4章 悪役令嬢と勇者 再会する

勇者12歳 魔術師マギを騙す

能ある転生者はチートを隠す

 魔法封じを解除しサスキ様の所で5年修行、俺はもうすぐ12歳になる。

 普通転生した時の修行ってチャチャッと終わるもんじゃないか?


 まじ本気だった。

 大人並みの修業を子供時代に済ませてしまったことはある意味、時間の節約になった気がするけど、なにせ、チート設定なのだ、人の倍努力すれば10倍くらいになって返ってくる。

「俺ってやっぱり無敵なんじゃないか」と天狗にならなかったのは、中身が分別ある日本人で、すでに社会人だったからだろう。

 調子に乗りそうなときは、結構真面目に『出る杭は打たれる』と唱えると不思議と客観的に自分を分析できた。


 しかし、弱点がないわけじゃない。

 いくらチート設定といっても、肉体は子供。魔法で強化しても限界がある。自分自身の魔力の多さに長時間、身体が耐えきれないのだ。だから去年まではビエラに魔力の一部を封じてもらっていた。


「ラキシス、街での暮らしはどうだ?」

「ボチボチだよ、最近は武器の手入れの後、稽古けいこをつけてもらえる様になったんだ」

 この一年、森を出て王都の治安兵の詰所つめしょで下働きをしている。



 ライナ王国は古くから、魔王を討伐して来た戦士の国だ。

 優秀な勇者と聖女が跡形もなく魔王を消し去っても、魔獣の襲撃が定期的に有り、数百年もすると新たな魔王が現れる。

 それに対抗するため、この国では常に城壁の補強と建設が行われていた。今は六の壁を建設中で、五の壁内には、国中から集まってきた作業員とその人たちを相手に商売しようとする人間、そして悪化する治安を維持する傭兵がおもに住んでいる。


 俺は、治安兵の宿舎近くに廃材で建てられた孤児専用の住宅で暮らしていた。

 孤児専用といえば、養護施設のようなものを思い浮かべるがそのような善意で建てられたものではない。路上生活の子供が増えれば、病気が蔓延まんえんするため、市民に広がらないための隔離だ。


 しかも、そこに住む代わりに、城壁作りや街の整備のさい、大人では入れないような狭い所に一番先に送り込まれる。そのため崩れ落ちた壁に生き埋めになることも珍しくない。

 それでも、食べ物がもらえて奴隷として売られたりしないだけましだ。

 どこの世界でも犠牲になるのは子供と貧しい人間。



「お前に稽古なんか必要ないだろ」

 すっかり街に溶け込んだ姿に、ビエラは市場で買ってきたたくさんの食料を手渡してくれる。


「ありがとう。でも、マギをあざむくためだし、案外楽しいよ」

 ずーっと放置されている俺でも、一般的に魔力封じの掛け直し時期とされる12歳と15歳にはマギも様子を見に来るのではと、サスキ様のアドバイスに従って1人王都で暮らしている。


「あー、ね。お前も物好きだな。身体強化ならともかくその逆をして鍛えるって、お前ってマゾなの?」

人聞ひとぎきの悪いこと言うなよ。11歳で大人顔負けのスピードと剣の腕前なんて目立つだろ。高所でマラソンの練習するのと同じ様なもん。通常の5分の1しか力が出ない様に調節してるんだ。賢いだろ」


「よくわからんが、目立たないで鍛錬たんれんできるならいいんじゃないか」

 魔術師であるビエラは剣術には興味がない。


「そんなことよりビエラの方こそ俺の周りウロチョロするなよ。マギに俺とつるんでるの見られたらまずいだろ」

「あ、それなら大丈夫。僕はこう見えてマギにみつかる様なヘボじゃないから」

 出会った頃は怪しいやつだと思っていたけれど、ビエラが一流なのはこの数年でわかっている。

 ただ、腕は確かだがどうも何を考えているのかわからない。

 王宮魔術師をやめたのは、権力には興味がないんだとか。


「わかってると思うけど、誕生日が1番マギがやってくる可能性大だから。身代わりに移してある魔法陣を、マギのつけた魔法陣に戻したほうがいいんじゃないか。手伝うか?」

「え、もしかして心配して来てくれた?」

 なんだかんだビエラは面倒見がいい。


「そんなわけないだろ」とポリポリ頬を掻く顔が照れている。

 本当は手伝いはいらないのだが、俺はビエラの気遣いが嬉しくて先輩面させてやることにした。

 転生しても日本人の空気を読む気遣いは忘れない。



「何で魔法陣の保管場所が教本なんだ?」

 5年前のあの日、マギに気づかれることなく魔法を使うには、魔力制御の魔法陣を貼り付けておく俺のが必要だった。それが教本だ。

 マギはいまだに自分の魔法陣が俺の手についていると思っている。


「まあ、木を隠すなら森っていうし、魔法陣を隠すなら魔法書がいいかなと思っただけ。あのままならサスキ様は猫とか豚に移すつもりだったみたいだったし、それはちょっと苦手で」

「じゃあやるか」

 その言葉に俺は自身でつけたマギをだますためのフェイクの魔法陣を消した。

 そして、教本の表紙にそっと手のひらをのせると、短く呪文を詠唱する。本当は詠唱は必要なかったのだが、魔法を詠唱なしで使うのもチートらしくて、何となく自慢している感じが嫌なので詠唱することにしている。


 部屋が明るければ多分見えないくらいの青白い光が浮かび上がると、それが消えた時には俺の腕にマギが施した魔法陣が現れた。


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