能ある転生者はチートを隠す 2

「大丈夫か?」

 ビエラが珍しく心配そうに声をかけてきた。

 見た目さっきまでと全く変わらないように見えるが、今腕に浮かんでいるのは正真正銘マギの魔力封じなので、魔力は使えないようになっている。


 ただ、俺の魔力は5年前にマギの魔力封じでは抑えられない程増加していたのに、補強しに現れることはなかった。つまり、ビエラに出会っていなければ死んでいたことになる。


 魔力の増量分は自分自身で誰からも見えないように太ももに魔力封じの魔法陣を施してそこに移しておく。


「うん、これならマギとの話し合いがうまくいかなかったとき自分で解除できそう」

「そうか、それならいいが、最近ちょっときな臭いうわさを聞いてな、マギがお前を利用しようとするかもしれない」

 宮廷魔術師だったサスキ様の所にはいろいろな方面から情報が集まってくる。ビエラが言うのだからそれは単に町のうわさとはレベルが違う。


「どんな?」

「まあ、今のところ気にするレベルじゃないんだけど辺境で魔物の被害が増えたんだそうだ。目撃される魔獣も多いと聞くし注意が必要だな」


「わかった。大丈夫。マギには気を付けるよ」


 *



「ラキシス、客だぞ」

 俺が出入りしている治安部隊の詰所でよろいに油を塗っていると、なじみの傭兵から声をかけられた。

 客が誰かはその魔力量と、それを巧みに隠している力量で想像がついたが、気づかない振りをして「今手が離せないから待てって伝えて」と振り返らずに返事をする。


「何だ、まだ終わらんのか? 随分お偉いさんみたいだぞ」

 ロジがわざわざ様子を見に来たところを見ると、身分を隠して会いに来たわけではないようだ。

「わかった、でも油を差さないと鎧がサビちゃうから」

 傭兵にとって、命を守る剣や鎧の手入れは何ものにも優先される。戦いの中、少しの不具合でも命取りになりかねないからだ。

「少し待ってくれるように、もう一度言っておくからなるだけ急げ」

 ロジは俺の頭にポンと手をのせると、武器庫から出て行った。


 俺は何年も待っていたんだから、少しくらい待たせたって罰は当たらない。


 黙々と作業をしていると、扉が開き誰かが入ってきた。

 その気配に舌打ちする。

 鎧の手入れは単純作業だが気に入っていて、つい集中しすぎておもったよりじかんがかかってしまったようだ。

 できればいきなり攻撃されないためにも、人の多い待機所で話したかったのに、ここでは逃げ場もない。


「あの、新しい指揮官様ですか?」

 見るからに仕立てのいいマントは、この傭兵ばかりの詰所では滅多に見られない。

 城門兵と見張り塔の兵士だけは王宮所属の兵士が派遣されているので、たまに捜査依頼しにここで見かけることはあるが、それも月に数回だ。


「いいや、私は騎士ではないよ。ちょっと人を探しにきた」

 温厚そうな丸い目に、深く刻まれたシワはどこかくたびれていて、白髪混じりの髪はどう見てもビオラと同じ歳には見えないし、聞いていたマギの風貌とも違う。


 変装してきたのか。


 本当の容姿はわからなかったが、なぜかこの男がマギだと確信できた。

 いや、なぜかと言うのはおかしいか、もう何年もこの男の魔法陣を感じてきたのだ、本人を間違うはずがない。


 そしてこの男を見た瞬間「会ってから決めたらいいんじゃない」というビエラの言葉を思い出した。



「ここに……、手の甲に魔法陣のある者がいると聞いてね。私の探している人物か確かめにきたんだ。どうだろう、見せてはくれないだろうか?」

 あまりに直球で聞かれたので、もしかして自分の正体をあかすつもりなのかドキドキしたが、本当のことを言うつもりなら変装なんてして来ないか。


 俺はマギの真意を見極めるために、黙って革手袋をはずした。


「どうですか? 俺のこと知っていますか?」

 期待を込めてじっとマギを見つめる。

 孤児なら誰しも自分が本当は誰なのか知りたいと思っているので拒む理由はない。

 ひとりぼっちの寂しさから、人買いに親に合わせてやると、騙されてついて行ってしまうものも少なくないのだ。


 マギは俺の魔法陣をシゲシゲと眺めると、左手で覆う様に触れた。

 ジーンと熱が伝わってきて、思わず身じろぎして振り払おうとしたが、反対の腕もがっちりと掴まれ逃げられない。



「何?」

「ああ、すまないね。これが私の知り合いがつけたものか、ちょっと確認していた」


 流石現役王宮魔術師。無詠唱、ものの数分で魔法陣をかけ直した。

 俺は強化された魔法陣に気づかないふりをして聞き返す。


「それで、どうでしたか?」

「残念だけど違うみたいだ」

 俺はがっくりと項垂れてみせる。


「期待させてすまなかったね。君はその魔法陣がなんなのか知っているかい?」

「はい、昔人買いに攫われた時、助けてくれた魔術師がこれは魔力封じだと言っていました」

「人買いに攫われたことが?」

 マギは大げさに驚くと「よく無事だったね」と微笑んだ。

 白々しい。


「はい、無理やり奴隷の入れ墨を入れられたところを消していただきました。ただ、この魔法陣は高等魔法で上級魔法を使える魔術師を探した方がいいといわれ、王都に出て来たんです」

「なるほどね」

「もしかして、これを消せる魔術師を知っていますか?」


「心当たりはあります。しかし残念だけど彼は平民の君には会うことはできないでしょう。ただ、方法はあります」

 平民ね。

 殴ってやりたい衝動に駆られるが、グッと我慢した。


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