第7話 悪役令嬢、弟に心を射抜かれる

「僕は王子の従者にはならないですよ」

「なんで? そのために今まで頑張って来たんでしょ」

「もともと、興味がないし将来お姉さまがお妃になるなら側で支えてあげられるように王宮勤務したかったけど、お姉さまにその気がないみたいだから僕も無理に側近になる必要ないですよね」

 なんて、姉想いのことを言うのだろうか。


 ずっと意地悪されていたにもかかわらず、私のために側近になろうと考えていたなんて。

 こんな優しい子が、私のせいで姉を断罪しなくちゃならなかったなんて、本当に前世を思い出してよかったわ。


「じゃあ、ユーリは何か別にやりたいことがあるの?」

「僕はお父様の仕事を手伝って外交と貿易をしたかったんだ」

「そうなの?」

 公爵家は王都でもかなり大きな商会を経営しており、外交官である父の代では海外との商談も多い。

 ユーリには好きなことをしてほしいけど、側近になり情報を流してもらう以上にシナリオが変わってしまうのも気になる。

 何といってもユーリは攻略対象なのだ、早い段階での変化がこの先どう影響するかわからない。


「お姉さま。何か心配事があるのかもしれませんが、大丈夫です。何があっても僕が幸せにしますから」

 ギュッとまわされていた手がいつの間にか頬に当てられ、上目遣いで私を覗き込んでくる。

 うっ、まるでプロポーズみたいなセリフじゃない。心臓が爆死する。


「ユーリ、お茶が飲めないわ」

 絞り出すようにやっと言えば、ユーリが手を離しティーカップを差し出してくれた。

 それを受け取りいっきに飲み干す。

 フー。落ち着け私、相手は9歳。他意はない。


「ユーリ、そういう事は軽々しく言うセリフじゃないのよ。将来あなたの愛する人に言いなさい」

 そう、決して悪役令嬢に言うセリフじゃない。


「今、愛する人に言ってはいけないのですか?」

 こてッと首を傾ける姿があざとい。絶対悪気あるでしょ。

 みなさいよ。そこらじゅうでメイドが萌え死にしそうじゃない。

 それを直視しちゃったわ。


 私は、熱くなる頬に両手を当てて、ブンブン首を左右に振った。


「フフ、今日はこのくらいで許してあげましょう。僕はこれからお姉さまを守れるように剣術の練習に行ってきますね」

 わなわなと震える私から離れ悪戯っぽく笑った。

 そしてすっと立ちあがり私の手をとると、そこにある魔法陣をジッと見つめる。


「学院を卒業するまでは、従者候補として頑張っているふりをしますから安心してください」

 固く結ばれた口元にはもう笑みがなくどこか寂しげだ。

 不安が心をよぎる。


「ユーリ、私のために無理しなくていいのよ」

「姉さまだけの為じゃありませんから気にしないでください。公爵家にとって必要な事でもありますから」


 その言葉に、ズキンと胸が痛む。


 ユーリは本当に私を許してくれたのだろうか?

 優しさを疑いたくないけれど、姉だから。家族だから優しくしてくれているだけで、本当は心の奥底では許してくれていないのかもしれない。


 歩き去っていくユーリの背中がやけに小さくて、「ユーリ」と大声で呼んで駆け寄った。


「どうしたんですか?」

 不思議そうに振り返るユーリに、腰に手を当て胸を張って睨んでやった。


「あなた、いい子ちゃん過ぎ。本当は私に無視されて悲しかったでしょ。意地悪されて腹がたったんでしょ。お父様は忙しくて家にはあまり帰れなかったはずだもの、お母様が私と領地にいる時は一人ぼっちだったのはユーリじゃない。それなのに、私が謝ったらすぐ許してくれて……しかも、やりたくもない従者候補のふりまでするなんて、どこまでお人よしなのよ」

 私が、いっきにまくしたてるのをユーリは呆然と聞いていた。


「さあ、私に言いたいこととか怒ってることがあれば、この際、遠慮しないで全部言ってしまいなさい」

 そう私はユーリのお姉さんなんだ、一方的に許されるだけじゃ駄目だ。やったことを無かったことにして、年下のユーリに甘えるなんて以前のアリエルとちっとも変わらない。


「本当に何も怒っていませんよ」

 さわやかに答えるユーリに、ズン、と一歩近づき距離を詰める。

 ふん、1歳年下のユーリとは頭一つ分くらい私の方が背が高い。

 そして、逃げられないうちに両手でギュッと両方の頬をつまむ。


「うそをつく悪いお口はこれね」

ほねいはまおねいさまひったひはにをいったいなにを

 いつの間にか戻ってきたアロマがおろおろとしているが無視だ。


「私、知ってるのよ。毎年お母様が領地に戻るとき一緒について行っていいか聞いていたこと」

 幼い子供が、母親と離れることがどんなに辛い事なのか私が一番よく知っている。


 それだけじゃない。


「アロマもスティーブも、もともとあなたの侍女と護衛だったこと。知っててお父様に私付きになるようお願いしたの」

 最後の方は声が震えた。

 どうしても、ユーリが許せなかったのだ。

 公爵家の跡取りとして魔力を操り、当然のように王都にいることを許されているユーリが。

 だから、少しでも奪ってやりたかった。


 一瞬ユーリが目を見開いたが、すぐに悲しそうな瞳で黙り込み、私の手をそっと頬から外した。

 今度こそ罵倒が飛んでくるかな。と覚悟を決めて私は目をつぶる。




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