第76話 魔王討伐は必要か

「魔王討伐……」

 ラキシスから不吉な言葉が出る。


 そんな気がしていたが、実際にゲーム通り魔王討伐に行かなければならないなんてシナリオからは逃げられないということだろう。

 ズン、と気持ちが沈んでいくが、一方でこれを乗り越えたら悪夢から逃れられる期待もある。


「あ、勘違いするな。今のところ討伐隊に俺の名前はない」

「そうなの?」

「今回ばかりは国王も国軍の出兵を決断するしかないんだろう」

 国軍が? って勝てる気がしないんだけど。


「ゲームでは国軍の出兵なんて選択は無かったわよね」

 王都の兵はもちろん、辺境を守る国軍も貴族の私兵すら派遣される選択肢はない。

 乙女ゲームでは魔王討伐に向かうのは、勇者か冒険者と相場は決まっているからなのか?


「国を守るためなのにきちんと訓練された国軍が出ないで、剣術大会で勇者を決めるなんて考えたら変よね」

「じゃあなんで、今回は国軍なの?」

 私の言葉にマリーが首を傾げる。


「今回はエルドラ家とフェノール家の二大公爵に真相を詰め寄られているからな。うやむやにできない上、王宮魔術師の失態もある。国王としては信頼を回復するために最大限の努力をアピールしたいんだろう」

「お父様が?」

「ああ、王家の対応次第では宰相の職を辞す勢いだったみたいだぞ」

 なんでラキシスがそんなんことを知っているのかと思ったが、サスキ様の弟子でユーリとも情報交換しているものね。


「ちなみにユーリは全てのエルドラ家の事業をこの国から引き上げると脅したらしい」

 それはまた……ライナ王国の貿易取引20%をうちの商会で占めていることを考えれば、立派な脅しだ。


 軽い頭痛がして、額に手を当てると温室の入り口からにこやかに手を振るユーリと苦虫を潰したような顔のクリスが入ってきた。


「噂をすれば影ね」





「姉さま」

「ユーリもクリスも心配したわ」

 当然のようにユーリは私の横に座り、クリスはちょっと迷ってからマリーの横に遠慮がちに腰掛けた。

 改めて正面からクリスを見ると、目の下にクマができている。


「クリス、ロザリン嬢の様子はどう?」

「ベッドの上ですが、やっと起き上がれるようになった」

「そう」

 クリスの表情は浮かないままだが、私はちょっと安心した。



「ロザリンの体内には魔力を溜めておくことができない状態で、一時は一生寝たきりになるのではと診断されたけど、一部は取り戻すことができたんだ」

 マギを尋問し祝福の魔法陣を解読したのはクリスだと聞く。それでも、本来の魔力量の半分以下なのだそうだ。

 今にも泣きそうなクリスの目には怒りが滲んでいる。


「地下の魔法陣の調査はどうなったの?」

「王宮魔術師と神官以外の人間で調査することになって、僕はグランディス先生の推薦で参加できたんだ」

「ちなみに、エルドラ家を代表して僕が、フェノール家からはアンガス様が参加した」

「何かわかった?」

「今日は魔法には無縁な人間もいたから、ただの見学みたいなもん。あとでもう一度ラキシスと一緒に行ってくるよ」

「私たちも行くわ」

 ユーリの言葉に、マリーが手を挙げる。


「マリー……どうしてもいくの?」

「もちろんよ。私はヒロインとして力を使うのはごめんだけど、友人を見捨てる気はないの。アリエルのためなら戦う覚悟があるわ」

 なにも心配ないという笑顔でマリーは私を見つめた。


「マリー、ありがとう」

「お礼なんていらない。私がもう少し積極的にこの世界に関わっていたら、聖女候補の魔力減少にもっと早く気づいていたかもしれないもの」

 マリーが聖女にならないと宣言しても、罪悪感を持っていることは知っていた。だから、魔力減少調査の時も話だけ聞いて直接手伝ってはもらわなかったのだ。

 マリーのせいなんかではない。




「それはどういう意味?」

 クリスが訝しげにマリーを睨みつける。


 あ、そっか。クリスもユーリもマリーが本当の聖女であることを知らないんだった。


「クリス落ちついて……」

「いいのアリエル。一緒に行動するなら黙ってはいられないでしょ」

「そうだけど、マリーは全く悪くないから」

「うん、わかってる。クリスくん、私は聖女の力が足りなくて聖女候補から外れたわけじゃないの」

「ロザリンのように、身体が弱いとか?」

「いいえ、聖女になりたくなかったの……聖女の義務を押し付けられたくなかった」

「……」

「軽蔑した?」

 マリーの声が緊張を含んでいる。


 現代の日本なら、ただ盲目的に奉仕を義務付ける聖女の存在になりたくないというのは理解できるかも知れないが、この世界において聖女の義務を放棄することは許されることとは思えない。


 ユーリも驚いていたが、「理解はできます」と答えた。


「この国の王族も教会もイカれてるからな」

 ラキシスが皮肉を込めて笑う。


「そうだね。この国で聖女の力を持っていたからロザリンは死にそうになった」

「クリス、このことは誰にも言わないでほしいの。マリーの力が公になれば政治的にも利用されるし、この国に縛り付けられる」

「わかった。でも、一つだけ聞いてもいい?」

「答えられることなら」

「マリアンヌ様はエルーダ様の仲間なの?」

 クリスがどういった意味で質問しているのかわからなかったけれど、エルーダ様を疑っていることは確かだ。


「聖女候補の誘拐や聖女の力を奪っていたことをエルーダ様は知っていたんじゃないかと思うんだ」

「まさか……」

「そうかもな」

「そうかもね」

 私はクリスの疑いに驚いたけれど、ラキシスとユーリは二人して同意する。


 え?

 エルーダ様が裏切り者?

 彼はいちおう攻略対象なんだけど。


「エルーダ様の幼馴染として言わせてもらうと、今回のことを仮に知っていたとしても彼に悪気はないと思う」

「マリー、それは庇ってないよね?」

「うん、彼は昔から良くも悪くも王子様だから……」

「偽善者ってこと?」

「偽善者とはちょっと違うわね。高貴な血を守ることが国を守ることだと本気で思っているのよ」

「その高貴な血に、俺は入っていないがな」

 ぼそっとラキシスが呟くが、そこを拾うとまたクリスに突っ込まれそうなので、スルーしよう。


「結局エルーダ様は裏切り者なの?」

「たぶんね」

「どうして?」

「ロザリンが誘拐されたのはエルーダ様との顔合わせの後だったし、フェリシア様もエルーダ様との話し合いの後にいなくなった」

「それだけ?」

 疑う理由としては弱いような。


「マギはエルーダ様の魔術の先生でよくここの執務室にも訪ねてきていたんだ。地下につながる通路を知らないはずがない」


「一理あるな」

 ユーリが頷く。


「あなた、仮にもエルーダ様の側近でしょ。少しは擁護しなさい」

「候補だから……しかも姉さまのためだし」

 まったくこの子は。


「アリエルも油断しないように」

 何気にラキシスが念を押してくる。


「あ!!」

「急に叫ばないで」

 横にいたユーリが珍しく驚いたように大声を出した。


「べつに」

「べつにって、何よ」

「いつの間にか、呼び捨てなんだね」

 ふふふ、と意味ありげに笑いを抑えて私の耳元で囁く。


「深い意味なんかないから……友人としてよ」

 小声で言い返したのに、ユーリのニヤニヤが止まらない。

 この空気はダメなやつだわ。


「そうだ。私、思いついたことがあるんだけど」

 話を逸らすためには苦しい流れだったが、ごまかされてちょうだい。



「魔王討伐って、本当に必要かな?」

「「「「は?」」」」


「何を言い出す?」

 ラキシスが皆の代表だというような顔で聞いてくる。


「うん、さっきも言ったけどこの国で魔王討伐は国軍を出兵する事例じゃないってことだよね」

「そうだな」

「今回は公爵家や他の貴族に向けてのアピールにすぎない」

「そうね」

 マリーも相槌を打ってくれる。



「つまり、これみよがしに建設され続けている城壁と同じ」

 ユーリがわかったとばかりに言う。


「そう、王家は魔王がこの国に攻めてくるなんて思っていないの」

 全て、「やってます」っていうアリバイに過ぎない。


「まさか」

 この世界の人間なら大半の人が疑問にすら思わないかもしれない。

 師匠に裏切られたクリスでさえも、半信半疑だ。


「クリス、考えてみてこの城が建てられてから300年、魔族が攻めてきたことがある? 王宮魔術師たちが討伐に行ったことはある?」

「それはないかも……」

「そうでしょ。オレオレ詐欺じゃなくて、来るぞ来るぞ詐欺ね」

 胸を張っていったのに、クリスは首を傾げる。


「とにかく、攻めてくる確率が低い相手にこちらから出向くのは、寝てる子を起こすのと一緒じゃないかしら」

「いやいやいや、仮にそうだったとしても、今は状況が違うでしょ。地下には魔王の一部が封印されているって話で、結界を維持するための祝福も中断してるんだから」

 クリスが首を横に思いっきり振りながら否定した。


 まあ、それも一理ある。


「やっぱり、早急に地下を調べる必要があるわね」

 マリーの一言に、一同頷く。


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