第78話 兄弟
「今日は月がやけに大きいな……」
確か前世ではスーパームーって呼んで、みんなスマホ片手に空を見上げていたっけ。
月が地球に最も接近するからだと聞いたことあるが、果たしてこの世界でもそれが理由なのかは疑問だ。
「……」
ファンタジーの世界じゃ天文学なんて関係なさそうだし、月が輝くのに理由なんていらない。
でかい月の横に、青白く輝く城は現実のものとは思えないほど美しい。
「まるでゲームのオープニング画面だな」
自分でつぶやいた言葉に笑いが込み上げてくる。
感傷なんて気持ちはないと思っていたけれど、少しは緊張しているらしい。
さっさと嫌なことは済ませよう。
俺はこの国の王子、エルーダの部屋のベランダに転移した。
無防備に開け放たれたガラス扉の中を窺う。
シフォンカーテンが揺れ、月明かりが部屋の奥まで差し込んで壁にかけられた風景画をくっきりと浮かび上がらせていた。
身を隠すこともせずに堂々と中に入り、ソファーの上で書類に埋もれながら居眠りしている人物の前にたつ。
長いまつ毛が頬に影を落とし、よく見ると目元にはうっすらとくまが滲んでいる。
こんなにそばに近づいても起きないなんて、相当疲れが溜まっているらしい。
よく手入れされた、サラサラの金髪。整った顔立ちにツヤツヤの唇。上質なフリルいっぱいのシャツにきめ細かな刺繍を施したジャケット。胸には本物か疑いたくなるような大きな宝石。
童話の中の王子様を絵に描いたような存在だな。
繁々と眺めていると、ようやっと目の前の人物の目が開いた。
「!」
大きく見開かれた瞳と目が合う。
「なっ、ラキシスどうしてお前が!」
エルーダはソファーに沈んでいた身を起こし、大声で叫んだ。
「不合格、俺が刺客だったら死んでたな」
腕組みをして見下ろせば、キョロキョロと辺りを見渡す。
おそらく剣を探しているのだろうけど、今さらその行為は意味を持たない。
「誰か!」
扉の向こうの護衛に声をかけるが、誰一人入ってはこないのをみて不安げに俺に視線を戻した。
「もしかして殺したのか」
緊張で声が固かったが、確信はないようだ。
もちろん殺してなんかいないけど否定はしないでおく。
俺への認識ってそんななんだ。
「この部屋には結界を張ってあるから、誰も入っては来れない」
「何が目的だ?」
「そうだな。ちょっと頼みがあって」
「金か?」
躊躇いもなく、そう聞くエルーダにはまったく悪気は感じられない。
それでも、気分が悪い。
俺のこと、父親から聞いてないのか?
まさか、真実を聞いていてこの反応?
「俺のことはどこまで知ってる?」
「母の実家、ジェノス伯爵家の血筋だったが幼い頃に誘拐され行方不明になっていた」
「なるほど、今になっても真実を教えてもらってないのか……いや、初めから明かす気はないんだな」
あのたぬきジジイ。
この国の未来の先導者より、
「国王の言葉が真実ではないと?」
「都合のいい真実でいいなら、信じればいい」
「……」
「エルーダ様には俺が誰に見える?」
別に真実を明らかにしてほしいなんて思っていなかったが、何事もなかったように目を逸されるのは腹が立つ。
なんか、寝た子が起きちゃった的な。
少しは誠意を見せてくれていたら、利害が一致している分には思い通り、駒として動いてやったのに。
あの
「肖像画の母に似ている……でもその髪色は珍しい……」
戸惑いながら答えるエルーダは水色の髪色に目を向けて首を捻った。
この世界の産みの母親なんて興味はなかったが、思いのほか懐かしげな視線にちょっとだけ惑う。
まあ、こいつも幼いときに母親を亡くしているからな。「金か」発言は大目にみてやろう。
「その髪色は王家に受け継がれるものじゃないか? しかもその藤色の瞳……先王と同じ」
「そう、この髪色が珍しいのは知ってたけど、まさか王家の色だとはな」
