第8話 悪役令嬢の弟が激甘です
「お姉さま。本当に怒ってません」
「なんで? 私はあなたの幸せを妬んでいたのに」
私はおそるおそる顔を上げてユーリの顔を見た。
「怒るというより、ずっと寂しかったです。でもそれは僕が選んだことだから」
?
「覚えていないかもしれませんが、姉様が領地に向かう前、家族一緒に暮らすため、魔法陣の解除を止めて欲しいと、僕を説得しに来たんです」
説得?
そんなこと……。
あッ!
アリエルの中にぼんやりと、ユーリを罵倒した記憶が残ている。
説得というより、どちらかと言えば脅迫に近い。
「そのとき僕は意地悪をした。一緒に暮らしたいならお姉さまも魔法陣を解いてもらい僕と魔力制御の練習をしようと、家族がバラバラになるのは魔力封じを解くことができないお姉さまのせいだと……」
「そんなこと言われたっけ?」
「はい、たぶん僕は最後の最後に、自分の出した決断に後悔していた。泣いて行きたくないとお父様にすがるお姉さまに申し訳なくて。自分の責任じゃないことにしたかったんだと思います」
「しょうがないよ。ユーリだって子供だったんだから。姉である私がもっと早く気づいてあげればよかった。そうとも知らずに私はたまに会えば、怒って意地悪ばかりしていた」
「いいえ、意地悪してたのは僕です」
ユーリは潤んだ瞳で私の手をそっと握りしめた。
その手がかすかに震えている。
「お姉さまがこちらに来ているのを知っていて、庭で魔法の練習をしたり、行きたくもないのに王城に出入りして見せつけたかったんです」
「そうなの?」
「そうです。僕を見て欲しくて……でも、お姉さまが高熱のせいでもう目を覚まさないかもしれないとお医者様に言われたとき、凄く凄く後悔しました。このまま意地を張り仲直りできなかったらどうしようかと」
最後の言葉は消え入りそうなくらい小さかった。
「私達って随分
わざと明るく言ったのに、ポロリと、涙が頬を伝いユーリの手に落ちた。
「お姉さま……」
動揺した声で、私を呼んでおろおろと涙をぬぐってくれる。
この手をもう一度とることができて本当によかった。
アリエルだけが辛くさびしかったわけじゃない。ユーリも家族がバラバラになるのは自分のせいだと辛かったのだ。お互い子供過ぎてすれ違ってしまったけれど、これからは間違わないようにしなくては。後悔とそれ以上に暖かな気持ちが胸に広がっていき、私は涙を止めることができなかった。
泣き止まない私を前に、困ったようにそっと抱きしめて背中をさすってくれる。
「お願いです。泣き止んでください。お姉さまに泣かれたらどうしたらいいかわかりません。何でも言う事を聞きますから」
「フフフ……そんなこと簡単に言うものじゃないわ。私とんでもないこと言いだすわよ」
「いいですよ」
「じゃあ、これから先何があっても私の味方でいてね」
「もちろんです」
よし、攻略対象の味方ゲット。
「仲直りできてよかった」
「はい」
「私が泣いたのはお父様には黙っていて」
「はい」
「じゃあ、私達仲直りね。もしもこれから喧嘩することがあっても、絶対にユーリが謝ってちょうだい」
「え? それはちょっと……」
「残念、引っ掛からなかったか」
くすくすと笑う私の頬をユーリは優しくつまむと「困ったお姉さまですね。わかりました。喧嘩した時は僕から謝ります」とはにかんで笑った。
私の弟が激甘だ。
「ところでユーリは剣術は嫌いだったわよね」
昔からピーピー泣きながら訓練していた。
「王子の従者になる為には必須だからだと思っていたけれど、振りだけならそれも必要ないんじゃないの? そもそも従者になる振りは本当に必要?」
「そうですね。殿下がまだ幼いので
「私が婚約者になる可能性が低い今、将来の公爵まで王家から距離を置くことは忠誠を疑われかねないってことね」
「いくら王家に反旗の意はないといっても、ないところに煙が立つのが王宮ですから」
ただでさえ、公爵家の事業は国全土に行きわたっており、資金力も膨大だ。実は商会で抱える護衛も精鋭ぞろいとされ、ひそかに警戒の対象になっているのだろう。
「苦手だけど、魔力の制御には役に立つんですよ。合わせて使うと威力も増すし、そのくせ魔力消費も少ない。それに僕がどのくらい魔力を使えるかってことは出来るだけ隠しておきたいので」
そうか、そうよね。
この年で剣と魔力を合わせて使えるなんてわかったら、手に入れようとする人間が群がってきてもおかしくない。
「ごめんなさいね。役立たずな姉で」
「お姉さまが役立たずなはずがないでしょ。いるだけでこんなに家族が幸せになるのに」
「ユーリ。あなたいつの間にそんなセリフ言えるようになったの?」
「本心ですよ。お姉さまが笑っていてくれると、公爵家が優しい空気になるのは事実です」
これから起こる悲劇を回避するためにも大幅なシナリオ変更は避けたい、でもユーリとは絶対に争いたくない。多少ストーリーから離れても家族を守れるくらい強くならなくては。
「お嬢様」
ユーリの背中を見送っていると、護衛のスティーブが私の横に来て庭の入り口を見た。
「あれは……大丈夫よ。後ろに下がっていて」
こちらに歩いてくる少年は、見知った人物だった。
なんだか面倒なことになりそう。
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