桜の木の下でお嬢様と再会する。

「どんな方法ですか?」

「毎年開かれる騎士団主催の剣術大会で優秀な成績を収めたものには、王立学院に特待生として入学できます。そこには王宮からも魔術師を派遣しているそうですよ」

 剣術大会か。

 ゲームのイベントとしてはありがちだな。

 流れ的にここで認められて勇者になるのかもしれないが、なにぶんやってないので確信はない。

 そもそもゲームではまだ奴隷のはずだし。別に学院に入りたいとも思わない。

 ここは断っておくか。


「剣術大会なんて俺には無理です」

「そうですか? 先程案内してくれた兵士が君は筋がいいっていっていました。こんな生活から抜け出したいでしょ?」


 こんな生活か……王子と認めてくれたらすぐに終わるけど。


 王都といっても俺が暮らすのは、城をぐるりと囲む城壁の一番外側、五の壁にある宿場街で、前世で言えばスラム街の様なところだった。


 外からきた人間はギルドが発行する手形をもっていなければ、これより内側の城壁の門をくぐることはできない。

 でも俺はこの雑多な雰囲気が気に入っている。

 東京で、隣に誰が住んでいるか分からない暮らしをしていた自分からは想像もできないが、身を寄せ合う暮らしもなかなか楽しい。


「いろいろ心配してくれてありがとうございます。考えてみます」

 そう返事したが、俺の気持ちは決まっていた。



 *



「なんだか桜を見るとセンチになるよなぁ」


 マギが帰ってから数日、俺は山に戻り定位置の岩の上にいた。そこから見渡す景色は今はピンク色に染まり、夕日に照らされて妖艶な色香を放っている。


 俺はセンチな気分のままどんどん思考を迷宮に迷い込ませていく。

 一年に一度、こんな気分になるのも悪くない。

 だって、日本人なら皆、桜に哀愁を感じずにはいられないはずだから。


「俺って何者だろう」


 単純にゲームでの役割ならある。

 不遇の勇者で、魔王を倒す。

 でもそれに価値をみいだせない。


「帰りてぇな日本に」


 最終的にそこに行きつく。

 ゲームは自宅のソファーでだらだらプレイするものであって、汗水たらし命の危険をおかしてまで実体験するもんじゃない。


 結局、転生者ハイは長くは続かなかったな。

 見る物すべてに興奮できたのは数カ月だ。


 一度は、自由に生きると決めたんだけど、その自由が難しい。

 考えるのを辞めて、いったん修行に集中したら、今じゃあ立派なチートだ。


 リセットすればやり直せるならよかったのに。

 ここはゲームの世界じゃない。自覚すればするほど自由でいられなくなる。


「いやだなぁ。初めは何でもできそうだったんだけど」

 いや、実際何でもできるけど……。

 でも、同じくらい後始末も付いてくる。クリアして終わりではないのだ。

 あれこれ考えると、結局何もできない。


 俺って忖度そんたくできる日本人だからな。

 ゴロゴロと転がりながら、桜を見る。


「ちくしょー、いつ見ても綺麗なんだよ!」

 桜に八つ当たりしても仕方ない。


「そういえば、お嬢様元気にしてるかなぁ」

 俺と同じマギが施した魔法陣を持つ少女。

 ルビー色の髪で、桜色の瞳がキラキラ輝いていた。

 無性に会いたいと持ってしまうのはこの桜のせいだな。


 今なら、彼女の桜色の魔法陣も消してやることができるのに。

 でも、何処かで偶然彼女にまた会うことができても、マギをだましている俺では力になってやることはできない。


 この胸の切なさは、罪悪感からだろうか……。




「よし、ぐだぐだするの終わり」






 マギに会って心は決まった。

 別に彼に復讐したいとは思わない。ただ、彼の行いで俺が不利益を被っていたのは事実だ。

 そこのところはきちんと償ってもらわなくては。

 彼はシナリオだから俺に魔法陣を施したんじゃないし、俺の親もそうだ。シナリオだから俺を捨てたわけじゃない。みな、自分の思惑で生きている。


 取り合えずマギの思い通り勇者になんかならないし、学院にもいかない。

「次マギに会う事があれば、魔力封じしてやろう」

 うん、それがいい。

 やられたらやり返す。別にそれは復讐じゃよな。


 なんだかちょっとスッキリした気がして風に吹かれる花びらを見た。

 そうだ。マギさえ何とかすればお嬢様の魔法陣も何とかしてやれるしな。



 ✳︎


 どのくらいそこで桜を見ていただろう。

 誰もいないはずの森に人間の気配がする。

 ?

 立ち上がり、2つの影が何者なのかじっと見つめる。


「子供?」

 そう言えばビエラが「今日、迷いの森に子供のお客が入る」って心配していたっけ。

 この森全体にかけられた精霊魔法のせいで、敵意のある者は勿論排除され、本当に用事がある人間もたどり着くのには気合が必要だ。

 森に無害だと認めてもらえれば半日でだどりつけるような距離なのだが、それまでが大変。


 今日森に入って、その日のうちにここまでたどり着くなんて精霊使いでもない限り無理だ。


「もうついたのか?」

 目の前まで来た子供たちに俺は信じられない気持ちで声をかけたが、赤い髪の少年の方が俺を睨みつけて剣を抜いた。

 こいつもかなりの魔力持ちだが、隙だらけだ。


「剣を収めろ、怪しいものじゃない。俺はこの山で修業をしている。この山に入れるのは招かれた者だけだと知っているだろ」

 俺の言葉に、少年の殺気が少し治まるが、まだまだ警戒は解けていないようで、凄い顔で俺を睨んでくる。

 一方少女の方は、俺を見ても警戒している様子はなく、にっこりとほほ笑みかけてくれる。


 うそだろ!!


 濃いルビー色の髪と、桜色の瞳。記憶の中の少女よりいくぶん大人びていたが、こんな色合いの人間を忘れるはずがない。

 ふわりと風になびいた髪があまりに綺麗で、もう少し近くで見てみたいと手を伸ばす。


 その直後、バッシっと手が振り払われる。

「姉さまに近寄るな」

 真っ赤な瞳に怒りを映し、まるで本当に燃えているようだ。


 シスコンだなこいつ。

 まあ、こんなにかわいい姉なら無理ないか。




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