?」
「全然覚えていない」
「そうか、もう少し探ってみる必要があるな」
ちょっと長居し過ぎた、とラキシスは片手をあげて礼拝堂から出て行こうと踵を返した。
「まってラキシス」
慌てていたので、名前を呼び捨てにしてしまう。
「あ、ごめんなさい」
「いいよ別に、俺はもともと平民だし。様づけの方が変だろ」
「それも、ごめんなさい」
「ん?」
「さっき、この礼拝堂は上位貴族専用だって言ってあなたを追い出そうとしたでしょ」
ラキシスも本来はまぎれもない上位貴族だ。
「ああ、そんなことか。前に気にしてないって言ったろ」
「でも、いくら本人が気にしてなくても、同じ転生者の私が言っていい言葉じゃなかったから」
この世界では双子は忌み嫌われる。
それが上位貴族なら、生まれた時に片方が殺されるのは一般的な出来事だ。まして彼は王族この礼拝堂を作った血筋だ。
「そんな顔するな」
どんな顔かわからないけれど、ラキシスは私の頭を両手でくしゃくしゃにした。
「ひどい!」
ぷっと、頬を膨らませるとラキシスは満足そうに微笑んで今度はほっぺたを指先でつまんだ。
「ふくれっ面をすると、あの時と全然変わってないな」
「
「アリエル様。いや……アリエル。約束通り堂々と魔法を使えるようにしてやるから、俺以外の男にさわらすんじゃないぞ」
「さわらすって! そんなはしたないことするわけないでしょ!」
私がほっぺたの手を振り払うと、ラキシスは私のおでこをつんと突いて、ニヤリと笑った。
「あ」
「エルーダに、ここ突かれてたろ」
「それは不可抗力だし、あなたにも許してないから」
お腹を抱えながら笑い転げているのを見ると、やっぱりさっきの甘い雰囲気は揶揄われていただけかも。
なんだか肩から力が抜けて、「ふー」と長い息を吐いた。
「鬱陶しいのが来た。アリエル、俺のことは見えてないフリをしろ」
なんで? と聞き返す前に礼拝堂の扉がひらく。
「お邪魔していいですか?」
返事をする前にクリクリとした水色の髪を揺らして、小柄な少年が入ってきた。
彼のことは見た事がある。
クリス エドガー。伯爵家の息子で天才魔術師と噂されユーリと同じく飛び級して今は同じ学年に在籍する。そして、ユーリが絶対に近づかないようにと念押ししていた人物だ。
身体中がこわばったのを悟られないように、「お祈りはすみましたので、私はこれで」と返事をした。
「お祈りですか? 密会じゃなくて」
屈託なく笑う少年の言葉には、ずいぶんな棘がある。
ラキシスのことかと思ったけれど、視線が私からまったく外れないので彼のことは見えていないようだ。
「なんのことですか?」
「さっき、エルーダ様と一緒にいたでしょ。噂と違って仲が良さそうで驚きました」
「誤解を招くような言い方は控えて下さい。エルーダ様に対しても失礼ですよ」
「これは失礼しました。他意はないですから」
謝罪の言葉を言ってるつもりらしいけど、まったく気持ちがないのは明白だ。
いつも、遠巻きに私を観察していることは気づいていた。
話しかけて来るチャンスはたくさんあったのに、なんで今なの?
「では」と短く挨拶をして、私は足早に礼拝堂を出ようとしたがクリスの横を通り過ぎたとき、「その魔法陣見せてもらえませんか?」と遠慮のかけらもなく聞いてきた。
「なんですって?」
一瞬、私が魔力封じの魔法陣を解除したことを知られたかと思ったけれど、手にあるのは紛れも無くマギが施した魔法陣だ。
入学と同時に、戻しておいたのだから誰にも気づかれるはずがない。
これが、王宮魔術師による魔力封じだとわかって聞くなんて、礼儀知らずにもほどがある。
「そんな怖い顔をしないでください。僕はお互いに協力できないかと思っただけです」
彼のことを知らない人間だったら、無邪気に見えるのかもしれないが、私はユーリに言われるまでもなく彼のことを知っていた。
彼は見た目は子猫のようで、見るものになつかせてみたいと思わせる魅力を持っていたが、その正体は幼いときからマギの弟子であり、汚い仕事を任されていた手先だ。
そして、暗く陰湿な性格をヒロインに救ってもらうという役どころの攻略対象でもある。
絶対にろくなことを考えていない。
でも、ゲームでは悪役令嬢と接点をまったく持たない人物でもあった。
その彼が、わざわざ協力しようだなんて多少興味が沸いてくる。
私が考え込んだのを、クリスの後ろで気配を消していたラキシスが、片眉をあげて首を振った。
絶対に関わるな。と言いたいらしい。
「協力って、具体的になんです?」
私が罠にかかったと思ったクリスは、ぱぁと顔を輝かせて私の手を握りしめた。
「この魔力封じ解除してあげよう」
思ってみない提案に驚いたが、次の言葉には驚きよりも呆れる方がうわまった。
「その代わり、僕をエルーダ様に紹介してくれない? 紹介がダメなら生徒会に推薦してくれてもいいけど」
自分にはその価値があると自信満々に彼は胸を張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます