第79話 旅立ち ⭐︎

「どうして、アリエルまでついて来るんだ?」

 ラキシスが不機嫌にユーリに耳打ちする。

 二人とも、学院の制服ではなく濃紺に藍色の刺繍が施された騎士服を着ていた。騎士服と言っても実戦向きではなく、上質な生地でボタンひとつまでこだわって作られているものだった。元々男前な二人が2割増しかっこよく見える。

 もちろん私も同じデザインで動きやすいワンピースを作ってもらった。



「姉さまが僕の言う事を聞くと思う?」

「公爵様は?」

「知ってるよ。サスキ様からのお墨付きをもらってからは歯止めにならない」

 ないしょ話ならもっと声を潜めないと聞こえていますから。



 見守る僕の身にもなってよ、とぼやくユーリを横目に睨み、私はこの場に来ると思わなかった人物に視線をやった。


「私のことより、なんでエルーダ様が一緒なんですか?」

 剣術も魔力も飛び抜けて達者なわけじゃない。

 だからと言ってリーダーシップがあるわけでもなく、身分と権力だけは持っている。

 しかも、王族だから怪我をさせるわけにもいかない。


 どう考えてもお荷物でしょ。


「私だって行くつもりはなかった。仕方なくだ。でもマリアンヌを守ることもできるし」

 視線の意味に気づいたのかエルーダ様は慌てて言い訳を並べ、「それに……ラキシスだけに押し付けるわけにはいかないし」とボソボソと付け加えた。


 ん?

 なに、この間は……。

 もしかして、エルーダ様に正体がバレた?

 ラキシスを見れば、コクリと頷く。

 うゎぁ、そうなんだ。

 じゃあ、王族って認められたのかな?

