第43話 断罪イベントは突然に

「きゃぁぁぁぁぁ!」

 王立学院の食堂に、マリーの悲鳴が響いた。

 見れば、制服のジャケットからスカートにかけてべったりと茶色のソースが流れ落ちている。


「私のオムハヤが……」

 トレーを掴んだままマリーはプルプルと肩を震わせ「残りは食べられるよね」とつぶやく。 

 はたから見れば、悲しみに暮れているようにしか見えない。


「みんなの邪魔になるからこっち来て。まずは制服をなんとかしないと」

 こんなこともあろうかと、最近は沢山のハンカチを持ち歩いていたけれど、それではぬぐい切れないほど大量のシミができている。


「マリアンヌ! 大丈夫か」

 吹き抜けの食堂を見渡す回廊から、あわててエルーダ様が駆け下りてきた。

 乙女ゲームの王子様は実にタイミングがいい。

 金髪にステンドグラスの光が映り虹色に輝き、誰もが神々しい姿に目を奪われている。


 あっ、これって食堂でのイベント。

 あの派手なステンドグラスをバックにしたスチルってここだったんだぁ。

 それどころじゃないとはわかっていても、感動に胸がときめく。


 だって、生スチルだよ。

 この世界に来て長くたつけど、自分が今、ノイシュタイン城にいるだなんてまだ信じられない。

 糞ゲーだったけど、スチルだけにはお金がかけられておりそれだけでプレイヤーを繋ぎとめていたといっても過言ではない。




 乙女ゲームのメイン舞台。ノイシュタイン城は湖の中央にできた2重カルデラの上に建てられた珍しい城で、300年前に国王から聖女ラナに贈られた古城だ。

 聖女ラナが亡くなってからは結界を維持するために魔法使いたちが移り住んだのが王立学院の始まりとされる。


「すごいわね。本当にあったんだ」

 観光客気分で眺めては、マリーに笑われる。


 ヨーロッパの有名寺院でよくみられるゴシック建築で、天に突き刺さる尖塔せんとうは下から確認できるだけで30以上もあり、尖塔せんとうアーチのステンドグラスは圧巻としか言いようがない。


 世界一美しい校舎として名をせているのも納得。

 転生して、この城をまじかで見られたことは一番の幸せかもしれない。



 そんなことを考えてると、みるみる人垣が横にずれていきマリーとエルーダ様の間に一本の道ができた。


 「わぁ」

 王子様あるあるをまじかで体験してしまった。



 エルーダ様は私達の前まで来ると、金の刺繍の入ったハンカチをマリーに差しだす。

 すでに、王子の取り巻き達がトレーを奪い取り、何枚もハンカチを渡した後だけどマリーはそれを受け取り遠慮なくごしごしシミを拭いた。


 そのハンカチ、もしかして制服よりお高いんじゃないの?


「これは一体どういうことだアリエル嬢」

 いきなり腕を掴んでこないあたり、少しは学習したのかもしれないが、ゲームと同じセリフにはがっかりしてしまう。


「あの……マリアンヌ様に同じ聖女候補として心配で、何か力になれないか声をかけようと横にいたんですが、誰かに背中を押されたようです。アリエル様はそれをただ見ていただけで何もしていません」

 私が説明するより前に、平民出の聖女候補エリカが前に進み出て随分と棘のある言い方をする。

 その言い方だと、私が背中を押したみたいじゃない。


「アリエル様はマリアンヌ様にじゃまだっておっしゃっていました」

 エリカの横にいた少女がもじもじと発言したけれど、あきらかに悪意がある言葉の省略をする。

 いや、確かに言ったけど、それはみんなのじゃまになるからってことでしょ。正確に言いなさいよ。


 私が反論しようとすると、マリーがそれを制するように私の手を掴む。


 エリカが言い出したのをきっかけに、次々とあることない事、私のおこないを責める声が高まっていく。


 波のような悪意の中、エルーダ様の後ろには数人、側近候補が駆け寄ってきた。

 その中にユーリとソールの姿もあったが、私を庇ってはくれない。

 冷たい顔で、私を牽制けんせいしているようにこちらを見ている。


 これではまるで乙女ゲームの断罪シーンのよう。

 エルーダ様はマリアンヌを抱き寄せ、「魔法も使えないお前なんかこの学院にふさわしくない」とののしる場面が簡単に想像できる。


 知らずしらず、繋いでいたマリーの手を強く握りしめて私はまっすぐに前を見た。



「マリアンヌ、正直に言うんだ。アリエルに突き飛ばされたのか?」

 もはや呼び捨ての上、いつの間にか私がマリーを突き飛ばしたという結論になっている。

 集団の中の無責任な言葉とは本当に恐ろしい。


 マリーは私にニヤリと笑いかけると手を放し、エルーダ様に歩み寄った。

 虹色の光の中を歩くマリーは天使のようで、ざわついていた食堂がシンと静まる。

 背中に冷たい汗が流れて、私は、はずされた手を握りしめた。


「エルーダ様、心配していただきありがとうございます」

 マリーがうるんだ瞳で見上げれば、エルーダ様はデレっと目じりを下げて両腕を拡げた。



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