5章 乙女ゲームスタート(2部)
第42話 めぐり合ったら
「やばい」
色々な意味で、これはやばい。
私は今まで見たこともないような大きな桜の下で、安らかに寝息をたてる黒髪の男を見下ろし途方にくれた。
*
ことの始まりは、私が花見をあきらめられなかったことだった。
寮からはちょっと離れていて一人で見に行くには何か理由がいる。
ユーリに言えば絶対に反対するし。
そんな時にマリーが部屋に訊ねてきた。
「マリー会いたかった!」
「私もよアリィ。それにしても、全然イメージが違って可愛い」
「もう、マリーったら、照れる」
久し振りに会う友人に、気分も開放的になる。
「でも、私、ちょっとアリィの縦ロール期待してたんだぁ。『あなたに殿下はふさわしくありませんわ』とか言ってもらいたかった」
ケラケラと楽しそうにマリーは笑らう。
「冗談はやめて、そんなの破滅フラグ踏みまくりでしょ。私はひっそりと暮らしていくんだから」
「ふーん、でもそれ無理じゃない?」
「なんで?」
「だって、存在がめっちゃ派手だし。殿下との因縁も未だ有名な話だしね」
あー。
私の黒歴史ね。
普通の令嬢だったら、数カ月もすれば忘れ去られることでも、公爵令嬢だと殿下の婚約者話が出るたびに、私のことが話題になるのだ。
「私のことより、マリーは神殿から帰ってきてエルーダ様と再会したの?」
「逃げてる」
「エルーダ様から?」
「うん、もうしつこく手紙が来るから。今は聖女になれなくて落ち込んでて会うことはできないって返事してる」
「なんでそんな拗らすようなことしてるの?」
「えー、だって面倒くさい?」
面倒くさいからって、王子様からの誘いを断っていいの?
「じゃあ、これから会うんだ……ん?」
ちょっと待って、これから会うってつまり……。
「再会イベント!」
「ピンポーン。アリィったら忘れてたでしょ」
「忘れてたわけじゃ……私は再会イベントは関係ないし」
「ひどい、親友の一生を左右するイベントを忘れてるだなんて」
イヤイヤ、それは大げさだし。
再会イベントは、プレーヤーが誰をヒロインにするか選択するイベントだ。
初期設定でヒロインはマリーなのだが、マリー以外の聖女を選択してプレイしたい場合、その聖女が桜の木の下でエルーダ様と出会えば選択が完了になり好感度が上がる。
「まあ……。それはマリーが行かなきゃいいのよね」
「もちろん行かないわ。でも、せっかくの出会いイベントなんだからエルーダ様には私以外の聖女と出会って欲しいわね」
そ、それは……意図的にしむけるってこと?
マリーはうんうんと頷いた。
「頑張って」
そう言い終わる前に、がっしりとマリーの手が私の両腕を握りしめる。
「アリィも協力してくれるよね」
「えー」
「えーじゃない。まずはイベントが起きる桜を探し出さないと、どっかで見かけた?」
「それならたぶんあれだ」
私はバルコニーに出ると、学院の敷地の端っこを指さした。
ちょっとした森の向こうに淡くピンク色の木がボヤっと見える。
近くに見えるが、歩くと10分以上はかかりそうだ。
「さすが公爵令嬢の部屋ね。寮なのにベランダまであるんだ」
「あら、私の部屋の横は特別室だよ。エルーダ様に言えばマリーなら使わせてもらえると思う」
「それって、婚約者になったらってこと?」
「そう」
「無理無理無理」
マリーは心底嫌そうにブンブンと首を左右に振った。
ふふふ。
まあ、協力してあげよう。
「近いうち下見に行こうか」
「ありがとう。心の友よ~」
大袈裟にマリーが抱きついてきて、耳元に頭をスリスリしてくる。
さすがヒロイン、甘え上手だ。しかも、しぐさが昔飼ってた犬のようで見捨てられない。
「ちょうど、花見に行こうと思ってたんだ。一緒に行くでしょ」
「私は偶然エルーダ様に遭遇すると困るから無理」
確かに、再会イベントフラグを折るために下見にいくのに、そこで偶然エルーダ様にあったら目も当てられない。
「学内でも危ないからユーリ君を連れて行ってね」
「そうね」と返事はしたが、ユーリは桜にトラウマがあり一緒には行けないな。
まあ、一人でも大丈夫だ。
そう思ったのが間違いだった。
*
青い空の下、桜は満開に咲いていた。
樹齢数百年はありそうな立派な桜に、思わず手を合わせて「怖い夢は見ませんよに」と拝んでしまう。
あんなに怖い夢をみせられても、やっぱり桜は嫌いになれない。
「難しいこと考えるのよそう」
ゴロンと寝転がると、空がピンク色に染まる。
チラチラと桜の花びらが雪のように舞う。
「ふふ」
思わず笑いがこぼれて私は目を閉じた。
すーすーという寝息で目が覚める。
「いけない、寝ちゃった」
身体を起こすと、ヒラヒラと花びらが落ちた。
軽く残りの花びらを手ではらうと、幹を挟んで誰かが寝ている。
寝息の犯人だ。
そうっと、顔を覗き込む……。
「え?」
ラキシス!?
思わず叫びそうになり、両手で口を押えた。
なんでここに?
なんで横に寝てるの?
なんで?
心臓の音が耳の横でドキドキと響く。
どうする、起こす?
このまま立ち去る?
ラキシスの身体の上にも桜が積っている。
誰かにこんなところを見られていたら誤解される。
「あっ」
私はラキシスの手の甲にある藤色の魔法陣に視線を止める。
彼に近づいちゃいけない。
聞きたいことはいっぱいあったが、今は無理。
私はそっと立ち上がると、桜の木を振り返らずにその場を後にした。
背中に視線を感じる気がして耳が熱い。
前をよく見ずに走っていたせいで、誰かにぶつかる。
「イタ!」
ぶつかった反動で後ろによろけてしまう。
「大丈夫か?」
「すいません急いでいたもので……」
手を掴み、転ばないように支えてくれる人物を見て私は、己の運のなさを呪った。
「エルーダ様」
*
「マリー、あの桜には近づかない方がいいわ」
「どうしたのアリィ? 何か問題があった?」
「大ありだった。とにかくあそこは予想外に花見の穴場になっているみたいだから。放っておけばエルーダ様も聖女候補に会えると思う」
私の気迫におされて、マリーは「わかったわ」と納得してくれた。
「アリィ、もしかして私の代わりにイベントやっちゃった?」
「は? そ、そんなわけないでしょ。私は悪役令嬢なんだから」
「そう? なんだか顔が赤いような気がするけど」
「これは、走って来たからよ」
「ふーん。まあ、そういう事にしておいてあげる」
まったく、マリーは何を言いだすんだか。
やっぱりこの世界での桜はさけた方がいい。
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