 色々聞きたかったけど、今はそんな雰囲気じゃないのであとでじっくりと追及しよう。




「エルーダ様、そのお気持ちはありがたいんですが、私は学院に残ります」

「え? そうなのか?」

「はい、話し合いがどうなるか分かりませんから、不本意ですが聖女の力で地下の結界を強化します」

「だが、治癒が必要な場合は……」

 エルーダ様がクリスを遠慮がちに見た。

 クリスが優れた魔術師でも治癒は聖女特有のものだ。怪我人が出た場合は対処できない。

 そう言いたかったみたいだが、疑っていると思われたくなかったのか黙り込んでしまう。


 先日、襟ぐりを掴まれてから二人ともギクシャクしているのは知っていたけど、まさかあのエルーダ様が人の顔色を窺うことができるなんて驚きだ。


「エルーダ様、思ったことをすぐ口に出さないでちゃんと我慢できましたね」

 褒めたつもりだったのに、エルーダ様はガックリと肩を落とした。


「アリエル。その言い方だと私があまりにも無神経な奴に聞こえる」

 事実、無神経ですよ。と言いたかったがやめておく。


「えっと、友人として褒めました」

「ああ、わかってる」

「それに、マリーの護衛はソールがいますから」

「ソールなら、大丈夫だな」

「はい、それに治癒ならマリーほどではありませんが、私にも使えます」

「なに?」

「再生は無理ですが、たいていの怪我ならなんとかなります」

「アリエル。君は魔法が使えるのか?」


 エルーダ様が心底驚いて目を見張っている。

 ああ、そこか。

 そういえば、エルーダ様にはまだ言ってななかったな。


「そのことについて長くなるので、おいおいお話ししますね」

「私は、本当に何も見えていなかったんだな」

 ズン、とエルーダ様は肩を落とす。


「エルーダ様のこんな顔が見られるなんて思いませんでした。気をつけていってらっしゃいませ」

 マリーもエルーダ様をが、浮かない顔で私の手を掴んだ。




「アリエル、ラキシスと一緒で本当に大丈夫?」

「マリー、大丈夫よ」

「でも……」

 意外にも、私が魔王討伐に行くことに最後まで反対していたのはマリーだった。ここまで人間関係が変わったのだから、わざわざトラウマに近づくことはないと説得される。


「私は悪夢に打ち勝つために行くの」

 あのおぞましい悪夢。勇者が魔王討伐後、魔王城周辺の領地をたまわり、公爵家令嬢の私を妻にする。

 私は地下に監禁された上に魔物を出産する鬼畜なバッドエンド。


 魔力も手に入れたし、悪役令嬢にもなっていない。それでもバッドエンドにならないという確信が持てない。

 当然だけどゲームではバットエンドは詳しく語られない、プレイヤーにわかりやすく衝撃的な映像があるだけだ。


 いつまでも、びくびくと怯えるよりも疑問点を自分で確かめなければ。



「そう、わかった。万が一ラキシスがとち狂ったら私が絶対に助けに行くから」

 ギュッとマリーに抱きしめられる。

 ふわりと甘いは香りが舞って、心も身体も軽くなった気がした。





「よし、じゃあ行くか」

 ラキシスが転移魔法陣を地面に展開する。

 聖女ラナが魔王を封じた魔法陣は力がみなぎっていたが、ラキシスの魔法陣は無に近かった。

 目には映るが気配が感じられない。

 これで本当に魔力が発動しているのだろうか?


「凄い……」

 クリスがキラキラした目で、青白く輝く魔法陣に駆け寄った。


「無詠唱でこんなに魔力のがない魔法陣見たことがない。これが攻撃魔法なら誰にも気づかれることがないね」

「ああ、それだけじゃない、ラキシスのすごいところは魔法陣を実際に描かなくても頭に思い浮かべただけで発動できるんだ」

 何故かドヤ顔でユーリが捕捉する。


「そうなんだ。さすがだな。ラキシスくらいになると行ったことのない場所へも転移できるんだな」

「いやいや、それは俺でも無理だから」

「え? でも、魔法城の近くの森まで転移できるんでしょ」

「クリスは知っている人物かもしれないが、実は俺の師匠に同行をお願いしたんだ」

「ラキシスの師匠さま?」

「マギの師匠でもある人物だから、王宮での反発が減るかなと思ったんだけど、断られた」

 ある程度予測していたのか、ラキシスは気にしていないようだった。


「その代わり、俺が迷わず転移できるように印をつけてくれたんだ」

「そうなんだ。ラキシスの師匠で、マギさまの師匠……僕も会ってみたいな」

「いつかな」

 ラキシスは複雑そうなクリスの背中をトントンと元気づけるように2回叩いた。



 ✳︎



「朝だよね」

「ついた早々歓迎してくれるみたいだね」

 出発したときは晴れ渡った空だったのに、到着した森の空はどんよりと濁っている。

 なんだか不吉な予感のすることをユーリは呟くと、私を守るようにさり気なく後ろに回った。


「ユーリ、側近としてエルーダ様を優先して」

「いや、私は大丈夫だからアリエルを優先してくれ」

「ありがとうございます。殿下。今回はエルドラ家の代表として参りましたので姉を優先させていただきます」

 いやいやいや、どう考えても私の方が強いから。

 そう思ったが、ユーリは涼しい顔でそっぽを向いた。

 姉大好き子に育ってしまったので、説得は無理そうだ。


 私はクリスに視線を移したが、予想していたのかさっと逸らされてしまう。

 ここはラキシスで。と思ったが、ニコリと笑顔を返されただけで当てにならない。


 元々、ソリが合わなさそうだったけど、エルーダ様人徳なさ過ぎ。


「仕方ないです。エルーダ様。自力でなんとかしてください」

「任せてく……れ……あれ?」

 エルーダ様の焦点が急に合わなくなり、その場に崩れ落ちた。



「エルーダ様!」

 駆け寄ったときには、眉間に皺を寄せ呼びかけに反応はない。


「いったいどうしたの?」


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