第25話 王子様の憂鬱

 俺はエルーダ ライナ。

 ライナ王国の第1王子だ。

 3つ下に腹違いの弟、ネロがいるがすでに隣国の王女と婚約がととのっている。


 成人すれば晴れて皇太子となるのは確実。

 雲一つない晴れわたった空のような人生が約束されている。

 気掛かりとしては、マリアンヌのことだけ。


 現国王の婚儀時、多くの貴族がのちの皇太子の花嫁にと、皆こぞって子供をもうけた。

 公爵家だけでも僕の花嫁候補になりそうな令嬢は5人、あの忌々いまいましいアリエルもその1人。侯爵家まで入れれば20人近くになるだろう。


 そんな中、伯爵令嬢であるマリアンヌが候補になるには、上級貴族も反対できない特別な理由がいる。


 例えば、ネロの母親のように聖女であるとか。


 マリアンヌはネロの母親の姪だ。

 彼女は幼い時から癒しの魔法が使えたそうで、聖女であるネロの母親のところにもよく遊びにきていた。

 花がほころぶように笑い、頬がピンク色に染まる姿はまるで天使。


 媚びるように歪んだ顔で笑う他の令嬢とは違う。



 もちろんマリアンヌの見た目だけを気に入ったわけじゃない。

 人見知りな性格も、でしゃばらなくて好感が持てるし、儚さの漂う雰囲気も守ってあげたくなる。

 10歳で聖女候補に選ばれたときには、誰もが認める婚約者になれると思ったのに……。

 チェンバロ家からの返事は思わしいものではなく、父王も妃の近しい家から王子の婚約者を出すのは乗り気ではない。


「せめて、お前の母カミラが生きていてくれたら」

 幼馴染だったという父と母は、政略結婚だったが、それは仲睦まじく、俺を産んで亡くなった後も、しばらくネロの母は側室のままだった。


「マリアンヌは立派な聖女になります。魔物の出現が増えていることを考えても、聖女を妃に迎えるのに問題ないはずです」

「それはそうだが、まだ素質があると魔力判定されただけでは無理だな。政治的にも婚約者には公爵家から選ぶのが順当だろう」

 側室になら問題ないと周りが思っていることも知っている。

 だが、愛するマリアンヌを側室なんかにするわけにはいかない。

 しかも、王妃候補があの意地悪と噂の絶えないアリエルなんて絶対にダメだ。


「父上。私は婚約者はマリアンヌがいいのです」

「エルーダ」

 俺の名前を呼ぶ父の声は、さっきまでと違いなんの感情も読み取れなかった。

 こんなふうに呼ぶ時は、父としてではなく王としての判断だということを知っている。


「魔物の活動が増えたことも重要だが、魔王が代替わりするのではという噂もある」

「代替わり?」

 それはいったい何だ?


「婚約者のことより、お前には学ばなければならないことがまだある」

 王は視線を執務机の書類に戻すと、もう何を聞いても答えてはくれそうに無くて、俺の気配さえシャットアウトしているようだった。


 ✳︎



 執務室から出て庭に降りると、ネロの母、現王妃のスレアがお茶をしていた。


「まあ、エルーダ様ごきげんよう。一緒にお茶をどうですか?」

 相変わらず、おっとりした口調で、俺を手招きする。



 素早く用意された席に座ると、スレア王妃は懐かしい人を見るように目を細めた。


「私の青い瞳を見ると母を思い出しますか?」

「ええ、殿下。最近は困った時に目尻が下がるところまでカミラ様にそっくりです。もしかして、何かお困りごとがおありですか?」

 さすが母カミラの侍女を長年務めたことはある。

 細やかな気遣いのできる人で、母を亡くした俺に寂しい思いをさせないように、自分の息子ネロよりかわいがってくれたのだ。


「いや、たいしたことじゃないです。それより今日はお一人ですか?」

「ええ、最近マリアンヌは忙しそうで……」

 そこまで言って、スレアは「ふふふ」と上品な口元に笑いをこぼした。


 お見通しだな。

 恥ずかしさで俯くとスレアの白くて細い指が俺の握りしめた手にふれる。


「喧嘩しましたか?」

「いや、そうではないが、怒らせたかも」

「まあ、マリアンヌが殿下に怒ったのですか?」

 やはり、スレアからでもマリアンヌが怒る姿など想像できないのだろう。

「理由をお聞きしても?」と心配そうに首をかしげる。


「……アリエル嬢を突き飛ばしてしまった」

 だいぶん説明をはぶいたが、スレアはそれだけで理解したようだった。

 もしかしたら、マリアンヌとアリエルがお茶会を開くことを聞いていたのかもしれない。


「殿下、女の子は友人同士の結束がとても強いのです」

「友人? あの魔女とか? 絶対に騙されているに違いないのに……」

 俺の手を握りしめていた手を放し、スレアは人差し指を口に当てる。

 それ以上はいってはいけないという意味だ。


 わかってる。

 公爵令嬢に向かって魔女と言えば、先日ユーリが言ったように王家との間に亀裂が入ってもおかしくない。

 でも、どうしてもあの花園に入ったアリエルを許すことができない。

 それが焼きもちでもだ。


「殿下はアリエル嬢とじっくりお話されたことはおありですか?」

 ため息とともにスレアが俺に聞く。


「あんなわがままな女としゃべる価値はない」

「なぜわがままだと? きちんとお話ししたことはないのですよね」

「しゃべったことならある。誕生日でのダンスのとき俺に結婚しようと言ってきた」

 今思い出しても腹が立つ。


「あの日はマリアンヌの大事な日だったのに」

「ああ、そのお話ならお聞きしました。マリアンヌが聖女候補になった日ですね。ですがアリエル嬢にとっても大事な日でした。しかも、あの日が初めてのダンスだったそうです」

 ちょっと咎めるようにスレアが、俺を見つめて一口紅茶を飲んだ。


「わたくしも、初めて陛下とのダンスでは2度も足を踏んでしまいました」

 悪戯を告白するように、スレアは恥ずかし気に頬を染めた。ストレートの金髪がさらさらと風になびいて彼女の美しさをいっそう引き立てている。

 完璧だと思っていた彼女も、緊張することがあるんだな。


「初めてのダンスに、あこがれの人からもう2度と顔をみたくないと言われたら、とても悲しかったと思いますわ」

 スレアの口調は責めるものではなかったが、心に突き刺さるものだった。


「チェンバロ家で会ったアリエル嬢は、本当に魔女のようでしたか?」

 それは……違う。

 俺の言葉に、声も出せずに怯えていた。


 だが、あれが演技ではないとどうして言えるんだ?

 そう、反論したかったが言葉にはならなかった。

 俺はアリエルのうわさだけしか知らない。


「エルーダ様。今度皆を招待してお茶会を開きましょう」

 優しくスレアがほほ笑んだ。



 3章 了




 次回4章でアリエルと勇者が再会します。

 伏線回収していくのでお楽しみに。


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