この世界、色々な髪色がいるから気にしていなかった。
しかし、さすがファンタジーである。髪色で血筋が特定できるなんて非科学的だ。
「まさか、母が不貞を?」
「は? お前何言ってるんだ? 死んだ母親を疑うだなんて馬鹿か」
どこをどう解釈したらそうなるのかわからないが、心底呆れて思わず蹴り倒しそうになる。
我慢したのを褒めて欲しい。
「よく聞け、俺とお前は双子だ」
✳︎
「嘘だ」
しばし思考が停止した後、エルーダはようやっと言葉を絞り出した。
「こんなこと嘘ついてどうする」
「双子なのに、同じ顔じゃないだろ。まあ、多少は似てるかもしれないけど」
「二卵性なんだろ」
「ニランセイ?」
ああ、この世界に二卵性なんて言葉はないのか。
「そっくりの双子もいれば、多少似てるだけという双子もいる」
「そうなのか? 双子なんて話でしか聞いたことないから」
そういえば、この世界、双子は忌み嫌われる存在だからな。殺さないまでも片方は遠くに里子に出されるのが常識だ。
「その話が本当だとして、なぜ君は平民なんだ?」
あり得ないと、エルーダの瞳は言っている。
「俺は養子ではなく、始末されるはずだったからな。それをマギが俺の魔力欲しさに施設に預けた」
「どうしてそんな……なぜ君の方なんだ?」
焦点の合わない目でエルーダは黙り込んだ。
何を考えているのか、言わなくてもわかる。
はっきりと王家の色をした俺ではなく、なぜ自分を残したのか。
国王本人に聞かないとわからないが、どうせろくな理由じゃないだろう。
話がそれ過ぎたな。
「そんなことを言いにきたわけじゃなかったのに、つい話が脱線した」
「頼み事だったね」
感情のない声で、エルーダは続けた。
ある意味、王族らしいくなく率直に。
「王位継承権が欲しいの?」
「ふっ、まさかそんなもの欲しくない」
本心から言ったのに、エルーダは顔色を変えて「じゃあなんだ!」と怒鳴った。
うーん、ちょっと軽率に話し過ぎたかもな。
自分ではなかったっという安堵と、幸せを独り占めしたという罪悪感。不安な感情が怒りに変わったのか。
お坊ちゃんにはもっと気を使うんだった。
「落ち着け。考えてみろ。欲しいと思えるほどいい国じゃないだろ」
「なっ! 貴様!」
そう叫ぶと、エルルーダは殴りかかってきた。
あれ?
間違った?
素直な感想なのに。
軽く避けて、手を後ろに捻り押さえつける。
「なんで、怒るのか知らんけど、俺にとってこの国は魅力的じゃない。奴隷にされそうになるし、貴族は威張り散らしてる。毎日食べるのもやっとの子供達を危険な場所でこき使い、冬になれば飢えと寒さで大勢死ぬ。そんな国が欲しいか?」
「知ったこと言うな!」
「知らないのはお前だろ。平民は人間じゃない。貴族と王族だけが人間で尊い青い血が流れているって本気で思ってるんだから」
「それは……今は違う」
なぜか、さっきまでの勢いがなくなり、シュンと俯いてしまう。
「僕は変わろうと思っている。マリアンヌに嫌いと言われないように。いろんな事を知ろうとしている」
なんか、
まあ、確かに王子様なんてこんなもんかもな。
ちょっと、若者を虐め過ぎたな。
「とにかく、俺が頼みたいのは国王に、魔王へ交渉団を送るなら、俺とクリスに任せて欲しいことを伝えてくれ」
「君を? でも、軍の人間を選定しているところだ」
「そいつらなんて、役に立たないだろ。魔法が使えなければ魔王城に入ることもできないし、たどり着く前に時間がかかりすぎる」
「それはそうだけど、学生で立場のない人間に重要な任務を任せられない」
立場のない人間ね。
多分、ユーリもついてくるって言うだろうし、ここは人生経験を積んでもらうか。
「じゃあ、お前も一緒に来い。王子様なら立場的に最強だろ」
「えっ……」
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