第77話 聖女

「クリスどう?」

 誘拐事件から10日後。

 ようやっと学院に姿を現したエルーダ様に許可を得て私たちは、聖女ラナの眠る地下にやってきた。

 クリスと2人で来たときはマギと神官が作り出した大きな魔法陣から魔力が溢れ出ていたが、今日は冷たい石畳の床が広がり静寂が漂っている。


「聖女ラナの魔力はかすかに感じるけど、それ以外はわからないな」

「ラキシスは何か感じる?」

 クリスは床や壁に手をあて魔王の気配を見つけ出そうとしたが、それらしいものは感じないようで、同じように当たりを見回しているラキシスに聞いた。


「何かあるな。聖女の結界のずっと下に……」

「やはり魔王なの?」

「神官も証言したんだから、そうなんだろう」

 古城でラキシスが桁外れの魔力持ちだということがばれてしまってから、クリスのラキシスへの態度が尊敬へと変わったようだった。


「もしも、聖女ラナの結界が破られたら魔王は王国を滅ぼしにくるかしら?」

「それはどうだろう。俺にはこの下にいるものが結界を破ろうとしているようには感じない」

「ラキシスに同感ね」

 それまで、身動きせずにじっと黙っていたマリーが聖女ラナの棺にそっと手を乗せた。


「この下にいるものは、眠っているように静かだわ」

 そんなこともわかるのかと感心していると、珍しく無口だったエルーダ様がマリーまで駆け寄り棺に置かれた手を力強く握る。


「マリアンヌ、やっぱり君には聖女の力があるんだね」

「そうです」

「じゃあ、なぜ?」

 責めるよなエルーダ様の口調にもマリーは目を逸らすことなく睨み返す。


「聖女として教会や王族に縛られるのが嫌だからです」

「そんなこと……」

 エルーダ様は言葉を詰まらせる。

 実際、聖女に認定されれば、自由などどこにもないことは事実だが、それ以上にエルーダ様との婚約を拒否したのと同じだ。


 もどかしそうに言葉を探すエルーダ様に、マリーは追い打ちをかける。


「エルーダ様は私が聖女だと認められれば、婚約者になれるといつもおっしゃっていましたが、一度も私の気持ちを聞いてくれたことはありません」

「それは……今、努力している」

 エルーダ様は胸を張り、私の方を見て賛同してくれとうったえてきた。


 確かに。

 エルーダ様には友達認定された上に「相手の気持ちを想像する練習」に付き合わされていたが、ここで私を巻き込まないでほしい。


「マリー、エルーダ様の言葉は本当よ。少しずつ練習しているところ」

「そうですか。では私の気持ちをくんで、これから先、私がすることは誰にも報告しないでいただけますね」

「もちろんだ」

「言質とりましたから」

 即答するエルーダ様にマリーは満足そうに頷くと、握りしめられている手をさっと引き、今度は両手で棺に触れた。


 なんとも神秘的な空気が地下いっぱいに広がったと思うと、マリーの体がうっすらと金色に光る。


「マリアンヌ! よせ」

 すぐ横のエルーダ様が棺から引き離そうを手を伸ばすが、クリスが慌ててそれを止めた。


「これは聖女ラナ様と同じ魔力……邪魔しちゃだめだ」

「だが、このままではマリアンヌの魔力が吸い取られてしまう」

「心配いらないから。結界を強化してあげたわよ」

 片手で、ガッツポーズをしながらマリーはカラカラと笑う。


「すごい……たった一人でこんなに完璧だなんて」

 クリスが目を丸くして感心するように手を叩いた。


「これで、聖女候補の魔力を奪う必要はないよ」

「ありえない。マリアンヌ様は聖女候補というより聖女の生まれ変わり?」

「そんなのどうだっていいでしょ。ここで見たことは内緒なんだから」

「内緒って……」

「そのうち、ロザリンに魔力を分けてあげてもいいわ」

 なおも食い下がるクリスに、マリーは腕を組み圧をかける。


「ここで、僕は何も見てない」

「よろしい」

 クリスのあまりにもわかりやすい変わり身に、マリーも満足げに頷く。

 その横で、エルーダ様だけは少し不満そうにしているが、口を挟んだりはしなかった。


 ✳︎


「他に何か感じるか?」

「うーん、そうね。結界を強化しても全く抵抗はなかった」

「そうか、やっぱりここに閉じ込められている魔王の一部は結界を壊そうとはしてないってことだな」

「あんなに恐れられていた魔王だが、力はそれほど残っていないということか?」

 ラキシスの言葉に、エルーダ様がマリーに確認する。


「エルーダ様。疑問に思うのは当然ですが、この下に眠っているものは国軍全ての力を持ってしても消滅させることはできないでしょう」

「それほどにか?」

「そうです。だから、長年マギや教会が聖女候補の魔力を詐取し続けていたでしょう」

「そうだったな」

「エルーダ様も、知っていたんですね」

「な、なんでそう思うんだ?」

「だって、さっき私を止めたでしょう。マギが他人の魔力を奪い結界を強化するのを知っていた」

「……ああ、何度か祝福を見たことがある。だが彼女たちの同意がなかっただなんて知らなかった」

「知らなかったですむとでも!」

 クリスがエルーダ様の胸ぐらを掴んで怒鳴った。


「ロザリンが行方不明になってどんなに心配したか!」

 いくらロザリンのこととはいえ、これはやりすぎ。

 その場で切られても文句は言えないほど不敬だ。

 クリスを止めなくちゃと、思うけれどクリスの怒りがわかりすぎる。


 当のエルーダ様も、クリスの腕を払うことなく黙り込んでいた。



「その辺にしておけ」

 ラキシスが片手でひょいと、エルーダ様からクリスを引き離す。


「この下にあるものの存在は知らなかったんでしょう?」

「もちろん、あれが聖女の仕事だと思っていたし、魔力はきちんと回復すると思っていた。まさか、誘拐だったなんて……」


 すまなそうに、クリスを見つめるエルーダ様に嘘はない。


「多分、マリー以外の聖女候補のことに興味などなかったんですね」

「そうだ」

 私の言葉が助け舟だと勘違いしたのか、エルーダ様はほっと息をつく。


 残念ですが、助け舟じゃないですよ。


「エルーダ様。友人として言わせて貰えば、知らなかったなんて、なんの言い訳にもなりませんから、全然ダメです」

「そうね。エルーダ様。仮にもこの国の王子として、マギのことも祝福のこともちょっと疑問に思うだけで気づけたことでは?」

 マリーがものすごく怒った顔で説教モードに突入する。


「国民に寄り添えない王族にはがっかりです。周りが見えなくなり、思い込みの激しいところ、人の気持ちに鈍感なところが大嫌いです」

「大嫌い……」

 可哀想なくらい真っ青な顔で、エルーダ様が力無くよろけた。


 ちょっと言い過ぎのような気もするけど、なんとなくマリーの言葉には愛があるような気がした。

 下手をすれば罰せられるのに、あえて厳しい現実を突きつけるのは中途半端に友達認定された私では無理だ。



「ですが、まだ遅くはないと思います。婚約者としては無理ですがアリエル同様、友人としてなら私もお力になれますわ」

 マリーが、なんだかすごく悪い笑みでエルーダ様の手を握った。


「マリアンヌ、ありがとう」

「ええ、エルーダ様。これからは皆で力を合わせて魔王をどうするか考えましょう」


 ん?

 愛はあるよね。









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